144 / 152
143
しおりを挟む「どうしたんだ? 今日は珍しく、素直じゃないか」
「死にそうになる夢を見ました」
「・・・・・・・・」
「こんな立場ですから、いつでも死ぬ覚悟はできています。ーーーーでも最期かもしれないと思うと、後悔が残りました。陛下に、聞きたいことを聞いておけばよかったと思ったんです」
「聞きたいこと?」
聞き逃さないようにと思ったのか、陛下は少し近づいてくる。心なしか、緊張しているように見えた。
「聞きたいことって、なんだ?」
「その・・・・シュリアのことなんですが・・・・」
怖々とシュリアの名前を出すと、陛下はあからさまに、がっかりした様子を見せた。
「・・・・死にそうになってまで聞きたかったことが、あの令嬢のことなのか?」
「・・・・シュリアと会って、何も感じませんでしたか?」
ーーーー原作では、ヨルグ陛下とシュリアは結ばれる運命だった。
でも原作と違い、シュリアは陛下と出会っても、運命的な恋には落ちなかったし、陛下のほうも、自分には興味がなさそうだったと言っていた。
私は原作を途中までしか知らないけれど、すでにこの世界の軌道が、原作のストーリーラインから大きく外れていることはわかっている。私が早い段階でファンクハウザーを抜け出て、ラスボスになるという運命から抜け出したように、二人が結ばれる可能性だって、今では低くなった。
だからこそーーーー自分がどう行動するべきなのか、よくわからない。
いっそ二人が原作通りに恋に落ちてくれたのなら、自分の役割は二人を応援することだと再認識して、こんなふうに迷うこともなかったはずなのに。
「シュリアと出会って、どう感じたのか、教えてください」
私の真剣な様子から、はぐらかしたり、誤魔化したりできないと思ったのか、陛下も居住まいを正した。
「そんなことを聞かれても、答えることが特にない。大きな派閥を持つ貴族令嬢にしては、やたらふわふわした発言が多くて、世間ずれしていないなと思ったぐらいだ」
「それだけですか? 他には何も感じなかった?」
「・・・・貴族令嬢には珍しい、演技じゃない天然だったな」
陛下の素直な感想に、また少し笑ってしまった。
「いきなり魔物との共存を語りはじめて、将来的には隔離地区を作って、殺さずにすむようにしたいとか言われて、困惑したよ。・・・・動物じゃなくて、魔物の話だぞ? とにかく殺しあわずにすむ未来を作りたかったようだが、俺には理解できなかった」
シュリアはとにかく慈愛に溢れているので、動物だろうが魔物だろうが、〝狩る〟という行為そのものを嫌悪している。だから魔物の隔離地区なんて構想を話したのだろうけれど、まだ動物愛護という概念すらないこの世界では、時代を先取りしすぎていて、理解されないと思う。
特に魔物は動物とはかなり異なる存在なので、共存したいと言われて困惑するのも仕方がない話だった。
「侯爵とバウムガルトナーは、俺とあのお花畑さんをくっつけたいようだが、お互いにまったく何も感じなかったから、今後の計画を変更することを勧める」
「シュリアのことを、お花畑呼ばわりするのはやめてください!」
「わかった、わかった。・・・・とにかく期待を裏切って悪いが、俺とあの令嬢の間には何も起こらないぞ」
「別に期待しているわけでは・・・・」
「期待していないのなら、どうしてそんなことを聞く?」
とっさに何も言えなかった。原作が、なんて話は陛下には通じないのだから。
「それに、本人から何も聞いてないのか? 向こうも、なぜまわりが俺とくっつくことを前提に話をしているのか、不思議がってたぞ。政略婚ならともかく、それ以外の理由で何か起こることは絶対にないと断言できる」
確かにシュリア本人も、陛下と結ばれると思いこんでいるクリストフや私の反応を、不思議がっていた。
「それに・・・・あの令嬢の天真爛漫な性格が、皇后という立場には不向きだと、考えたことはないのか? 皇后になったら、あのまっすぐすぎる性格をどうにかしないと、すぐに潰されることになるぞ」
陛下の言葉に、ハッとした。
皇后にさえなれれば、シュリアの未来は安泰ーーーーというわけでもなかった。皇后になった後もシュリアは、貴族や役人達の姦計に頭を悩ませることになるだろうし、いわれない誹謗中傷にも耐えなければならない。
それに、皇后になれなかったとしてもアリアドナが諦めるとは思えなかった。きっとシュリアは皇后になった後も、彼女のことを陥れてでも皇后の椅子を強奪しようとするアリアドナとの攻防を、続けなければならないだろう。
さらに厄介なのは、シュリアを引きずり降ろそうとする令嬢が、アリアドナ一人だけとはかぎらない点だろう。
シュリアの純真な性格は、聖女として人々を助けることには向いていても、皇后として権力者達の権謀術数に対応することも、政治の舞台で貴族達を御することにも向いていない。私やクリストフが守るにしても、限界がある。
クリストフもその点について、不安を吐露していたけれど、私は原作が、シュリアが皇后になって、幸せに暮らしたという結末で終わっているのだから、大丈夫だと言い聞かせた。
ーーーー原作のストーリーラインがぼろぼろと崩れ去ってしまった今では、原作なんて何の保証にもならないのに。
「いつもよく考えるわりに、そこだけは抜けてるんだな」
陛下は溜息をつく。
「・・・・クソ親父の時代に、俺の母親や、前の皇后がどんな扱いを受けたか知っているだろ。正直あの令嬢は、政略婚の相手としても適格じゃない」
「陛下は、先皇とは違います。たとえ政略婚だったとしても、妻になった女性のことを大切にしてくれるでしょう?」
「クソ親父のようなことはしないと約束する。・・・・でも俺の考えだけで、皇后の地位が盤石になるわけじゃない。どうしてそんなに必死に、俺とあの令嬢をくっつけようとする? 政略婚の相手に、ヴュートリッヒの聖女を選ばれたら困るからか?」
