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7月
見つかりたくなかった人
しおりを挟む「あの、本当に有難うございました!」
結局玄関の前に停まった高級車を降りて、俺は深々と頭を下げる。ようやく気分は落ち着いてきたが、きっとあのままだったら家までたどり着けなかったかもしれない。先輩の家が何処にあるのかも知らないけれど、ここまで送ってくれたことに心から感謝をする。
「今度お礼をさせてくださいっ」
本当はお茶でも出して上げたいところだけど、御曹司の先輩のお口に合うような高級茶葉がうちにあるとは思えなかったし、何の準備もない状態で招いても逆に失礼に当たるような気がするので自重した。
「そんなのいらん」
「でも……――」
どうでもいいと言わんばかりの雰囲気に取り付く島もない。いくら先輩がよくっても、それじゃあ俺の気がすまないんだよなぁ。借りがあるのもなんだか落ち着かないし。
どうしたものかと頭を悩ませていると、少し離れたところから暢気な声が聞こえて来る。
「あらぁ? 優くんに小白木先輩じゃないですか~」
「っ、あ……ーー
「か、神崎……!」
げえっ?! ミユ……!!
いつもだったら部活で帰ってくる時間ではないはずなのに今日に限ってどうして? と思ったものの、よくよく考えてみたらミユが所属しているのは茶道部で、その部長は小白木先輩その人だ。先輩がここにいるということは、イコール部活が休みということなのだろう。別にミユが普段より早く帰って来ていても、なんらおかしな事はなかった。
「あら、あらあら~? 優くんってば、先輩に送ってもらったんですか~? うふふ♡ お二人とも仲良しなんですねぇ」
「いや、こ、これは! 乙成が体調が悪そうにフラフラ歩いていたから仕方なく! 決して仲がいいとかそういうわけでは……」
ミユがニヤニヤした顔で見てくるのは一旦無視して、なにこの浮気が見つかった彼氏みたいな先輩の言い訳は!? 全部事実なんだけどめちゃくちゃ嘘くさく聞こえる!
ほら~ミユがもっと楽しそうな顔になっちゃったじゃないか! 絶対先輩とも何かあったって思われてるよ~!
ここはお礼がどうこうとか言っている場合じゃない。とにかく身の潔白を証明して、余計な勘ぐりをされる前に先輩には早々にお帰りいただこう。
「ほっ、本当だよ。今日はちょっと途中から保健室で……寝てたんだけど、放課後になってもあまり良くならなくて。無理して帰ろうとしてた時に、先輩がたまたま通りかかって送って下さったんだ」
先輩が視界の端で全力で頷いている。この人こんな、ポンコツな感じの人だったっけ?
「まぁ、そうだったんですか~。大丈夫ですか? 早くお家に入って休んだ方がいいですねぇ」
「えっ、うん、まぁそうなんだけど……」
「ごほん!!!」
突然腕を組んでくるミユの胸を二の腕に感じ、思わずにやけそうになるのを必死に誤魔化しつつ、大きな咳払いをした先輩に視線を向ければ、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。えっ、なんで!? めっちゃ怖い!!!
「小白木先輩、ありがとうございましたぁ♡ 幼馴染として、お礼を言わせてください」
「……幼馴染として?」
「はい、ただの幼馴染として、です~♡」
「いや、別に。当然のことをしたまでだ」
「ふふふ~♡」
「……??」
二人の会話の意味は正直よく分からないが、とにかく何かに納得したらしい先輩は、満足そうに大きく頷くと「では、俺は帰る」と言って運転手さんに声をかけた。
「神崎、また部活で。乙成はさっさと休めよ」
「はい~♡ また部活で~♡」
「ありがとうございましたっ!」
車が初めの角を曲がるまでその場で見送った俺は、そのままの流れで家の中に入ろうと踵を返した……のだけど。
「さて、優くん♡」
ぽんっ、と肩に置かれた華奢な手にビクリと肩が大きく跳ねた。
「詳しくお話聞かせてくださいなぁ♡」
「はい…………」
可愛らしい笑顔のその裏に、断る事を許さない圧を感じる。蛇に睨まれたカエルのように、抵抗することを忘れた俺は、今日も今日とて嬉々としたミユになすすべもなく連行されるのだった。
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