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「とにかく、あんた達がバウムガルトナー侯爵令嬢のものだと思ってるその椅子は、まだ誰のものでもない。添い遂げる相手は、俺自身が選ぶ。誰の指図も、受けるつもりはない」


 ヨルグにそう宣言されて、アリアドナは悔しそうに歯噛みする。


「信じられない・・・・私があなたを、皇帝にしてあげたのに!」


 そのセリフには、彼女の暴言に慣れている私でもぎょっとした。


「なんだって? 俺を皇帝にしてやった?」


 ヨルグは冷笑を浮かべていたけれど、瞳の奥に怒りが見えた。


「俺の記憶が正しければ、あんたの手を借りたのは、カウフマン達の件だけだ。あれはあんたが仕組んだことだったみたいだから、数えなくていいな。だとしたら、あんたに借りなどないはずだ。俺はここまで、自分の力で這い上がってきた。なのに、すべてあんたの手の平の上だったと言いたいのか?」



「あなたが皇帝になるのを、邪魔しなかったじゃないっ! 邪魔しようと思えばいくらでもできたのに、私は一度もそうしなかったわ!」



 彼女のその言葉に、私もヨルグも呆気にとられた。


 皇帝陛下にたいして、あまりにも不遜な宣言だった。さんざん不遜だと言われてきた私ですら、息を呑むほどに。


 邪魔しなかったことと、ヨルグを助けることは、まったく別物だ。ヨルグが言うとおり、皇子なのに庶子と呼ばれる最悪の状況から這い上がってきたのは、彼自身の努力と運によるもので、アリアドナの功績じゃない。



 なのにそれすらも、アリアドナは自分の功績だと思いこんでいる。ーーーー彼女は神のような視点で、ゲームをするように登場人物達の運命を操ってきたから、そんな言葉が出てきたのだろう。



「驚いたな。・・・・ヴュートリッヒの聖女は、自分が神のように、人々の人生を操る権利があると思い上がっているらしい」


 ヨルグの声に、嫌悪がまじる。ヨルグが、アリアドナがどんな人間なのか把握するには、その言葉で十分だったのだろう。



「陛下。ーーーーあなたは私じゃなく、その女を選んだことを、後で後悔することになるでしょう。必ず、死ぬほど悔いることになるはずです」


 アリアドナは両眼をぎらつかせ、そう宣言した。


「・・・・それが聖女様の本性か」


 でも、言われた本人はその言葉を笑い飛ばした。


「今までの猫かぶりキャラよりも、そっちのほうが味があっていい。変に隠そうとせずに、ずっと素顔でいることを勧める」


「・・・・・・・・」


「俺はアルテを選んだことに、後悔なんてしない。そう断言できる。・・・・答えが聞けて、満足か?」


 アリアドナは一瞬だけ顔を歪めると、それを隠すように身をひるがえして、馬車に乗りこんだ。


 ヨルグに別れの挨拶をして、フィリップ殿下も馬車に乗りこむ。



 そうして進みだした馬車は、コトコトと音を立てて去っていった。



「・・・・強烈だったな」


「・・・・ですね」


 ただ別れの挨拶をするだけなのに、どっと疲れた。アリアドナは良くも悪くも強烈だから、会話をするだけでエネルギーを吸い取られている気がする。


「あれが、悪役界のボスの貫禄か」

「アリアドナは今は聖女と呼ばれてますけど、本来は私と同じ、悪女枠の人間ですからね」

「同じか? 皇帝に向かって、皇帝にしてやった、なんて暴言を吐けるところを見ると、お前とあの聖女の間には、競走馬とポニーぐらいの開きがありそうだが。あの聖女が悪役界が目雑最終形態なら、お前が悪役界の雑魚だと自称したのもうなずける」

「・・・・雑魚だと自称した覚えはありませんが? 記憶を改竄しないでください。私は自分のことを、悪役界のひよっこだと言ったんです」

「じゃ、悪役界のひよっこさんはもっと気合を入れてがんばらないと、一生ひよっこのままで終わるぞ」

「はは、陛下がお望みなら、いくらでも喧嘩を売って差し上げますが?」


 軽口を叩き返すと、ヨルグは笑って、手を繋ぎなおした。


「あいつらのことは心配するな。ちゃんと監視役を送ってるから、一生西部から出られないはずだ」


 西部のアルブレヒト領は、皇都からあまりにも遠い。皇后になれなかったという点も重なって、アリアドナは確実に、政界への影響力を失ったはずだ。


 アリアドナの脅威を完全に消せたわけじゃないけれど、確実に弱まった。私はようやく、一息つける。



  ーーーーはずなのにーーーーなぜか、落ち着かなかった。



(食い下がると思ってたのに・・・・)


 アリアドナは、異様なほど皇后になることに執着していた。



 なのに去り際があまりにも潔くて、その点が頭に引っかかっていた。



(もしかしてアリアドナには、まだ秘策が残ってるの?)


 頭に浮かんだ疑惑の種が、有害物質のようにじわじわと毒を放って、胸を焼いていく。


(ううん、考えすぎよね)


 考えすぎているだけーーーーのはずだった。



 なのに私はどうしても、胸のうちにわだかまる不安を払拭することができなかった。



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みんなの感想(3件)

jane doe
2023.09.15 jane doe

長編で連載中。しかも151話。やめだな、と思いつつ、タイトルがわかりずらいなと思い、さわりだけ読もうと思って読んだら、 面白い! めちゃくちゃ面白い! ひたすら読み続けてしまいました。ホントはもうここでハッピーエンドにしてほしいんですが、続編、待ちます!

解除
hiyo
2023.02.08 hiyo

とても楽しく読ませて頂いています。
長い物語なのにそれを感じさせないというのは、すごいと思います。

最後まで読ませて頂けます様に~続きをお待ちしています♪
そして有難うございます。

解除
hiyo
2023.02.02 hiyo

このお話まだ途中なのですね~とても読み易いです。
ワクワクしながら読ませて頂いています。
悪役も輝いていますし主人公もただの良い人というだけではないので~

続きを楽しみにお待ちしていますー面白い物語なのでもっと多くの人に読んで頂けたらなぁ
と思います。読ませて頂いて有難うございます。

解除

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