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 翌々日、医者に全快したというお墨付きをもらい、私は久しぶりに建物の外に出た。


 離宮は草花に囲まれているので、どこにいても花々の香りを感じられる。私は数日ぶりに穏やかな気持ちで、草木が生み出す清涼な空気を吸いこんだ。


 そして、散歩に付き添ってくれたヨハンナ達のほうを振り返る。


「少しだけ一人にしてくれる?」


 私がそう頼むと、ヨハンナ達は一礼して、下がっていった。


 すんなりと一人になれたことで、ヨルグが、監視を解いてくれたことを実感する。ここは部外者が立ち入り禁止になっている区画なので、人払いをすれば、これからすることを誰かに目撃される心配はなかった。


 腕を上げる。もうその手首に、ブレスレットはない。


 私は深呼吸をしてから、目を閉じ、心の中でホワイトレディに呼びかけた。


 手の甲に、柔らかい羽毛が当たっているような感覚があり、瞼を開ける。


 ーーーー水柱のように吹き出してきた数千頭の蝶が、空を埋め尽くす勢いで乱舞していた。


 ホワイトレディを召喚できた。


 久しぶりに目にする蝶の乱舞に、はじめて召喚に成功した時のような感動を覚える。


(感傷に浸っている場合じゃない)


 私は頭を切り替えると、蝶を一頭だけ残して、残りを消した。


 そして残った一頭を、ヴュートリッヒのタウンハウスに向かって飛ばす。


 それから数週間、私はヴュートリッヒのタウンハウスに蝶を飛ばし続け、アリアドナを監視し、彼女の行動を把握した。


 向かうところ敵なしだった数年前と違い、今はアリアドナもかなり慎重になっているようだ。迂闊な行動で評判を落とさないように、彼女は社交場に出る回数を極端に減らしたようで、派手な言動も以前と比べて、かなり鳴りを潜めたようだった。


 その上彼女は最近は、フィリップ殿下と会うことも避けているようだった。


 二つの派閥が皇后の座を巡って争いはじめたころは、彼女はまだフィリップ殿下と週に一、二回の頻度で会っていると聞いていた。どうして会おうとしなくなったのだろうか。


(ヨルグの心をつかもうとしているのに、手応えがないから?)


 ヨルグが自分を選んでくれないことにやきもきして、原因を探した結果、フィリップ殿下には会わないほうがいいと判断したのかもしれない。八方美人だという噂を、払拭しなければと思ったのだろう。


(それじゃ困る。せっかく考えた作戦が使えない)


 アリアドナがまったくフィリップ殿下と会わないとなると、私の計画は不発に終わってしまう。


(いやーーーーアリアドナがフィリップ殿下と会おうとしないなら、私が偶然を装って、二人を引き合わせればいいだけだ)


 フィリップ殿下の今日の予定は、ヨルグがあらかじめ教えてくれていたから、あるていど把握できている。


 私は今度はフィリップ殿下を監視するため、彼のもとに蝶を飛ばした。




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