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4月
陰キャに接客業はハードルが高かったです
しおりを挟む「おおー? 克ちゃん、随分と可愛い新人さんじゃねぇか!」
「だろだろー。でも手ぇ出すなよ。湊に殺されんぞ」
「なんだ、みー坊のオンナかぁ?」
「えっ?! い、いえ……僕、男です……っ」
「なぁにぃ?! こりゃまた可愛い坊主だなぁ!」
「おい、煩ぇぞ親父ども。ほらコーヒー」
「おーありがとな。克ちゃんコーヒーは旨いからな」
「おいおい、コーヒーも、だろ」
この店に訪れる客は、常連さんが多い。彼らは克さんの人柄を気に入って通っているようで、克さん同様に陽気で明るく、おしゃべりな人たちばかりだ。注文を聞きに行く先々で、今みたいな軽口を投げかけられ、その返答に困っている俺を見ては物珍しそうに笑っている。
(ま、まだ僕にはハードルが高いよ……)
会話の主体が克さんに移ったところで、俺はそそくさと巻き込まれないようにカウンターの中に入り、食器を片付けることにした。手を動かしながら店内を眺めると、若い女性客が沢山いるのがわかる。そのほとんどはチラチラと黒瀬や克さんに視線を向けながら、たまに小声で何やら囁き合っている。
(みんな、黒瀬くんと克さん目当てな感じ……?)
もちろんそれだけではないとは思うが、一様にぽーっとした顔で二人を見つめているのだから、あながち間違いでもないだろう。
「乙成、3番にチーズケーキとアイスコーヒーお願い出来るか?」
「あっ、はい!」
しかしそれも仕方ないか、と思ってしまう。なんせ男の俺から見ても格好いいと感じるのだから。
バイト服として渡されたのは、よくある白シャツに黒のスラックスとギャルソンエプロンだった。乙成くんは腰回りが細いため、エプロンがグルグルと巻きついてしまい少し不格好になってしまったのだが、黒瀬はそれらをスマートに着こなしている。腰の位置も高いし、意外とがっしりした上半身がなんだかセクシーだ。って、男に対してこの感想はやばいか。ミユが喜んでしまいそうだ。
俺ももう少し筋肉ついたら、ここまで可愛いに全振りではなく、可愛い系の細マッチョイケメンになるんじゃないかと思うのだが……。ここ数日筋トレを繰り返しても、まだその効果は表れていない。
「? 何してんだ?」
薄い胸板をぺたぺた触っていると、怪訝そうに声をかけられてしまった。
……何でもないです。
そのまま次から次へと切れ間なく訪れる客の対応をして、ようやく夜営業前の一時締め時間となった。今までこれを二人で回していたのかと思うとゾッとする。そりゃあ知り合ってすぐの友人でもいいから、誰か手伝って欲しいと思うよな。
「ふぅ。これを片付けたらおしまい、かな」
ゴミをまとめて裏へ運び、久しぶりに酷使して少し疲れた腕を回しながら店内へと戻ると克さんが笑顔で迎えてくれる。
「乙成クン、お疲れさまー! いやぁ本当に助かったよ。初日なのによく頑張ったな」
「いえいえ! まだ全然覚えられなくて……黒瀬くんがフォローしてくれたおかげです」
そう言うと「俺は別に」と言って黒瀬がフイと顔を逸らす。だんだん分かってきたけど、これは黒瀬の照れ隠しだ。こんな風に、俺が素直に感謝や尊敬の言葉を口にすると、決まってどこか違う方を向いてしまう。
(黒瀬くんも、意外と可愛いところあるよなぁ)
弱点を見つけた気になって、こっそり悪い顔で黒瀬を見ていると、克さんも一緒になって笑っていた。
「ハハハッ! とにかく疲れただろ? 良かったら夕飯食べていきな」
「わぁ、嬉しいです! いただきます!」
「どーせオムライスだろ? おっさんそれしか作れないし」
「そんな生意気な口を利く甥っ子には、克さん特製オムライス作ってやらねぇぞ~?」
「ふふ、仲良しですね」
黒瀬と克さんのやりとりは、まるで漫才を見ているようで面白い。黒瀬の悪態も克さんにかかれば、なんだか小さい子が精一杯背伸びをして生意気言っているようにしか見えないのだ。思わず声に出して笑ってしまうと、何故だか二人の動きが止まってしまった。
「おー……笑うと更に可愛いなぁ。湊、こりゃ苦労すんぞ」
「……分かってる」
あれ?! なんで二人ともそんな苦い顔してるの?! 俺、なんか失敗した?! 仲良しが禁句ってわけではなさそうだし……も、もしかしてあれか? 「お前はまだ一丁前に仕事も出来ないくせに、先輩たちのこと笑ってんじゃねえぞ」ってこと?! き、厳しい世界!
「ご、ごめんね? 僕も頑張って、はやく一人立ち出来るようにするから……っ」
「……ん? ああ。頑張ろうな」
「あははー。強敵だなー、叔父サン応援しちゃう」
(な、なんでー?!)
見ててください! と意気込んで伝えた決意表明を聞いて、二人はさらに苦笑いを浮かべるのだった。
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