27 / 152
26
しおりを挟む「・・・・確かに私が味わった不幸は、あなたのせいじゃないわ」
私は吐息とともに、呟くように言った。
確かにアリアドナの言っていることも、間違いじゃない。私とジャコブの結婚を決めたのは両親で、アリアドナは関与していないのだから。
でも、と私はアリアドナを睨みつける。
「でもあなたには、私を救うこともできたでしょ? たった一言、ファンクハウザーとの結婚が間違いだと、教えてくれればーーーー」
「あなたを救うも救わないも、私の勝手でしょ」
アリアドナは腕を組み、挑むように睨んできた。それから口の端に、嘲笑の色を浮かべる。
「だからその件で私を責めるのは、お門違いもいいところよ」
「ファンクハウザー邸で起こったことは、確かにあなたのせいじゃない。・・・・でも、私の弟に関することは?」
「・・・・!」
ハッと、アリアドナの表情に亀裂が走っていた。
その表情の変化を見て、クリストフの推測通りだったのだと、確信することができた。
「・・・・原作小説では今年、病で死ぬはずだった弟は、なぜか去年、馬車の事故で亡くなったわ」
私はアリアドナに一歩詰めより、顔を近づける。
「ーーーーアリアドナ、あなた、私の弟に何をしたの?」
「な、何もしてないわよ・・・・」
アリアドナは私から目をそらし、震える声でそう答えた。
「他にも、聞きたいことがあるわ。あなたは自分が聖女になるために、伝染病や火事を拡大させたそうだけど、それも真実なの?」
私の次の問いかけにも、アリアドナは動揺を見せる。
「な、何の話なのよ。憶測で、おかしなことを言わなーーーーっ!」
「ちゃんと私の目を見て、答えて」
私が目を見開いたまま、さらに一歩詰めよると、彼女も一歩後退した。
「私の弟に何をしたのか、はっきりと応えなさい」
「何もしてないって言ってるでしょ! 被害妄想もいいかげんにして! あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
爆発するように、彼女は叫ぶ。
「あんたの弟の死が、たった一年早まったからって、一体なんだっていうのよ! どのみち死ぬ運命だったんじゃない。あんたの弟の死も、嫁ぎ先での虐待も、何もかも全部原作通りでしょ! 私が何かしたわけじゃないわっ!」
「ーーーー」
熱くたぎる息が、異物のように喉に詰まって、一瞬、声が出てこなかった。
「ーーーーなぜ私が、あなたの不幸の責任を取らされるのよ。八つ当たりするのも、いい加減にして」
アリアドナはとどめとばかりに、そう言い放つ。
怒りを通り越して、一瞬で心が凍結された。全身の血も凍りつき、手足が動かなくなったと錯覚するほどだった。
「・・・・はは」
そして動かなくなった心の代わりのように、顔が勝手に笑みを形作る。
私を地獄に突き落としたジャコブやハインリッヒよりも、ただ堕ちていく私を眺めていただけのアリアドナのことが、より憎く感じるのはなぜなのだろう。友達だと信じてしまった、そして信頼があった分だけ、裏切りは鋭さを増す。信頼分の憎悪が今、北風のように身体の中を吹き荒れている。
「・・・・確かに、あなたの勝手よ。何を言おうが、何をしようがね」
糾弾すら無意味だと感じている。それぐらい、私の中の何かが壊れていた。
それに、アリアドナに話が通じないということも、痛感していた。私に煮え湯を飲ませたこの人物は確かに目の前にいて、言葉も通じているはずなのに、訴えや私の感情が、まったく届いていない。
その事実だけがこの空しい会話の、唯一の収穫だった。
「だから私も、自由に動くことにするわ」
「・・・・何ですって?」
「ラスボスになるつもりはない、と言ってるのよ」
アリアドナの頬の筋肉が引きつった。
「それから、あなたを皇后にするつもりもないわ」
「・・・・!」
「聖女になりたいがために、まわりを踏みにじっていくあなたに、絶対的な権力なんて与えたら、ここは地獄になるもの。私はやっぱり、シュリアが皇后になるべきだと思うの。原作の過剰な主人公びいきすらなかったら、彼女より聖女の称号にふさわしい人は、他にいないから」
口元に微笑をたたえたまま、私は横目でアリアドナを見る。
「ーーーー誰を皇后に推そうが、私の勝手よね?」
「頭お花畑の女が、私より優れてるっていうの!? あんな女に、まともな国政ができるとでも!?」
アリアドナは大きく腕を振るいながら、抗議してきた。
「まるで自分には、国務を担う力があるとでも言いたげな口ぶりね」
心底おかしかった。ここに至るまで、すべてのことが彼女に都合よく進んだのは、彼女が優れているからでも、まして人柄がいいからでもない。
ズルをしただけのことを、自分の力だと思いこみ、自分が有能な人物だと勘違いしている。
「優れてるかそうじゃないかなんて、どうでもいい。無害か、有害か。ーーーーその二つしか選択肢がないなら、当然前者を選ぶわよね。シュリアがどんな人なのか、まだ完全に把握できたわけじゃないけど、少なくとも彼女は自分の名声のために、人々に犠牲を強いることはなさそうだわ。ーーーーだから私は、彼女を選ぶ」
アリアドナにとっても、私のその言葉が決定的な決裂になったのだろうと思う。彼女は急に黙りこんだけれど、ずっと私を睨んでいた。
「私の邪魔をするつもりなら、容赦しないわ。・・・・きっとあなたは、後悔することになる」
その言葉を聞いて、笑いをこらえることができなくなった。
お腹を抱えて笑う私を見て、アリアドナは激高する。
「何がおかしいのよ!」
「ごめんなさい。・・・・でも一度冷静に、自分の発言をかえりみたほうがいいわ。そのセリフ、いかにも三下の悪役って感じじゃない」
「この・・・・!」
「でも、考えてみれば当たり前のことかも。・・・・あなたは原作では、私よりも小物の悪役だったそうじゃない。それにふさわしいセリフよね」
「私はあんたと違うわ! 一緒にしないで!」
「三下の悪役ごときが、聖女に成り代わろうなんて、思い上がりもはなはだしいと思わない?」
私のそのセリフは、アリアドナの心臓部にクリティカルヒットしたらしい。彼女の顔面は赤を通りこして、どす黒く染まっていた。
「・・・・今のセリフ、絶対に後悔させてやるわ」
「私が、そんな脅しを怖がるとでも? ーーーー地獄を耐え抜いたのよ。今さらそんな脅しなんて、怖くない」
宣戦布告の言葉としては、それで十分だと思った。
だから私はその言葉を最後に、アリアドナに背を向ける。
一度も振り返らなかったけれど、背中に感じる視線から、アリアドナがいつまでも私を睨んでいることだけはわかった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
私のことを嫌っている婚約者に別れを告げたら、何だか様子がおかしいのですが
雪丸
恋愛
エミリアの婚約者、クロードはいつも彼女に冷たい。
それでもクロードを慕って尽くしていたエミリアだが、クロードが男爵令嬢のミアと親しくなり始めたことで、気持ちが離れていく。
エミリアはクロードとの婚約を解消して、新しい人生を歩みたいと考える。しかし、クロードに別れを告げた途端、彼は今までと打って変わってエミリアに構うようになり……
◆エール、ブクマ等ありがとうございます!
◆小説家になろうにも投稿しております
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】無能に何か用ですか?
凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」
とある日のパーティーにて……
セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。
隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。
だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。
ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ……
主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる