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7月
お礼…ってなんだそれ!
しおりを挟む「で、出来た……」
それからも俺の手が止まる度に的確なアドバイスをしてくれる男に導かれ、次々に問題を解いていくと、もう一生終らないんじゃないかと思えたテキストはあっという間に終っていた。今までにない達成感とともに、自分でも考えながら解答までたどり着いたことで、ただの暗記よりもしっかり自分の力になっているような気がする。
「あのっ、ありがとうございます!」
電波系だなんて思ってごめんなさい、と心の中で全力で謝罪をしながらお礼を言うと、眼鏡イケメンは笑顔を深めた。
「同じ学年だから敬語じゃなくていいよ」
「え? あ……」
「2-Fの仁紫孝宏」
にし、たかひろ……にし、仁紫!?
その名前なら友達の少ない俺でも知っているぞ!!
「仁紫くんって、いつも試験で学年一位の……?」
そりゃ毎回毎回張り出される試験結果で、不動の一位を取り続けている猛者がいたら、嫌でも名前を覚えるでしょうよ。同じ学年にその名前を知らない奴なんかいないんじゃないの? っていうくらいの有名人だと思う。進学クラスであるF組に在籍している学生は、同じ学年でも棟が違うから会うこともほとんどなかった。だからこそ名前は知っていても顔は分からなかったんだけど……まさかこんなイケメンだったとか。頭も良くてイケメンってまじでこの世界の腐女神はチートキャラ作りすぎじゃね?
「あれ、噂の乙姫に認知いただけているとは。光栄だな」
すげーなぁ……と呆けていると、仁紫は再び俺のことを変なあだ名で呼ぶ。いやいや乙姫って。俺男ですし? 乙までしか合ってないし……って、もしかして俺の名前を覚え間違えてるとか? そうだとしたら今この場で訂正してあげないと、後で真実を知って恥をかくのは可哀想だよな。
「あの……仁紫くん、僕の名前は乙成だよ?」
「うん、知ってる」
いや、じゃあなんでだよ。明らかに戸惑った顔をしているだろう俺に何を言うでもなく、ニコニコと若い続ける仁紫。秀才の考えることは凡人にはよく分からん……。
「えっと、ありがとう。仁紫くんのおかげで、数学はなんとかなるかも」
「数学は?」
「あ、うん……他にも覚えないといけないことが山積みで……」
学年一位にそんなことを言うのは恥ずかしかったが、事実なんだから仕方がない。ははは……と乾いた笑いを浮かべながら、次は何を進めようかなぁなんて考えていると、仁紫から思わぬ提案をされる。
「他の教科も俺が教えようか?」
「えっ! いいの?!」
なんという嬉しいお話でしょうか! 一人じゃどうにも進められなかったし、仁紫に教えて貰えるなら、他の教科もなんとかなりそうな気がする。喜びのあまりすごい勢いで喰いついてしまったけど、本当にそんなことお願いしても良いのだろうか。
「それはとても有難いんだけど、仁紫くんは平気なの? 自分の勉強とか……」
「今から勉強しないと困る内容は特に無いし、人に教えるのって復習にもなるからね」
さすが、学年一位はいうことが違いますね。テスト直前に焦っているのは、日頃の勉強が足りないせいだって分かってはいるんですよ……。本当ですよ……。
「でも僕、たいしたお礼も出来ないよ……?」
そもそも仁紫が、知り合っても間もない相手に勉強を教えるメリットって何?
タダより怖いものはないっていうし、安易にお願いしてフラグを立てることになっても困るしな。ここはしっかり対価の確認をしておかなければ。お小遣いには上限もあるんだから。
「んー……そうだな。それじゃあ、まず目を瞑ってもらえる?」
「え? う、うん……?」
何か準備が必要な事なのだろうか。そう言われて素直に目を閉じると、ちゅっと小さな音と共に唇に何かがあたる感触がした。
「?!」
驚きに目を開ければ、びっくりするほど近くに仁紫の顔がある。
「ふふ。だめだよ、そんな無防備に」
「えっ、え? い、いま……キス……?」
のけ反って椅子から転げ落ちそうになる俺の身体を、仁紫がさっと支える。
いや、いやいやいや! 近い、とにかく近いから、離れてくれ!!
「お礼、ご馳走さま♡」
くすりと口角を上げて、キザったらしく言う男に俺の中の危険信号がガンガンに鳴り響いていた。いや、もう手遅れかもしれないんだけどさ。
「っぼ、僕! 帰る……っ」
とにかく、このままここにいては危ない。俺は急いで荷物を纏めると、バタバタと帰り支度をした。慌てすぎて静かな図書室で大きな音を立ててしまった気もするけど、周りの人はこちらを見ていないようだし、きっとさっきのキスも見られてはいない、はず。
ぐちゃぐちゃにテキストを詰め込んだ鞄を掴んで、席を立った俺の背中に、仁紫は相も変わらず、僅かに笑いを含んだ声で話しかけてくる。
「またおいで。放課後は大体ここにいるから」
誰が来るか!!!!
悪魔の誘惑に流されそうになっていた俺は、その時再び、一人で勉強をすることを心に誓うのだった。
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