上 下
39 / 40

第38話 お腹すいた

しおりを挟む
 不思議な事に、帰りの道中バケモノに出会う事は無かった。
 あの時逃げ出した奴等は複数居た。
 洞窟の外へと逃げ出したのか、岩陰にでも隠れているのか――
 気にしたところでしょうがない。知りたくも無い。
 もう奴等の顔を見ることも二度と無い…はず。
 ハロルドは「お願いします…」と神に祈った。

 奴等には出会わずに済んだ、済んだのだが…道に迷う事となった。
 この洞窟に訪れたのはハロルドにとって二度目ではあるが、帰り道など覚えているはずも無い。
 いつもシアン任せだったのだ。
 その彼女は今、ずいぶん気持ち良さそうに眠っている。

(まぁ、アロイも居るし何とかなるだろ。)

 彼女に案内させたほうが早いのだが、その為にわざわざ起こすというのも気が引けた。
 そんなことよりも、ハロルドは重大な事に気付く。

(洞窟から出たとしても、夜になっていたらどうしようか…)

 すっかり忘れていた。
 例の三人の住処以外で、夜を過ごした事なんて無い。
 アロイは言っていた、夜中は危険な魔物が活発に動き回る時間帯だと。
 ずいぶん前、彼には「ぼっちゃんが外で夜を越すのは難しいでしょう」と言われた事があった。

(あのときの僕とは違うんだ…逃げ足なら自信がある…)

 だが今は、身体を満足に動かせない二人も居る。
 シアン程度ならば、おぶったまま逃げることも出来そうだが…
 横にいるアロイに目線を向けた。
 やはり、彼にはいつものような元気は無い。口数も少ないし、足元もおぼつかない。
 自分だけ逃げるという選択肢の無いハロルドは、考えあぐねていた。
 今のボロボロの状態で、危険な連中を相手に二人を守れる自信が無い。
 というか、無理だ。
 奴等のようにが通じる相手とも限らない。
 それにあんな滅茶苦茶な戦い方、そうそう何度も出来るもんじゃない。

(外に出たところで近くに身を隠す場所でもあるといいが…奴等も姿を見せないし、このまま洞窟の中に隠れていようか…?)

 しかし、そんな心配は不要であった。

 ――光が見える

 眩しい。
 この感じ、なんだか懐かしい。
 ゆっくりと、洞窟の外へ踏み出した――――

 ずいぶん長いこと、あの暗闇の中に居た気がする。
 幸いな事に、外はまだ夜ではなかった。
 日も昇ったままだ。実は朝から半日も経っていないのである。

(助かった…)

 久しぶりの日の光を味わうかのように、ハロルドは歩みを止めた。
 しかし、油断は出来ない。
 昼間だろうと魔物は居る。いつ襲われても不思議では無い。
 いま二人を守れるのは自分しか居ないのだ…

(あぁ…そうか。あの時のコイツはこんな気持ちだったのだな…)

 シアンと出会った日の事だ。
 周囲をしきりに警戒して、なんとも物騒な雰囲気だった。
 そんな彼女に何度も話し掛けては無視され、仕舞いには物凄い目で睨まれた…
 今ならわかる。

(やはりお前は、守ろうとしてくれてたんだな。)

 背中で眠る彼女に、思いを馳せる。
 腰に下げた剣に手をやると、ハロルドは気を引き締めた。
 彼は一丁前に精悍せいかんな表情をしてみせたが、それは心の内の恐怖を隠す為、己を奮い立たせる為なのである。

 さぁ行くぞ!と歩み出そうとした瞬間――

「お腹すいた…」

 それはシアンの寝言なのだが――
 突然の耳元での囁き声に驚いたハロルドは、「ひんっ」と腰を抜かしそうになるのであった。
 どんなに取り繕ったところで、肝っ玉の大きさとは早々変わるものではない。
 そして彼のは特に小さい。
 奴等との戦いで見せた勇姿はどこへ行ったのやら…

 囁き声の主であるシアンの顔を、恨めしそうに横目で見つめる。
 その彼の表情は、なんとも情けないものなのであった――――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...