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5月
水難に気を付けて(泣)
しおりを挟む「あーあ、ずるいなぁ。おいちゃんも入れて欲しい~」
「わぁ!?」
するりと音もなく隣にやってきた克さんは流れるように俺の腰に手を回す。突然のことにびっくりして大きな声を出してしまったが、その動きはスマートだ。やはり大人の男は違う。格好いい。
「おいッおっさん!」
「いいじゃん~。乙成クン、おいちゃんはどう? 格好いい?」
「もちろん格好いいですよ!」
「よしよし、乙成クンはいい子だなぁ♡」
心の中でそう考えていた時だったので、思った以上に大きな声で返事をしてしまったが、その回答に満足したように、ふふんと笑う克さんと悔しそうな黒瀬。
「……邪魔すんじゃねぇよ」
「公私混同しないでくださーい」
二人の間に謎の戦いが勃発して、ばちばちとやり合っているようだが放っておいていいだろうか。飛び火されても困るしな。幸いなことに克さんが触れる腰は手を添えている程度だったので、そのまま離れて流し場へと移動する。
(なんか楽しそうだし、僕は片付けでもしてようかな)
少しでも仕事をして挽回しなければ、と俺は俺で溜まっている洗い物との戦いを始めることにした。少し先に水で汚れを流すか、と蛇口を捻る……――
―――バシャーーッ
「……ッわぁ!」
「乙成!」
「わーッ乙成クン!」
す、水道が、爆発しました……?!
長い間堰き止められていた水が瞬間的に飛び出すように噴き出してきて、今もまだ水が止まらない。多少勢いは収まっているものの、いくら蛇口を捻っても流れ出たままだ。
「乙成クン大丈夫かい?!」
「ぼ、僕は平気です。濡れちゃいましたけど」
顔面で水を受け止めてしまったため、髪の毛から上半身に至るまでびしょ濡れである。エプロンのおかげでスラックスは濡れずに済んだので、パンツが守られたのは救いかな。
「あと床がビショビショなのと、お客様は……」
足元に水溜りができてしまったし、跳ね返った水がお客さんに掛かったりしていないだろうか? そんなことになってはクレーム物だと、慌てて確認をする。
「客席までは届いてないから平気だよ。それより……」
ふと視線を下げる克さん。その視線を追って同じように下を見るとずぶ濡れの自分の姿を改めて認識する。
わー、シャツは随分水を吸ってるな。肌に張り付いて少し気持ちが悪いぞ……。
「こら湊。固まってないで乙成クンに替えの服出してあげて」
「あ、あぁ……」
俺と同じく呆然としていた黒瀬が、克さんの一声でハッとしたように動き始める。収納してあったカウンター下から食器を拭くためのフェイスタオルを出して、俺の胸元に押し付けながら目の前に立つ黒瀬は、眉間に深い皺を刻んでいた。えっ、怒ってる? さすがにこれはわざとじゃないんだけど、もしかして俺のせいだと思ってる?!
「あ、ありがとう」
「…………行くぞ」
へらりと笑ってお礼を言うと、そのまま黒瀬は目を逸らしてしまった。その顔は困っているような、なんとも言えない微妙なものだったが、怒っているのではないのなら、俺ってばそんなに見るも無残な格好ですかね?
こちらを見ないまま一人でさっさと休憩室へと向かってしまった黒瀬の背中を追う。これから水道の後処理をしてくれるのだろう克さんに申し訳なさを覚えて、ペコリと謝罪のお辞儀をしてから黒瀬の消えた休憩室へと入っていった。
元々二階建ての住居だったこのお店は、一階部分の数部屋をぶち抜いて店舗にしているが、残りの間取りは元の住居部分を残したままなので休憩室も結構広い造りになっていた。ちなみに上がったことはないけれど、克さんと黒瀬は二階に住んでいるそうだ。
休憩室に入ると奥の棚から替えの制服と大判のタオルを取り出してきた黒瀬は、タオルを俺の頭から被せると力一杯にわしゃわしゃと髪をかき混ぜてきた。
「ッわ!」
毛根が! 死ぬ!!!
恨み辛みすら感じる勢いに慄いていると、しばらくしたら満足したのかそのままタオルを肩に被せられた。
「うぅ……ありがとう……」
痛かったけど、一応拭いてくれたのだからお礼は伝えておく。まったくありがた迷惑というか、なんというか……。
一体どんな顔でしてくれたんだと顔を見上げてみれば、黒瀬も克さんと同じように俺の体を見つめている。
(上半身っていうか、何処か一点を……)
黒瀬の目線を追い、そして気づいてしまった。
もしかして
俺
乳首透けてる????
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