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68_カエキリウスの悔恨
しおりを挟む「・・・・陛下。お久しぶりです」
日暮れ時の謁見の間で、私はカエキリウスと向かいあっていた。
久しぶりの参内だった。ヘレボルスに下された判決を見届けた後、私はグレゴリウスの屋敷に戻り、しばらく療養していたから、カエキリウスとこうして、直接言葉をかわすのは、久しぶりのことだった。
「私はもう、子を産めなくなりました」
「・・・・・・・・」
「今の私に、皇后の資格はありません。皇宮を去ろうと思います」
カエキリウスは力なく、玉座に座っていた。いえ、座っているというよりも、沈んでいるように見える。
その顔には、濃い心労が浮き出ていた。
ここ数週間に起こった出来事が、彼の中の何かを決定的に変えてしまった。そんな風に見えた。
「・・・・君には迷惑をかけた。本来なら私が、君を守らなければならない立場だったのに――――本当に、すまなかった」
カエキリウスは、絞り出すように言った。
皇宮に入ってから起こった出来事で、私はカエキリウスがヘレボルスの悪事に関与していなかったことを知った。
今まで、ルジェナやダヴィドを特別扱いすることで、まわりにどれだけ大きな被害が出ていたのか、カエキリウスには見えていなかっただけなのだ。
――――そして今、カエキリウスは罪の意識に苦しめられている。
これからは、償いの道を歩むことになるだろう。カエキリウスにとっては、死ぬよりもつらい道だ。
だから私は、彼を許すことにした。
「・・・・最後に陛下、お願いがあります」
「なんだ、申してみよ」
「過去にヘレボルスに反逆の罪で名指しされ、その後処断された方々がいると聞きました。反逆の証拠とされたものが、ヘレボルスの捏造でなかったのかどうかを、もう一度調査してほしいんです」
私の父は、偽りの罪で裁かれた。
無念を晴らしてほしいというのが、お父様の最後の願いだった。すべては、そのための戦いだったのだ。
「もちろん、そのつもりだ。すでにマキシムス達に調査させている」
安堵の息が、口から零れ落ちる。
――――ようやく、自分の役目が終わったのだという実感が湧いてきた。
「短い間でしたが、実りのある日々でした。新しい皇后候補者を迎えてください。今の皇宮には、皇后が必要です」
用意していた台詞を言って、私はカエキリウスの答えを待った。
後は、カエキリウスの労いの言葉を聞いて、ここを去るだけ。
私はそう思っていた。
「ここを去り、どこに行くつもりだ?」
「修道院に入ろうと思います。行先はもう決めました」
「・・・・・・・・」
「陛下には、返しきれないほどのご皇恩を賜りました。命を救っていただいた恩は・・・・」
「勝手に決めるな」
私の声を、カエキリウスが強い声で遮る。
「まだ子が産めないと、決まったわけじゃないはずだ。それがわかるまで、君にはここに留まり、回復に努めてほしい」
――――カエキリウスのその言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「・・・・陛下。私がここに残ることは許されません。これは、閣議で決まったことなのです」
皇后のもっとも大事な仕事は、後継者を産んで、血統が途絶えないようにすること。
私の身体が回復するかどうかは、関係ない。政治に空白の期間を生じさせないために、確実に子供を産めるという保証がある女性しか、皇后の座に留まることを許されないのだ。
それは、カエキリウスにもわかっているはず。
「みなは、私が必ず説得する」
だけどカエキリウスは食い下がり、立ち上がって、私に近づいてきた。
「私は君に、ここに残ってほしいんだ。私の隣に」
私の手を取り、私の目をまっすぐ見て、彼はそう言った。
もし、何かが違っていたのなら、私がお飾りではない、正当な皇后になった未来があったのだろうか。ルジェナがいなければ、あるいは、カエキリウスがもっと早くに、ルジェナの本当の姿に気づいてくれていたのなら。
いえ、違う。
――――私がもっと早くに、ルジェナと戦う覚悟を決めていたのなら。
(・・・・でも、全部過去のことだ)
イネスと呼ばれていたのも、私がカエキリウスを愛していたのも、すべて遠い過去のことだ。
――――それにこの人は、私がイネス・ディド・クレメンテだと、最後まで気づかなかった。
「・・・・申し訳ありません、陛下」
私はさっと手を引いた。
「私はもう、ここを去ることに決めました。私にとっても、閣議の決定は関係ありません、これは私自身の意思なのです」
「・・・・・・・・」
「以前は私の中にも、あなたにたいする愛情がありました。・・・・でも今は、何もかもが乾いて、もう何も残っていないんです」
カエキリウスの手が力を失い、下がっていく。
「それでは、陛下。私はこれで」
身を翻し、出口に向かった。
「ローナ!」
出ていこうとする私の後を、カエキリウスの声が追いかけてくる。
「私は、君のために何ができるだろうか。君や、ダフネのために」
私は言葉を探した。
カエキリウスはきっと、自分を許さない。だったら、私が罰する必要は、もうないはず。
「・・・・あなたをもう、私に償う必要はありません」
私は一度も振り返らないまま、謁見の間を出た。
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