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4月
躾けは最初が肝心です
しおりを挟むそして、最初の鬼門がやってきた。
みんな大好きアルバイトの時間である。
昨日場所をしっかり記憶した俺は、一人で店まで向かう。「迷わなかった~?」なんて言いながら、初めは笑顔で迎えてくれた克さんだったが、後で滝のような汗をかきながら店へと走り込んできた黒瀬の姿と、そんな黒瀬を一瞥もせずに開店準備を進める俺に何かがあったと悟ったのか。何も言わずにただ成り行きを見守っていた。
(口を出さないでいてくれるだけ、大人だよねぇ)
俺としても仕事に私情は挟みたくない。
黒瀬とは一定の距離を保つように心掛けはするが、教えて貰うものはしっかりと聞くし、助けて貰えば感謝だって伝える。
そう、我々は知性ある生き物なのだから、会話という手段で意志の疎通が出来るはずなのだ。黒瀬は圧倒的にそれが足りていない。竹馬の友であれば知らないが、所詮俺たちは数日前に知り合ったばかりの赤の他人。考えの分からない奴を警戒するのは当然の対応だと思う。
考えれば考えるほど心は冷えていき、俺と黒瀬の間にはいつの間にか分厚い壁が出来上がっていた。
「……おぉ~? なんだ、みー坊と嬢ちゃんは喧嘩でもしてんのか?」
「やっさん。悪いがそっとしておいてやってくれ……湊がすでに半死状態だ」
「むしろ死んでる」
無 視 で あ る 。
「ははっ。オンナが強いのは良いことだ! 尻に引かれた方が幸せさぁ」
「……おじ様。僕、男ですから」
我ながら氷のように冷たい声が出た気がする。
「お、おぅ。……すまんかった……」
「分かっただろ? 頼むぜ、な」
安易に関わるな、と克さんがおじさんの方に手を置いている。
「乙成、頼むから話をさせてくれよ……」
「今はバイト中なので。仕事の話なら受け付けますが?」
つーーーん。
俺は怒っているんだ。あんなに恥ずかしい思いをさせて……簡単に許してなんかやるもんか。
「湊ぉ~ お前ほんと何したんだよー」
「………」
そうしてぎくしゃくとした仕事が終わり、今日も賄いを誘われたのだが二日連続だと母さんからの小言が煩そうだったので、残念ながらお断りをして帰路についた。
……残念ながら黒瀬と共に、だ。
本当は一人で帰りたかったが、そう言うと克さんが今にも泣きそうな顔して頼み込んでくるから仕方なく。克さんの顔を立てるために、ほんっっとーに仕方なく、一緒に歩いている。その代わり、2メートルの距離を常に保ち続ける事は忘れない。ソーシャルディスタンスってやつだな。
店から少し歩いたところで、俺の後ろを歩く黒瀬が言葉を発する。
「乙成、悪かった」
「………」
「いきなりあんな事、驚いたよな。言い訳にしかならないが、あの時はどうしても自分が止められなかった」
「………」
「お前が可愛くて、気持ちが抑えられなかった」
「………」
その内容は置いておいて、いつも以上に饒舌になって言い募る黒瀬。その必死な様子に、意地を張って無視し続けるのも大人気ないかと思い始めた俺は、一度足を止め後ろを振り向く。
うむ、黒瀬も止まったな? ちゃんと距離を保って偉いぞ。
「……本当に悪いと思ってる? 何度も言うけど、僕男だから」
「ああ。思ってるし、分かってる」
「しかも、き、キス……初めてだったし」
「……それに関しては嬉しいと思ってる」
……コイツ、本当に反省してんのか?
胡乱な目をして黒瀬を見やると、慌てて腰を折って謝罪する。
「悪かった」
深く深く頭を下げる黒瀬に、少しずつ怒りが収まってきたような気がする。慈悲深い俺に感謝しろよな。
「……もう、いいよ。これからは絶対あんな風に何も言わずに……したり、しないでよね」
俺の言葉を聞いて黒瀬が勢いよく頭を上げ、その速さに驚いた俺は一歩後ずさってしまう。
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