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「・・・・すごくいい子ですね」


「そうだろう、そうだろう?」


 邸宅を出て、クリストフと並んで庭を歩きながら、彼と話をした。シュリアを褒めると、クリストフは自分のことのように喜んだ。


「母親似の美人で、心優しい。これ以上完璧な子は、他にいないよ」

「母親似なんですか? ということは奥さんは、絶世の美女だったんですね」


 クリストフの妻であり、シュリアのお母上だった女性は早世してしまったらしい。肖像画を見ていないので顔はわからないけれど、シュリアと彼女の妹達はびっくりするぐらい美少女なので、きっと綺麗な人だったのだろう。


「もちろん、私の奥さんは、同僚から羨ましがられるほど、美人だった。それに優しくて芯が通った人だった」

「そんな素晴らしい方と結婚できたなんて、羨ましいです」

「別れが早かったことは悲しかったが・・・・」

「私も会いたかったのに、残念です。でも今のあなたには、健気で愛らしいお子さん達がいるじゃありませんか。無双なんてできなくても、十分素晴らしい人生だと思いますよ」

「そりゃまあ・・・・確かにそうなんだが・・・・」


 なぜかとたんに、クリストフの歯切れが悪くなった。


「・・・・チート能力を手に入れて、ドヤ顔しつつ、威張って私のことを馬鹿にしてくる勇者を吹き飛ばすのが夢だったんだ」

「そんな夢は、今すぐ捨ててください」


 クリストフの未練をばっさり切り捨ててから、私は門を開けようとしたけれど、重たい鉄扉てっぴはすんなりと開いてくれなかった。



「・・・・!」


 もっと力を込めようとしたところで、誰かの手が、後ろから伸びてくる。背後の気配に気づいていなかったから、私はぎょっとした。



 私達の後ろに、背の高い男性が立っていた。身体がぶつかりそうな距離まで接近されていたのに、まったく気づかなかったことに冷汗が流れる。



「どうぞ」


 その人物が、私の代わりに重たい鉄扉を開けてくれた。


「やあ、バルドゥール」


 クリストフがその人物に笑いかける。それでその人物が敵ではないとわかって、私は肩から力を抜いた。


「彼のことを、君に紹介しておきたかったんだ」


 そう言いながら、クリストフは男性の隣に立つ。



 クリストフもモルゲンレーテでは長身の部類に入るのに、彼はそんなクリストフよりも、さらに頭一つ分も背が高い。あらためてその人物の身体の大きさを実感した。



「はじめまして、夫人」


 バルドゥールと呼ばれた男性は、深く頭を下げた。


「はじめまして。・・・・なんとお呼びすればいいでしょうか?」


 問い返すと、バルドゥールさんは笑う。目つきの鋭い強面が、笑うと少しだけ柔らかく見えた。


「私にたいして、敬語は必要ありません。もう貴族ではありませんから」

「もう?」


「ヴュートリッヒにアラーニャがいるように、我が家門バウムガルトナーにも、裏工作を任せる組織があるんだ。ヴォルケという組織で、彼はその団長だ」


 驚いて、バルドゥールさんの顔をじっと見つめてしまった。

 強面ではあるものの、背筋が伸びた立ち姿には、気品すら感じられる。裏社会で育ってきた人だとは思えなかった。


「今後、本格的に動き出すとなると、彼の力を借りる機会も増えてくるだろう。だから今日、君に紹介しておきたかったんだ」

「そうだったんですね」

「バルドゥールを疑う必要はないよ。彼は絶対、我々を裏切らない」

「なぜそう言い切れるんです?」


 クリストフの全面的な信頼にだけは、疑問を投げかけずにはいられなかった。長年の付き合いがあったファンクハウザーですら、ヴュートリッヒの勢いを見て、寝返ろうと画策するぐらいなのに、裏切りはありえないと過信するのは危険だと感じたからだ。

 クリストフは、バルドゥールさんに目配せする。


 するとバルドゥールさんは前に出た。


「私から、生い立ちを説明してもよろしいでしょうか?」

「教えてくれるんですか?」


 バルドゥールさんはうなずく。


「私は、クリーガーという貴族の長男として生まれました。しかしある日突然、両親は反乱の嫌疑をかけられ、有罪となり、処刑台へ送られました。爵位は剥奪、家門は取り潰しとなり、私と兄弟は路頭に迷うことになったんです。・・・・我が家の財産と領地はすべて、ヴュートリッヒに奪われました」

「あ・・・・」


 ヴュートリッヒが弱体化した家門を立て直すために、親戚に無実の罪を着せ、彼らの領地と財産を没収したという話を思い出した。


「物乞いをしていた私達を拾い上げ、復讐の機会を与えてくれたのはバウムガルトナー侯爵です。おかげで兄弟は飢え死にを免れ、教育の機会まで与えてもらいました」



 彼が味わった地獄は察するに余りあり、お気の毒に、という言葉も安っぽく感じられ、かける言葉が見つからなかった。私は黙って、うなずくことを選ぶ。



「罪状が反乱なので、もう家門を再興させることも、貴族に戻ることも叶いませんが、無念のうちに死ななければならなかった両親の恨みだけは、何としても晴らしたい。・・・・私の目標は、ヴュートリッヒを完膚なきまでに潰すことです。だから少なくとも目的を同じにしている間は、私があなた方を裏切ることなどありえません」


 強く宣言したバルドゥールさんの瞳は鋭く、宝石のように底光りしていた。


「閣下から、夫人と手を組んだことを聞いています。我々の力が必要な時は、声をおかけください。我々にできることなら、どんなことにでも全力を尽くします」


「ええ、よろしくお願いします」


 私達は握手をした。




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