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6_現状を打破する一手

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「カロル・ド・ルシヨン様ですね?」


 その日の午後、帰ろうと正門に向かっていた私は、立派な髭を持つ男性に呼び止められた。


「あるお方が、カロル様と会いたがっています。私についてきてください」


 そう言われて、戸惑う。


「えっと・・・・あなたは?」

 王宮には、ミラとマテオおじさんしか知り合いはいない。目の前の男性に、見覚えはなかった。

「とある高貴なお方に、お仕えしています」

「その、とある高貴なお方とは?」

「私についてくれば、わかります」

「・・・・・・・・」

 具体的なことを聞こうとしても、男性は行けばわかるの一点張りで、何も答えてくれない。

「すみません、急いでいるので」

 不穏な気配を感じ、大人しくついていかないほうがいいと判断した私は、身を翻した。


「・・・・!」

 でも、私の進路を衛兵が塞ぐ。

「来てください」


 拒否権はないらしい。


 仕方なくついていくと、王族が使っている離宮に連れて行かれて、驚いた。


 離宮の内部に、ガラス張りの広間があり、内部は花壇が規則的に置かれていて、庭園のように美しい花々が植えられていた。

 まるで、御伽話の世界に迷い込んだような景色だ。

 庭園の中央に配置された丸テーブルには、真っ白なテーブルクロスがかけられ、可愛らしい茶器が置かれていた。


 そのテーブルを囲んで、一組の男女が向かい合って座っている。


 男性のほうはこちらに背中を向けていたから、顔は見えなかったけれど、女性のほうは、誰なのかわかった。


(カンペール公爵夫人!)

 ――――アレット・ド・カンペール公爵夫人。

 社交界では、派閥を持つほど強い影響力を持っていて、アンティーブ辺境伯夫人の対の存在として噂されている女性だ。


 テーブルは一つ、座っているのは二人なのに、もう一つ、空席の椅子が用意されている。誰かが来る予定なのだろうか。


 私をここまで連れてきた男性は、男女に近づいていく。

「陛下、ルシヨン家のご令嬢をお連れしました」

 男性の言葉を聞いて、私はぎょっとする。


 ――――もう一人は、ノアム陛下だった。


 私をここまで連れてきた男性はおそらく、陛下の近習きんじゅうなのだろう。

「ご苦労だった、アンベール」

 陛下はその一言で、近習を下がらせて、立ち上がると、私を見る。

「わざわざ呼び立ててすまない、カロル嬢」

 陛下がまるで、友人を出迎えるように笑顔を向けてくれたものだから、私はますます緊張して、返事が遅れてしまった。

「へ、陛下・・・・私になにかご用でしょうか?」

「まあ、まずは座ってくれ」

「は、はい・・・・」

 どうやら、空席の椅子は、私のために用意されたものだったようだ。私はカンペール公爵夫人に一礼してから、勧められるまま、椅子に座る。


「君のことを、少し調べさせてもらった」

 陛下が手を動かすと、アンベールと呼ばれた近習が戻ってきて、テーブルに書類を置いていく。

「君は裁判所に、父上の遺言書が偽造されたという訴状を出しているな。順当にいけば、君がルシヨンの後継者になっていたはずだが、叔父であるブラウリオ・ド・ルシヨンが持っていた遺言書が決め手となり、彼に後継者の地位と、財産を奪われている」

「・・・・・・・・」


(どうして陛下が、私のことを調べているの?)


 その瞬間、恐怖が足元から這い上がってきて、私は膝の震えを止められなくなった。


「ルシヨンの財産と、領地を取り戻したくはないか? 本来は、君が受け継ぐべきものだった。――――俺にも、協力できることがあるかもしれない」


 聞き間違いだろうか。陛下の真意を測りかねて、私は陛下の顔をじっと見つめる。

 陛下はただ、笑っていた。

「協力・・・・とは、どういうことでしょう?」

「オセアンヌ・ド・アンティーブが殺害されたことは、すでに君も知っていると思う」

「は、はい・・・・」

「オセアンヌは、俺の家庭教師を務めてくれたこともある、聡明な女性だ。彼女の息子とも、友人関係にある。少なからぬ縁があるんだ。だから、一刻も早く、この事件を解決したい」

 陛下は真剣な顔で、そう言った。

「犯人を捜すために、大臣の進言に従って、クベードという男に調査を任せたが、クベードは行方不明になった侍女を犯人だと決めつけ、捜索ばかりに人員を割いている。視野の狭い男のようで、それ以外の調査をしようとしない。他の可能性も考えてみるべきだと忠告してみたが、耳を貸さなかった。・・・・おかげでこの二か月半、成果はまったくなしだ」

「は、はあ・・・・」

 それが私と何の関係があるのだろうと、私は適当に相槌を打つ。

 辺境伯夫人が殺されるという大きな事件だから、調査されているけれど、多くの場合、殺人事件が起こっても、大規模な調査がされることはない。

 被害者が一般人の場合、自警団が、被害者に恨みを抱いていた者、もしくは目撃証言などに一致する人物を見つけ、独自に制裁するだけだ。

 だから、犯人を見つける技術や知識を誰も持っていなくて、手探りの状態なのだろうと想像できた。

「・・・・さっき、君の推理を聞かせてもらった」

「す、推理?」

「オセアンヌとアレットが実は仲が良く、商売のために裏では繋がっている、という話だ」


 ――――カンペール公爵夫人の前で、あの時の話を持ち出されて、私は生きた心地がしなかった。怖くて、カンペール公爵夫人の顔を直視できない。


「感心したんだ。見事な推理だった」

「え?」

「面白いと思ったから、アレットに真実なのかと聞いてみたんだ。彼女は、事実だと認めた」

 高貴な女性を侮辱した罪で、つるし上げられるかと思っていた。予想外の反応に、開いた口が塞がらない。

「今まで、誰にも気づかれなかったのに、まさか、あなたのように若い方に見抜かれてしまったなんてね」

 遺骸にも、カンペール公爵夫人は笑っている。

「そんなに緊張しないでちょうだい。私から言いたいことは、言いふらさないでほしいということだけよ」

 二人とも、怒っているわけではないようだ。

 そこでカンペール公爵夫人の笑顔が、弱々しいことに気づいた。

(アンティーブ辺境伯夫人が亡くなって、落ち込んでいるのね・・・・)

 私の推測が当たっていたということは、二人は長い間、友人だったことになる。友人が亡くなって、きっと夫人はショックを受けたのだろう。それでも社交界では不仲で貫き通していたから、みなの前では気丈に振舞うしかない。


「カロル嬢」

 陛下に名前を呼ばれて、私の意識は、陛下のほうに引き戻された。


「君の推理は当たっていた。素晴らしい慧眼けいがんだと思う」

「お、お褒めに預かり光栄です。・・・・ですが、気づいたのが私一人だけとは限りません。薄々察しながらも、あえてそれを口にしなかった人もいるでしょう」

「その可能性もあるな。だが、多くの者が気づいていないことは事実だ。君は洞察力に優れているのだろう」

「・・・・恐縮です」

 放心状態でそう答えると、陛下の口元が緩んだように見えた。


「それで――――君に頼みがある」


「頼み・・・・」

「さっき話した通り、クベードは侍女の捜索ばかりに人員を割いている。そして二か月半が過ぎたが、解決の兆しは見えない。こういった事件では、初動の動きは重要だ。クベードはしくじったのだろう」

 陛下の両眼が、鋭くなる。


「だから、今回の事件について、君の意見が聞きたいと思ったんだ」


「え・・・・」

 話が予想外の方向に向かって、口から間の抜けた声が出てしまった。

「クベードの報告を聞いて思ったんだが、我々には女性の目線が欠けている。君がオセアンヌ達の狙いに気づいたのも、女性の視点があったからだろう。男では、女性達が憧れる存在を利用して、流行を生み出す、などとは、なかなか思いつかない」

 ディエレシスでは女性の立場が強くないから、女性の消費力が軽視されがちだけれど、社交界のために購買されるドレスや装飾品の総額は、全体ではかなりの額になるだろう。

「だから君の視点が役立つと思った。どうだ? 協力してくれるか?」

「お、恐れ多いことですから・・・・」

 関わることで、厄介なことに巻き込まれるかもしれないという恐れから、私は反射的に断ろうとしていた。


「君が協力してくれるのなら、俺も、君が領地と財産を取り戻すのに協力すると約束しよう」


 だけど陛下の次の言葉で、私の考えは変わる。

「ほ、本当ですか? 本当に協力してくれるんですか?」

「ああ、遺言書が本物なのかどうか、厳密に審査させよう。君の叔父を、直接尋問してもいい」

 裁判所に提訴したものの、勝てる望みは薄いと、絶望していた。叔父には立場もお金もあり、有名な弁護士を雇ったと、人伝に聞いている。

 私は今まで、父の私道のもと、領地を発展させるため、酪農の経営などを勉強してきた。

 だけど裁判となると、今まで培ってきた知識がまったく役に立たない。たいした役職も、後援者もなく、しかもお金まで失って、叔父に勝てるとは思えなかった。


 ――――現状を打破するには、強力な一手が必要なのだろう。


 陛下が味方をしてくれるのなら、まさに鬼に金棒だ。


「・・・・わかりました。私が、お役に立てるなら」


 私の答えを聞いたノアム陛下は、満足そうに笑う。

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