乙ゲーヒロインの隣人って、普通はお助けキャラなんじゃないの?

つむぎみか

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プロローグ ~俺と女神と僕~

side 黒瀬

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 その日の俺は疲れていた。

 昨日から叔父の家で暮らし始め、運び込まれた荷物を片付けた後は、叔父が経営している店の手伝いをさせられた。

(あの家に住む間は手伝う約束はしたが……なにも片付けも終わらないうちから、こき使わなくてもいいだろ)

 明日からは新しい学校での生活も始まるというのに、そういった点での気遣いは特にないらしい。まぁ、変に気を遣われて優しくされるよりはマシだし、そういう性格の叔父だからこそ一緒に住んでも大丈夫だと思ったのだが。さほど歳も離れていないが、俺くらいの時には相当悪さもしてきたらしい叔父は、俺にとって、気のいい兄貴のような存在だった。
多少の面倒臭さには目を瞑り、自ら選んだ道ではあっても、こうして廃れた神社に逃げ込むくらいには参っているようだ。
 叔父がどうこうというより、仕事で発生するストレスがとにかく大きい。

 叔父の店は、昼は喫茶店、夜はバーという形態をとっている。今日手伝ったのは昼のみだったが、今が春休みということもあり、老若男女さまざまな客が来店していた。

 自分で言うのもどうかと思うが、俺は見た目が良い。叔父も親父も身長が高くはっきりとした顔立ちだったので、おそらく遺伝なのだろう。
 この見た目に引き寄せられるように、昔から特に女が群がってくるのだが……正直俺は女が嫌いだ。鼻につく化粧や香水の匂い、媚びるような姿に、まるで守られて当たり前とでも思っているような態度をとる女は特に気に入らない。多分一番近くで見てきた母親おんなの影響が強いのだろう。
 全ての女がそうではないと頭では分かっていても、出来るだけ関わり合いになりたくないというのが本音だった。

(客相手だと無視する訳にはいかないしな……)

 値踏みをするように向けられた視線や、しつこく絡んできた客のことを思い出す。今後はああいう客も上手くあしらわなければならないのかと思うと、自然とため息が漏れてしまう。全くとんだ災難だ。

 鬱々とした気持ちを抱えながら、とにかく静かな場所を求めて彷徨った俺は、住宅街近くの少し寂れた神社を見つける。ここなら変な奴も来ないだろうと確信し、疲れた心身を癒すべく、誰もいない神社の賽銭箱の裏を陣取って、静かに目を閉じた。


 ◇◇◇


 しばらくすると、なにやら人の声が聞こえてくる。穴場だと思っていたのに、物好きな奴らめと内心舌打ちをするが、どうせしばらくしたら居なくなるだろう。……そう思っていたのだが、一向に立ち去る気配がない。
 はじめは聞こえるか聞こえないかの声量だったものが、徐々にテンションが高くなり、それに呼応して声のボリュームが大きくなるにつれ、俺のイライラも最高潮に達していく。

「よーし、こうなったら帰って色々対策考えるぞー! えいえいお……――」
「うるっっせぇよ!!!!」

 ついに限界を迎えた時には、一日で溜まりに溜まった鬱憤を全て吐き出すように、腹の底から怒鳴り声をあげていた

「ッわーーーーーー!!!!!」

 これで相手と乱闘になるのなら、それもそれでいいと思っての行動だった。が、俺の目に入ったのは、こちらの怒声に驚いて飛び跳ねる華奢な背中。声の主が一人だったことと、思っていた姿とのギャップに驚きつつも、ここまで荒立った気持ちはもう止まらない。

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、何言ってんだぁ? こっちは静かな場所を探してここに来たんだ。ひとり言なら別のところで……――」

 そこまで捲し立てた俺は、怯えるように振り返った顔を見て、思わず固まってしまう。




 ――……可愛い。



 めっ…………ちゃくちゃ、可愛い。
 驚きすぎて怒りが吹き飛ぶぐらい、とにかくおれのどタイプだった。


 小さく開いた口に、うるうるとした小動物のような目、ふわりと風に靡く髪の毛は柔らかそうで、思わず撫でくり回したくなるような頭をしていた。

 これまでに、ある程度「可愛い」「美人だ」と称される女にも言い寄られてきたが、そいつらとはまるで次元が違う。まさかこの俺が、女に対してこんな感情を抱くことがあるなんて、自分でも信じられなかった。

「あ、あのごめんなさい。僕、その、人がいるなんて思ってなくて……」

 先程までの元気はどこに行ったのか、ボリュームの極端に落ちた萎んだ声が言葉を紡ぐ。

(――僕……? こいつ、男なのか……?)

 女でもなく男だと? こんなに美人な男が存在するなんて。さらに信じられねぇ。

 改めて自分のいた場所を振り返ると、外から見えないように隠れていたのだから、こいつが誰もいないと勘違いしても仕方がないだろう。
 自分でも笑えるくらいの手のひら返しだが、そんなこと気にしてられるか。とにかく驚かせてしまったことに対する謝罪を伝えると、さらに恐縮したように小さくなってしまった。「僕が悪いんです」と落ち込む姿を見て心が痛む。可哀想なことをしてしまったな。

「本当にすみませんでした。それでは……――」
「あっ! おい!」
「は、はい……っ」

 このままこいつと別れることが嫌だと思った。
 ただその思いだけで、こちらに背中を向ける後姿を慌てて呼び止める。

 振り返るその顔には、恐怖と警戒心がありありと浮かんでおり、最悪の出会いになってしまったことに思わず舌打ちが出る。時間が巻き戻せるものなら戻したい。

「……いや、なんでもねぇ。……黒瀬湊だ」

 何があるでもなく呼び止めてしまった俺は、話題もないのでとりあえず名乗ってみる。戸惑いながらではあるが、つられるように相手も名前を教えてくれたことに、内心ガッツポーズをした。
 見たところ年齢も近そうだし、これだけの美人だ。こんな小さい街なのだから、フルネームさえ分かれば、どうとでも探すことが出来るだろう。乙成優太、と心の中で何度も反芻する。

「えっと、それじゃあ僕、帰ります……」

 まるで花が綻ぶように、ふわりと微笑む乙成の姿に目眩がした。

 なんだこいつは。天使か?
 そして俺は一体どうしてしまったんだ?

 初めて感じる心の高鳴りを少し恐ろしく感じながらも、見えなくなるまでずっとその背中から目を離すことができなかった。




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