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「ボリスの耳に入る情報を、私達が統制しましょう」


 私がそう言うと、クリストフは目を瞬かせた。


「バルドゥールさんの情報によれば、アラーニャは依頼を受ける時も、受付役の男達以外、出てこないそうです。だからボリスも、アラーニャのボスの顔を見たことがないんだとか。いざという時に、雇い主に裏切られても逃げられるように、顔を見られないようにしたんでしょう」


 アラーニャのような汚れ仕事をさせられる組織にとって、もっとも懸念される事態の一つが、雇い主の裏切りだ。罪を暴かれそうになった雇い主から尻尾切りをされ、すべての責任を負わされる可能性がある。


 そうなった時にすぐに逃げられるよう、雇い主にすら顔を知られないようにしているのだろう。悪事がばれて逃走することになっても、顔を知られていなければ潜伏することができる。それに顔を知られていないほうが、活動もしやすいという理由もあったのかもしれない。



 逆を言えば、受付役の男だけが、その危険に晒されていることになる。



「受付役だけ残し、アラーニャの活動が続いているように装えば、ボリスに感づかれることはないでしょう。アラーニャを乗っ取れば、ボリスの耳に入る情報を取捨選択しゅしゃせんたくできるはずです。アリアドナが彼に情報を与えていないなら、ボリスは皇室の情報を、喉から手が出るほど欲しがっているはずですから、私達が与えた情報に食いつくと思います」

「確かに、それはそうだが・・・・」


 クリストフは、釈然としない顔をしている。


「それに、ボリス達は悪事を働く時、アラーニャを使おうとするでしょうから、私達がその前兆に気づくことができるんです」


 提案を語り終えると、私はいったん言葉を切って、喉を潤すためにコーヒーを入れたカップを手に取った。


「ーーーーつまり君は、ヴォルケのメンバーに、アラーニャのふりをさせろと言ってるわけだろう?」

「はい、そうです。受付役として顔を知られているメンバー以外を総入れ替えして、ヴォルケのメンバーにアラーニャの組織として活動を続けてもらいつつ、ボリスに私達が伝えたい情報だけを伝えるんです」

「それだと、問題が生じないか? ヴュートリッヒから、伝染病や穀物の価格高騰の時のように、やばい仕事を依頼されたらどうする?」

「そうですね・・・・」


 私はコーヒーの表面に映った自分の顔を眺めながら、考えを巡らせる。



 それからにっこりと、クリストフに笑いかける。



「ーーーー仕事をしているふりをさせましょう」



「何だって?」



「仕事をする演技をさせて、失敗したように装えばいいんです」



「そんなことを続けていれば、無能だと判断され、いずれ切られることになるだろう」


「ええ、いずれは契約を切られることになるでしょう。だから、切られるまでの話です。アリアドナの過去の〝聖女計画〟の実行頻度からして、そんなに頻繁に大きな汚れ仕事を依頼されることはないでしょう。一年に一度、あるかないかぐらいで、それ以外の細々とした依頼をこなすことのほうが多いようですから」


「噂を流したり、ヴュートリッヒの事業に反対する人々を脅迫したりか?」


「それが彼らの、普段の仕事ですか?」


「そうだよ。大きな仕事がない間は、彼らはそういった小さな仕事をして食いつないでいるんだ。バウムガルトナーの悪い噂を流しているのも彼らだし、ヴュートリッヒに抗議活動をする人達を黙らせたのも、アラーニャだ」


 アリアドナの〝聖女計画〟やボリスの穀物の値上げなどの、大きな仕事がない間、アラーニャのメンバーは何をしているのだろうと思っていたら、どうやら普段は、ヴュートリッヒが有利になるように情報操作をしたり、ヴュートリッヒにとって都合が悪い人々を脅迫したり、暴力で黙らせていたようだ。


 それで、ヴュートリッヒにたいして抗議活動をしていた市民が、しばらくすると現れなくなった理由に合点がいった。話し合いが行われたり、和解金が支払われたのだろうと勝手に思いこんでいたけれど、実際は違ったようだ。


「だがそれも、汚れ仕事には間違いない。・・・・できるなら、ヴォルケに一般人を脅すような仕事はさせたくないのだが」


 クリストフは複雑そうだった。


 バウムガルトナーの汚れ仕事を引き受けさせるために、ヴォルケという組織を作ったとはいえ、団長であるバルドゥールさんを見ればわかるように、組織には、非道なヴュートリッヒを打倒するという大義がある。



 でも、暴力を振るって市民を押さえつける側になれば、彼らはヴュートリッヒと同類になってしまい、大義は失われてしまうのだ。



「そんなことにはなりませんから、ご心配なく」


 クリストフの心配を払拭するため、私はもう一度笑って見せた。


「アリアドナの手法を真似れば、どうにかなると思います」


「・・・・どういう意味だい?」


 クリストフは首を傾げる。


 私はコーヒーを飲み終えて、カップをソーサーに戻した。



「例えば、町でヴュートリッヒを所業にたいして、声高に抗議している人がいたとします。ボリスは、どんな手を打つと思いますか?」



 クリストフは突然のなぞなぞに首を傾げつつ、腕を組んで考えていた。


「今までのボリスの行動からかんがみるに、すぐにアラーニャのメンバーを向かわせて、暴力でその人物を黙らせていただろうな」

「それと、同じことをすればいいんです」

「ヴォルケのメンバーを使って、民衆に暴力を振るって、黙らせろと?」

「違いますよ。演技だと言ったじゃないですか」


 私は飾りとしてテーブルの端に置いていた、黒いチェスの駒を二つ手に取って、ソーサーの上に置いた。



「あえてヴュートリッヒに、敵を作ればいいんですよ。まずは、ヴォルケの別メンバーに、ヴュートリッヒに抗議をする市民を演じてもらうんです。するとボリスが、アラーニャに成りすましたヴォルケに、黙らせるようにと依頼してくるでしょう。ヴォルケのメンバーが抗議し、残りのメンバーがそれを取り押さえる。もちろん、どちらも演技です。これを何度も繰り返して、ボリスを疲れさせてやりましょう」


 ソーサーの上に置かれたチェスの駒を、もう一つのチェスの駒で倒して見せた。クリストフの瞼が、ぱちぱちと忙しく開閉する。


「最初から最後まで、ヴォルケ劇団の団員達による、演技なんですよ。アリアドナがよく使う、マッチポンプと同じです」


「なるほど!」


 私の考えがようやくクリストフに伝わったらしく、彼はポンと手を打つ。


「自作自演で、ヴュートリッヒのために働いているように見せかけるわけか」


「そういうことです。ヴュートリッヒが利益のために、森林破壊と土壌汚染をしていることは事実ですからね。ボリスは市民の抗議活動や、反対勢力に気を取られて余裕を失い、バウムガルトナーへの妨害工作にまで、手が回らなくなるでしょう」


 私はチェスの駒を起こして、二つの駒を仲良く並べた。


「ボリスの目からは、アラーニャは一応仕事をしているように見えるわけですから、簡単に切られなくなるはずです。その間に、ボリスに流したい情報を流しておきましょう」




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