17 / 162
プロローグ ~俺と女神と僕~
side 黒瀬
しおりを挟むその日の俺は疲れていた。
昨日から叔父の家で暮らし始め、運び込まれた荷物を片付けた後は、叔父が経営している店の手伝いをさせられた。
(あの家に住む間は手伝う約束はしたが……なにも片付けも終わらないうちから、こき使わなくてもいいだろ)
明日からは新しい学校での生活も始まるというのに、そういった点での気遣いは特にないらしい。まぁ、変に気を遣われて優しくされるよりはマシだし、そういう性格の叔父だからこそ一緒に住んでも大丈夫だと思ったのだが。さほど歳も離れていないが、俺くらいの時には相当悪さもしてきたらしい叔父は、俺にとって、気のいい兄貴のような存在だった。
多少の面倒臭さには目を瞑り、自ら選んだ道ではあっても、こうして廃れた神社に逃げ込むくらいには参っているようだ。
叔父がどうこうというより、仕事で発生するストレスがとにかく大きい。
叔父の店は、昼は喫茶店、夜はバーという形態をとっている。今日手伝ったのは昼のみだったが、今が春休みということもあり、老若男女さまざまな客が来店していた。
自分で言うのもどうかと思うが、俺は見た目が良い。叔父も親父も身長が高くはっきりとした顔立ちだったので、おそらく遺伝なのだろう。
この見た目に引き寄せられるように、昔から特に女が群がってくるのだが……正直俺は女が嫌いだ。鼻につく化粧や香水の匂い、媚びるような姿に、まるで守られて当たり前とでも思っているような態度をとる女は特に気に入らない。多分一番近くで見てきた母親の影響が強いのだろう。
全ての女がそうではないと頭では分かっていても、出来るだけ関わり合いになりたくないというのが本音だった。
(客相手だと無視する訳にはいかないしな……)
値踏みをするように向けられた視線や、しつこく絡んできた客のことを思い出す。今後はああいう客も上手くあしらわなければならないのかと思うと、自然とため息が漏れてしまう。全くとんだ災難だ。
鬱々とした気持ちを抱えながら、とにかく静かな場所を求めて彷徨った俺は、住宅街近くの少し寂れた神社を見つける。ここなら変な奴も来ないだろうと確信し、疲れた心身を癒すべく、誰もいない神社の賽銭箱の裏を陣取って、静かに目を閉じた。
◇◇◇
しばらくすると、なにやら人の声が聞こえてくる。穴場だと思っていたのに、物好きな奴らめと内心舌打ちをするが、どうせしばらくしたら居なくなるだろう。……そう思っていたのだが、一向に立ち去る気配がない。
はじめは聞こえるか聞こえないかの声量だったものが、徐々にテンションが高くなり、それに呼応して声のボリュームが大きくなるにつれ、俺のイライラも最高潮に達していく。
「よーし、こうなったら帰って色々対策考えるぞー! えいえいお……――」
「うるっっせぇよ!!!!」
ついに限界を迎えた時には、一日で溜まりに溜まった鬱憤を全て吐き出すように、腹の底から怒鳴り声をあげていた
「ッわーーーーーー!!!!!」
これで相手と乱闘になるのなら、それもそれでいいと思っての行動だった。が、俺の目に入ったのは、こちらの怒声に驚いて飛び跳ねる華奢な背中。声の主が一人だったことと、思っていた姿とのギャップに驚きつつも、ここまで荒立った気持ちはもう止まらない。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、何言ってんだぁ? こっちは静かな場所を探してここに来たんだ。ひとり言なら別のところで……――」
そこまで捲し立てた俺は、怯えるように振り返った顔を見て、思わず固まってしまう。
――……可愛い。
めっ…………ちゃくちゃ、可愛い。
驚きすぎて怒りが吹き飛ぶぐらい、とにかくおれのどタイプだった。
小さく開いた口に、うるうるとした小動物のような目、ふわりと風に靡く髪の毛は柔らかそうで、思わず撫でくり回したくなるような頭をしていた。
これまでに、ある程度「可愛い」「美人だ」と称される女にも言い寄られてきたが、そいつらとはまるで次元が違う。まさかこの俺が、女に対してこんな感情を抱くことがあるなんて、自分でも信じられなかった。
「あ、あのごめんなさい。僕、その、人がいるなんて思ってなくて……」
先程までの元気はどこに行ったのか、ボリュームの極端に落ちた萎んだ声が言葉を紡ぐ。
(――僕……? こいつ、男なのか……?)
女でもなく男だと? こんなに美人な男が存在するなんて。さらに信じられねぇ。
改めて自分のいた場所を振り返ると、外から見えないように隠れていたのだから、こいつが誰もいないと勘違いしても仕方がないだろう。
自分でも笑えるくらいの手のひら返しだが、そんなこと気にしてられるか。とにかく驚かせてしまったことに対する謝罪を伝えると、さらに恐縮したように小さくなってしまった。「僕が悪いんです」と落ち込む姿を見て心が痛む。可哀想なことをしてしまったな。
「本当にすみませんでした。それでは……――」
「あっ! おい!」
「は、はい……っ」
このままこいつと別れることが嫌だと思った。
ただその思いだけで、こちらに背中を向ける後姿を慌てて呼び止める。
振り返るその顔には、恐怖と警戒心がありありと浮かんでおり、最悪の出会いになってしまったことに思わず舌打ちが出る。時間が巻き戻せるものなら戻したい。
「……いや、なんでもねぇ。……黒瀬湊だ」
何があるでもなく呼び止めてしまった俺は、話題もないのでとりあえず名乗ってみる。戸惑いながらではあるが、つられるように相手も名前を教えてくれたことに、内心ガッツポーズをした。
見たところ年齢も近そうだし、これだけの美人だ。こんな小さい街なのだから、フルネームさえ分かれば、どうとでも探すことが出来るだろう。乙成優太、と心の中で何度も反芻する。
「えっと、それじゃあ僕、帰ります……」
まるで花が綻ぶように、ふわりと微笑む乙成の姿に目眩がした。
なんだこいつは。天使か?
そして俺は一体どうしてしまったんだ?
初めて感じる心の高鳴りを少し恐ろしく感じながらも、見えなくなるまでずっとその背中から目を離すことができなかった。
33
お気に入りに追加
1,347
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる