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67_復讐の達成と断罪
しおりを挟むそれから一週間後、私達は再び、謁見の間に呼び出された。
呼び出されたのは閣僚とグレゴリウス家、ヘレボルス家の面々だった。
――――日暮れ時の謁見の間は、血の色に染まり、私達をまるで、地獄の釜にいるような心地にさせた。
「調査の結果、ダフネとルジェナに仕えていた侍女達がみな、鉛中毒と思われる症状で亡くなっていたことがわかった」
カエキリウスの声が、耳が痛いほどのしじまに響き渡る。
「・・・・関係者がすべて同じ症状で死ぬなど、偶然で片付けることはできない。誰かが悪意を持って、彼女達を害したのだろう」
玉座に座っていたカエキリウスは、気怠そうに立ち上がった。
「――――そして、関係者は口をそろえて、ヘレボルスに殺されたと言っている。その証拠も残っていた」
「へ、陛下・・・・」
ルジェナはぶるぶると震えながら、カエキリウスの顔色を窺っている。
でも、その瞳の中にはまだ、余裕が残っているように見えた。
たとえ重い処分を下されることになっても、自分だけは命は奪われない。カエキリウスに自分を殺せるはずがない、という自信が、その横顔から読み取れた。
「ローナが皇宮に入る前の出来事だ。グレゴリウスが仕掛けたとは考えにくい。状況から考えて、ヘレボルスが関わっているとみて間違いないだろう」
「へ、陛下・・・・私達は、何も・・・・」
「この期に及んで、言い逃れをするのか!?」
ツェザリが口を釈明しようとすると、閣僚の怒声がそれを遮る。
「ここにみなに集まってもらう前に、ダヴィドとコンラドゥスを除いた閣僚達で閣議を開き、何日も話しあった。ヘレボルスをどう裁くのかを。――――みなの意見は一致していた」
カエキリウスは光のない目を、ルジェナに向ける。
「――――ダヴィド、ツェザリ――――そして、ルジェナ。ヘレボルスの家名を背負う三名を、斬首刑に処す」
「――――」
――――ルジェナの顔色は、死人のように色を失った。ルジェナの希望は、カエキリウスの宣告によって砕かれたのだ。
「・・・・罪人を連れていけ」
カエキリウスの最後の声は、絞りだすように苦しげだった。
命令を受けて動き出した衛兵が、ルジェナとダヴィド、ツェザリを連行しようと、彼らを取り囲んだ。
「そ、そんな・・・・! そんなこと・・・・!」
ツェザリは狼狽え、ダヴィドは放心している。
「陛下! お考え直しください!」
それでもルジェナは往生際が悪く、下された罰に抵抗しようとする。
「どうして私を信じてくださらないのですか!?」
「・・・・・・・・」
「過去の妻が、未来の妻より大事だとおっしゃるのですか!?」
――――ルジェナのその一言で、空気が凍った。
(何てことを・・・・)
皇宮を去ったとはいえ、一時期は皇后を務めていた女性にたいして、それは侍女としても――――いえ、人として、許されない発言だった。
一方で、混乱したこの状況で彼女が発したその一言は、限りなくルジェナの本心に近い言葉だと思えた。
ルジェナは、ダフネ前皇后陛下を敗者、過去の人に位置づけている。
そして、ルジェナ達の考えでは、負けた人間が悪いのだ。だから彼女達は、罪悪感を感じずにいられる。
「未来の妻、か・・・・」
玉座に戻ろうとしていたカエキリウスは、何を思ったのか、急に身を翻した。そして、跪いたルジェナの前に片膝をつき、目線を合わせる。
「陛下・・・・」
「――――君は、何もわかっていない」
カエキリウスのその動作に希望を抱いたルジェナだったが、冷え切った声を聞いて、また凍り付く。
「君が殺したのは、ダフネだけじゃない。――――彼女のお腹にいた、私の子も殺したんだ」
「――――」
その瞬間、ルジェナもようやく、自分の罪状に気づいたのだろう。
ルジェナにかけられた嫌疑は、皇后殺しや、侍女殺しだけじゃない。
――――彼女は、ダフネ前皇后陛下のお腹にいた、皇帝の子殺しの罪も背負っているのだ。そしてその罪は、斬首刑では生温いほど重い。
「陛下!」
突然、ダヴィドが声を発する。
みなの視線が、彼に集まった。
「・・・・罪を認めます」
ダヴィドが、声を引き絞る。
「何?」
「――――ダフネ前皇后陛下が懐妊したと知り、前皇后陛下の食事に毒を混ぜたことを認めます」
その言葉に、愕然とした。閣僚達も、驚きを隠せずにいる。
(・・・・何を考えているの?)
あのダヴィドが、簡単に負けを受け入れるとは思えない。
表向きは物分かりがいい人間を演じていても、彼は、腹の中では自分を侮辱した人間、敵対した人間への恨みを忘れず、敵を潰すまで、決して動きを止めない人物だ。
――――だからこの状況になっても、素直に自分の敗北と罪を認めるとは思えなかった。
「――――ですが、実行したのは私とツェザリだけで、ルジェナはこの罪には関与しておりません」
「え・・・・?」
その発言に、ツェザリは当然のことながら、ルジェナさえ狼狽えていた。
「父上、何をおっしゃっているんですか!?」
「陛下、どうかルジェナの命だけは、お助けください」
ツェザリを押しのけ、ダヴィドは跪き、深く頭を下げた。
「お、お父様、何を言ってるの!?」
「すべて、私がしたことです。ルジェナは関与しておりません」
取り乱すルジェナを下がらせ、ダヴィドは続けた。
突然の申し出に、誰もが驚きを隠せずにいる。
(本当に、どういうつもりなの?)
死が間近に迫り、今さら、娘への愛に目覚めたというのだろうか。
(・・・・いえ、違うわ。ダヴィド・ガメイラ・ヘレボルスは、そんな男じゃない)
子供に愛情を持っていたのなら、路頭に迷うとわかっていて、対立した息子達を家から追いだしたりしないだろうし、娘達を裕福なだけの、横暴な男に嫁がせたりしないはずだ。
――――すべては、ヘレボルスのために。
ダヴィドは、ヘレボルスの権力を強めるために、手段を選ばず、大勢の他人はもちろん、自分の子供達でさえ犠牲にしてきた。
今さら、父性に目覚めるような男じゃない。――――ルジェナを庇うような言動の裏には、何か、別の思惑があるはずだ。
「お父様! どうしてそんなことを言うの!? ここで諦めるなんて・・・・!」
「ルジェナ!」
混乱するルジェナを、ダヴィドは側に引き寄せる。
――――ダヴィドが、ルジェナの耳に口を寄せ、何かを囁いたのを、私は見逃さなかった。
「どうか、お願いします、陛下・・・・」
そしてもう一度ダヴィドはカエキリウスに向きなおり、再度ルジェナの免罪を乞い願う。
カエキリウスは長い間、考え込んでいた。
「・・・・わかった。その願いを聞き届けよう」
――――カエキリウスの決断に、グレゴリウス卿や閣僚達は塊のような重たい息を吐き出し、ダヴィドとルジェナは雲が晴れたような表情を見せた。
「だがルジェナが何の償いもせずに、自由になることは許されない。――――罪人の娘として、ルジェナ・ガメイラ・ヘレボルスを禁固刑に処す。塔牢獄に閉じ込め、一生、外には出すな」
「・・・・・・・・」
ルジェナは深く項垂れた。
(やっぱりカエキリウスには、ルジェナを殺すことはできないのね)
何となく、審問会の最初から、こうなるのではと思っていた。
揺るぎない証拠を突きつけても、それでもカエキリウスには、ルジェナを殺せないのでは、と。
(でも、もういい。ヘレボルスは終わった。ルジェナが返り咲くことはないわ)
――――復讐は果たされた。
「行きましょう、閣下」
衛兵がダヴィドとツェザリを取り囲み、ルジェナから引き離した。
「嫌だ! そんな、俺はまだ・・・・!」
衛兵に取り囲まれても、必死に抵抗しているツェザリと違い、ダヴィドは抵抗しようとせず、ゆっくりと動き出す。
ルジェナは、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
父と兄が廊下に押し出され、衛兵達の手によって、扉が閉められる音すらも、ルジェナは背中で聞いていた。
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