陛下の口から、ヴュートリッヒの聖女と聞いて、心臓がぎゅっと縮まった。
「とにかく、俺と侯爵令嬢をくっつけようとするのはやめろ。多分向こうも、迷惑だと感じているはずだ」
「それじゃあーーーーアリアドナは?」
不安を押し殺してその名前を口にすると、陛下はますます顔をしかめた。
「八方美人で、俺の兄弟にも粉をかけまくってた女を? ありえない」
シュリアの時よりも、強い否定だった。
「個人的な感情は抜きにしても、ヴュートリッヒをこれ以上増長させないためにも、あの家の聖女との政略婚だけは、絶対にない」
「そ、そう・・・・」
緊張した反動で脱力して、だるさを感じるほどだった。
「安心したか?」
陛下の視線を横顔に感じて、顔を上げる。息が詰まるほど、強い眼差しを向けられて、少し戸惑った。
「ヴュートリッヒのほうを選ばれたくないと思っているから、そんなに必死になって、俺とバウムガルトナー侯爵令嬢をくっつけようとしているんだろ?」
違う、とも言いきれなかった。陛下とシュリアとの関係を気にしているのは、原作の流れを知っているからだ。だけどアリアドナが皇后になることを防ぐために、シュリアを推しているというのも事実だった。
「ーーーーあの女なのか?」
「え?」
「侯爵を暗殺しようとしたのは、あの女だったのか?」
一瞬、呼吸が止まった。
「・・・・なぜ、そう思ったんですか?」
「俺がヴュートリッヒの聖女だと言った時、侯爵の目の奥に、警戒と恐怖が見えた。あの女を、恐れているんだろう? だからバウムガルトナーの令嬢を推して、あの女が皇后になるのを必死になって防ごうとしてるんじゃないのか?」
答えに窮して、私はうつむいて視線を避けた。
(どこまで話すべき?)
今まで敵味方がはっきりしなかったから、アリアドナのことを打ち明けられなかったけれど、今の陛下なら、私の言葉を信じてくれるかもしれない。
でもーーーー勇気が出なかった。他の人ならともかく、ヨルグ陛下が信じてくれなかったらと思うと、怖く感じて、最後の一歩が踏み出せない。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?
星野真弓
恋愛
十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。
だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。
そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。
しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――
〖完結〗私を捨てた旦那様は、もう終わりですね。
藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢だったジョアンナは、アンソニー・ライデッカーと結婚していた。
5年が経ったある日、アンソニーはいきなり離縁すると言い出した。理由は、愛人と結婚する為。
アンソニーは辺境伯で、『戦場の悪魔』と恐れられるほど無類の強さを誇っていた。
だがそれは、ジョアンナの力のお陰だった。
ジョアンナは精霊の加護を受けており、ジョアンナが祈り続けていた為、アンソニーは負け知らずだったのだ。
精霊の加護など迷信だ! 負け知らずなのは自分の力だ!
と、アンソニーはジョアンナを捨てた。
その結果は、すぐに思い知る事になる。
設定ゆるゆるの架空の世界のお話です。
全10話で完結になります。
(番外編1話追加)
感想の返信が出来ず、申し訳ありません。全て読ませて頂いております。ありがとうございます。
妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。
もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」
隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。
「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」
三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。
ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。
妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。
本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。
随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。
拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。
水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。
主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。
しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。
そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。
無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。
気づいた時にはもう手遅れだった。
アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる