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5月
GWはフラグがいっぱい
しおりを挟むあっという間に5月になり、世間は今、GWが始まったばかりだ。『乙成優太』としての生活もひと月ほどが経過して、日常生活にも少しずつ慣れてきた気がする。
特に遊ぶ相手もいない俺は、GWはほとんどバイト尽くしだ。今日も今日とてアルバイトに精を出す。
克さんのお店は一番人気はコーヒーだが、それに合わせてある程度フードの用意もある。元々繁盛していたお店ではあったようだが、ここ最近更に来店するお客が増え、想定以上のオーダーが入っているため準備していた材料が足りなくなり、ただ今絶賛お遣い中なのだ。
(えーと、後は何を買わなきゃいけないんだっけ?)
お買い物メモをチェックしながら商店街を歩いていると、少し先で賑やかな人だかりが出来ていることに気付いた。中には俺のようにたまたま居合わせただけの男性もいるようだが、大半はきゃーきゃーとはしゃぎながら携帯を構えている女の子達が多いみたいだ。
一体何があるんだろうと野次馬根性で、他に比べ人混みの少ない場所から輪の中心を覗くと、カメラマンやなにやら機材を抱えている人たちが見えた。何かを撮影している最中なのかな?
「あーん、格好良すぎてヤバい~♡」
「華恋ちゃん細すぎ~! 二次元じゃん!」
「あの二人を生で見れるとか、もう死んでも良いわ……」
(ん? 華恋ちゃんって……)
そこかしこで盛り上がる女の子の会話を聞いていると、耳に入るその名前には少し覚えがあった。
「あ。やっぱり、浅黄くんだ」
「……え。優ちゃん?」
もしかしてと辺りに視線を巡らせると、そこにいたのは俺のクラスメイトでした。どつやら雑誌撮影の合間に打ち合わせをしていたらしく、珍しく真剣な顔をして責任者らしき人と立ち話をしていたのだが、俺の呟いた声に反応して驚いた顔でこちらへ振り向いた。
聞かせるつもりで声を出していないから、そこまで大きな声で言ったつもりはないのに、浅黄のやつ、よく気付いたな? 打ち合わせ中だったはずなのに……地獄耳が過ぎるぞ。
っておいおい! そんな笑顔で近づいてきたら……
ほら~ギャラリーの視線がめちゃくちゃ集まってしまったじゃないか!
き、気まずいッ気まず過ぎるぞッ!!
「えー! 優ちゃんてば、どしたのその服装?!」
「めっちゃ似合ってるー♡」
「ってか、は?! やば腰細! えろ!!」
「こんな格好で出歩いちゃ変な奴に絡まれちゃうよ?!」
一人でぎゃーぎゃー叫びながら俺の周りをクルクルとし、たまに腰を掴んだり、天を仰いだりしながらのマシンガントークである。俺にとっては完全にいつもの浅黄ではあるけど、こんな素を出してしまって大丈夫なんだろうか。ほら、ファンの子達もぽかんとしているじゃないか……。
「で、真面目にこの服はどうしたの?」
「これはバイトの制服で……」
「はぁぁぁ?! バイトってあの黒瀬の店でしょ?!」
厳密に言うと黒瀬の叔父さんのお店なのだが、きっと浅黄にとってはどちらでも良い事なので突っ込まないでおく。
「くそー、黒瀬のむっつりスケベ野郎め。こんな可愛い優ちゃんを独り占めしてたとは……」
(むっつりは否定しないけど、独り占めって……)
黒瀬にそんなつもりはないだろうし、たかだか制服に対して随分な熱量だな。しかし衆人環視の中でそういう冗談めかした発言は止めてくれないだろうか。周りを取り囲むほとんどが浅黄を好きな人達なのである。しかもほとんどがモデルの浅黄しか知らないファンの子達……。こいつが常日頃からありとあらゆる女の子に、同じようなことを言っていると知らない人がこの状況を見たら、俺という存在に対してどういう立ち位置なのか疑問を持ってしまうのではないかと心配で、かなり居た堪れない。
「浅黄くん、あの、恥ずかしいから……」
「何が恥ずかしいのさ! こんな可愛いもの見ちゃったら興奮せざるをえないでしょ! あ、そうだ。ちょうど良いや、ちょっとこっち来て~♡」
「えっ、なに?!」
声を発することすら気後れしていたのだが、浅黄の勢いを宥めるべく会話を試みた結果、突如手を引かれ輪の中心へと連れ込まれてしまい事態はどんどん悪化していく。
お願いだーー! やめてくれーー!
こんな目立ち方はしたくないんだよぉぉぉ!!
基本は引きこもりのオタク気質な俺は目立つのが苦手な上、今までこれほど人の目に晒されるような状況に陥ったことがない。一体、周りのファンからどんなに冷たい目をされているのだろうと考えると、怖くて辺りを見ることが出来ない俺は、繋がれた手の先だけをじっと見ながら浅黄に付いて行くしかなかった。
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