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12_足音の数

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「・・・・出ていく足音が聞こえなかったということは、バルビエさんがまだこの屋敷の中に留まっているということでしょうか?」

 四人だけになると、あらためて私は、少年達から聞いた話の内容について、考える。

「あるいは、少年達が家に帰った後に、ここを出ていったか」

「そんなはずありません。屋敷は、ずっと見張らせていたんです」

「だが実際に、少年達が屋敷に忍び込み、足音を聞いている」

「・・・・・・・・」

「この屋敷は広いだろう? 庭のすべてを見張ることはできない」

 屋敷の敷地は広い。死角になっている場所もあるはずだ。

「バルビエとは限らないのでは? 子供達ですら侵入してたんです、屋敷の住人が不在だと知って、浮浪者が入り込んだ可能性もあります」

「そうですね・・・・」

 色々な可能性が考えられる。

「君はどう思う? カロル嬢」

 陛下に問いかけられた。

「・・・・階段を降りた直後に、足音が消えたという点が気になっています」

「玄関から出ていっただけでは?」

 ゼレールさんがそう言った。

「それはないと思います」

「なぜ言いきれるんです?」


「玄関の鍵は、ゼレールさんがつけかえたんでしょう? 玄関から出ていったのなら、鍵は開いていたはずです」


「あ――――」


 屋敷の捜索をするために、ゼレールさんは玄関の鍵をこじ開け、その後鍵を付け替えている。

 足音の主が、バルビエさんにしろ、浮浪者にしろ、鍵を持っているはずがないから、外から鍵がかけられず、玄関は開いたままのはずだった。

「俺も同じことを考えていた」

 私の答えに満足したのか、陛下は笑う。


「もしくは――――鍵を持っている人物が、ここを訪れていたという可能性もあるが」

 そして陛下は、試すようなことを言って、ゼレールさんに視線を向けた。ゼレールさんは青ざめる。

「ま、まさか、私を疑っているんですか?」

「あくまでも、可能性を潰していきたいだけだ。念のために聞いておくが、この屋敷の鍵を持っているのは、君だけかな?」

「わ、私だけです・・・・でも私は昨日、ここに入ったりしていません!」

「わかった、その言葉を信じよう。ということは、この屋敷の中に、まだ他の誰かがいる可能性があるということだ。――――屋敷の捜索に、きょうりょくしてくれるかな?」

「も、もちろん!」

 ゼレールさんは引きつった笑顔で、即答した。


 ――――陛下の笑顔は時々毒々しくて、有無を言わせぬ迫力がある。この人を敵に回したくないと思った瞬間だった。



     ※  ※  ※



 それから私達は、屋敷の捜索をはじめた。

 といっても、足音が聞こえた範囲――――階段から、玄関ホールのみを重点的に捜索すればよかったので、結果は数分で判明した。


「・・・・やはり、隠れられるような場所はなさそうですね・・・・」


 ひとしきり調べてみたものの、やはり人が隠れられそうな場所は見つけられなかった。


 そもそも一階の部屋はすべて、調べ尽くしている。隠れられるクローゼットのようなものもないのだから、調べようがなかった。

「やはり、誰もいませんよ」

「・・・・・・・・」

 ゼレールさんはそう言ったけれど、その答えでは納得できなかった。


(確か、あの子は二十歩って言ってたっけ?)


 階段は十三段、つまり一番最後の段から、七歩のところに、扉があるということだ。


「ゼレールさん」

「なんでしょう?」

「バルビエさんの背の高さはわかりますか?」

「身長・・・・ですか? バルビエは小柄なので、あなたと同じぐらいかと」

 どうしてそんなことを聞くのだろうと、訝しんでいる様子ながらも、ゼレールさんは答えてくれた。

 身長が同じぐらいなら、歩幅も同じはずだ。


 私は、階段の一番下の前に立ち、そこから全体を見つめてみる。


 玄関ホールにある扉は二つ、食堂に続く扉と、応接室に続く扉だけだ。


「・・・・あの、何をしてるんですか?」

「今は、彼女の邪魔をしないように」

 ゼレールさんが話しかけてきたけれど、陛下が止めてくれた。


 まずは右側の階段から、近い距離にある食堂に続く扉に歩いてみた。


 ――――五歩。二歩余る。


 次に、応接室に向かって歩いてみる。

 今度は、十歩だ。多すぎる。


(・・・・どちらも違う)

 私は、二つの階段の間にある、壁を見た。

 そこには壁だけで、扉はない。


 ――――だけど奇妙なことに気づいた。


 二階には、奥に部屋が二つある。食堂と応接室の奥にも、部屋がある。

 屋敷の構造からして、玄関の扉の真正面にも、スペースがあるはずなのだ。


 なのに、その部分は壁で塞がれている。


 私は階段の下から、今度は階段の奥の壁に向かって歩いてみた。


 壁に行き当たるまで、きっちり七歩だった。


(ここだ)

 壁に手を当ててみる。

 小さな窪みを見つけた。試しに、指を嵌めてみる。


「・・・・!」


 すると壁が滑るように、横に動き出した。


 扉の向こうに合ったのは、窓もない、石壁の部屋だった。壁はすべて棚で覆われていて、棚の中には、奇妙なものが入った瓶が隙間なく置かれている。

 隅にはテーブルがあり、そこには奇怪な形の器具が置かれている。


「・・・・隠し部屋か。なるほど」

 いつの間にか隣に並んでいた陛下が、感心したように呟く。

「さすがだ、カロル嬢。やはり君の洞察力は優れている」

「あ、ありがとうございます・・・・でも、何のために隠し部屋なんか・・・・」

「奴は詐欺師で、盗人だ。盗人ほど、自分の所有物を盗まれることを恐れる。だから貴重な品を、見つからない場所に隠すことにしたんだろう」

 陛下は先に部屋に入っていった。


「お待ちください、陛下!」

 護衛が慌てて、陛下を追いかけていく。

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