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しおりを挟む「敵襲です、殿下!」
アルホフ卿の怒鳴り声が聞こえた。
窓を開けると、馬車を取り囲んだ襲撃者達の姿が見えた。
「殿下、ここは私がーーーー」
「アルホフ卿は、馬車から離れないでください」
アルホフ卿にそう忠告してから、私は紋章を持つ手を、外に突き出した。
虚空から出現した何千頭もの蝶が、流水のように空を流れ、馬車を取り囲んだ襲撃者にぶつかっていった。
「うわああっ!」
襲撃者の半数が、蝶の勢いに押されて落馬した。残る半数は姿勢を低くすることで、耐え抜く。
でもそれも、無駄な努力だった。
私は手を動かして、蝶の流れを反転すると、今度は背後から、襲撃者達に攻撃を仕掛ける。一度目は耐え抜いた人達も、次の攻撃には耐えきれず、ほとんどが落馬した。
私がぐるぐると腕を動かすと、蝶は渦を巻くように、馬車のまわりを旋回する。その流れに巻き込まれて、残る襲撃者も馬から落ちていった。
それでもまだ、馬にしがみついている猛者がいた。
私はとどめに、腕を上に動かした。蝶は滝を駆け上がるように、夜空に上昇する。そして私が腕を勢いよく振り下ろすと、蝶も竜巻のような束(たば)になって、わずかに残っていた襲撃者の頭上から降り注いだ。
「ぎゃあああ!」
最後の襲撃者を馬から落として、私の任務は終わった。
「見事だな」
「お褒めに預かり、光栄です。殿下の力も遠距離からの攻撃に向いているんですから、次からは前に出ようとせず、このように安全な場所から、敵の人員をちくちくと削ってください」
「その戦法は卑怯だろ」
「いきなり多勢で襲撃してくるほうが卑怯なんですから、こちらが気にする必要はありません」
「確かに。・・・・アルホフ、全員縛り上げろ」
「かしこまりました」
アルホフ卿は、車体の収納部分に積んであった縄を、手に取る。
彼と護衛の騎士達は手際よく、襲撃者の手足を縄で拘束していった。私とヨルグ殿下は、馬車の中から、その様子を見守る。
「終わったようですね」
全員の拘束が終わったようなので、私は立ち上がった。
「では、これで失礼します」
「考えが変わったら、もう一度会いに来い」
「その時までには、殿下も、減刑の意味をちゃんと辞書で調べておいてくださいね」
馬車のステップを降りながら、私はそう切り返した。
「それではーーーー」
振り返って別れの挨拶をしようとしたけれど、思ったよりも殿下が近くに立っていて、驚きで声が引っこんでしまった。
「冗談じゃなく、本気だ。俺の陣営に入りたくなったら、会いに来るといい」
私が冗談だと受け取った提案は、冗談ではなかったらしい。戸惑って、次に何を言えばいいのかわからなくなっていた。
「えっと・・・・」
なぜか答えなければと必死になって、頭を回転させる。
「も、もっと譲歩してくれるなら考えます」
私がそう言うと、殿下は笑う。
「何が望みだ?」
「まずは、無罪放免を約束してーーーー」
「本当に無罪放免を約束すれば、俺の側につくのか?」
一瞬、返事に窮してしまった。
ヨルグ殿下は、私の一瞬の躊躇いから答えを見抜いて、溜息をつく。
「・・・・沈黙が答えだな」
「・・・・すべては、政局次第です」
嘘を言っても仕方ないと思い、素直に答えた。
「口先だけでも、味方になると言っておけばいいのに、妙なところで素直だな」
「殿下は、嘘を見抜くでしょう? だから、正直に答えることにしています」
ヨルグ殿下は苦笑する。
「殿下、この者達を連行するため、いったん皇宮に戻りましょう」
ちょうどいいタイミングで、アルホフ卿が入ってきてくれた。
私はその隙に、鐙に足をかけて、馬の背に飛び乗る。
「では、これでーーーー」
「待て」
そのまま逃げるつもりだったのに、殿下は見逃さずに、馬具の紐をつかまれてしまった。
「次に会う時までに、望みを考えておけよ」
「もう断りました」
「まだ時間はある。俺についたほうがいいと、思えるようになるはずだ」
この自信はどこから湧いてくるのかと、呆れた。
でも、うぬぼれだとも言えない。ヨルグ殿下は次の皇帝になることが決まっていて、暗殺などの要素を除けば、今のところ、その道を阻む障害はないのだから。
「おそらく次に聞かれても、同じ答えを返すことになると思います」
「まったく・・・・」
殿下は溜息をこぼす。
「陣営の中で守ってやるって言ってるのに、未来の皇帝を三回もフるなんて、いい度胸してる」
「私は悪役界のクソ雑魚平社員なので、小心者なんです。ですから、陰でこそこそ動いているほうが性に合ってるんですよ」
「・・・・クソ雑魚呼ばわりされたのを、根に持ってるのか?」
「まずはその口の悪さを直すことをお勧めします」
「口の悪さなら、あんたも俺と五十歩百歩だろ」
私達は睨みあって、またどちらからともなく笑った。
「・・・・私を陣営に引き入れたところで、殿下に得はないと思います」
正直私のほうは、熱心な勧誘に戸惑っていた。今の私なら、資金面での支援ができるかもしれないけれど、同時に、評判が悪い悪女が、陣営に入ることのデメリットも大きいはずだ。
「損得を気にして、引き入れようとしてると思ってるのか?」
「だったら、どうして私を引き入れようとするんです?」
ヨルグ殿下は、手綱を持った私の手に、自分の手を重ねた。
「ただ守りたいだけだ。それじゃダメなのか?」
呼吸が止まって、しばらくは声が出てこなかった。
「わ、私は大丈夫ですよ。自分の身は、自分で守れますから!」
「・・・・・・・・」
「それでは、私はこれで」
手を引いて、逃げるように馬を走らせた。
ーーーー何かが揺らいでしまいそうな気がして、一度も振り返ることはできなかった。
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