復讐のための五つの方法

炭田おと

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60_最後の証人

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「・・・・でも、疑問が残るわ」

「疑問ですか?」


「――――なぜ、ダフネ前皇后陛下だけじゃなく、侍女まで狙われたのかしら? ユリアさん。あなたはその理由を知っているんですか?」


 私はあらためて、ユリアさんに問いかけた。

「・・・・・・・・」

 少し迷いを見せてから、ユリアさんは顔を上げる。


「――――実はあの時、ダフネ前皇后陛下は懐妊していました」


「・・・・!」

 耳を疑った。

「懐妊? 本当に?」

「ええ・・・・あの頃は陛下も、皇宮の決まりに従い、決められた日時に、ダフネ前皇后陛下の寝室を訪れていました。当時はルジェナの束縛が、厳しくなかったためだと思われます」

「でも、妊娠したなんて話、誰も知らない・・・・」

「侍医と侍女以外には、隠していたからです。・・・・ダフネ前皇后陛下は、お子が誰かに害されることを、ひどく恐れていました。それで、安全だと確信できるまでは、隠しておこうと、みなで話しあって決めました」

「・・・・・・・・」

「でもきっと――――侍女の中に、裏切者がいたんだと思います。それで、ヘレボルス側に、情報が漏れてしまった・・・・」

 ユリアさんは項垂れる。

「・・・・お子は流れてしまいました。皇后陛下は嘆き悲しみ、気の病から体調がさらに悪化してしまったんです。そして何も語らないまま、去ってしまいました。侍女まで殺されたのは、口封じのためなのでしょう。おそらく、前皇后陛下を診ていた侍医も、殺されていると思います」


「皇后陛下は口を閉ざしたまま、皇宮を去った。だから侍医や侍女の口を塞いでしまえば、皇后陛下の懐妊を知る者はいなくなる。――――つまりルジェナ達は、前皇后陛下の懐妊自体を、なかったことにしたんですね?」


 ユリアさんの目を見て問いかけると、彼女は深く頷いた。


「侍女達が皇宮を去るのを待ち、皇宮の外で殺したのは、中で殺すと目立つからでしょうか。皇宮を去った女性達の行く末が話題になることは、めったにありませんから」

「でしょうね。・・・・でもどうしてユリアさんだけ、見逃されたのかしら?」

「私は当時、家の事情で職を辞し、実家に戻っていました。でも、皇后陛下のことが気がかりで、仕事仲間から、皇后陛下の事情は聞いていたんです」

「あなたは、皇后陛下の懐妊を知らないと思われていたってことですね?」

 ユリアさんは頷く。


「私、私は・・・・この事実を知りながら、何年も何もできず・・・・」

 声に嗚咽が混じった。

「あなたのせいじゃありません、ユリアさん」

 私は彼女の手を、両手で包み込む。

「そんな非情な手段を使う一族に、一人では立ち向えませんん。あなたには、守るべき家族もいた。・・・・仕方がなかったことなんです」

「・・・・・・・・」

「打ち明けてくれて、感謝します」

「いえ・・・・私もようやく、肩の荷が下りた気がします」

 そんな大きな秘密を抱えて、生きていくのは苦しかっただろう。


 いつ、秘密がばれて、殺されるかわからない。そんな恐怖の中、ユリアさんは息を潜めて生きてきたのだ。


「皇宮にいるのは危険です。馬車を呼びますから、あなたは今すぐ、グレゴリウスの屋敷に向かってください。グレゴリウス卿が、あなたを保護してくれます。仕事を辞める理由は、こちらで考えておきます」

「ですが、私一人だけ逃げるなんて・・・・」

 ユリアさんはまた、俯いてしまった。


「違います。逃げるのではなく、戦うための準備です」


「戦う?」

 私は彼女の肩に手を置き、顔を覗き込んだ。

「証拠を集め、ダフネ前皇后陛下を謀殺した罪を、暴くんです。でもあなたが倒れてしまったら、証言する人がいなくなってしまう。皇后陛下を謀殺した罪も、闇に葬られてしまいます。だから今は、隠れていてほしいんです」

「罪を、暴く・・・・」

 ユリアさんの目が、輝いたのがわかった。


 ユリアさんもきっと、ダフネ前皇后陛下を陥れ、侍女達まで手にかけた人物に、裁きが下ることを望んでいたのだろう。


 ただ今まで、告発の機会がなかった。


「・・・・感謝します、ローナ様」

 お互いの手を握ったまま、私達は立ち上がった。

「告発の機会をいただいたこと、本当に感謝します」

「・・・・お礼を言うのは、私のほうです、ユリアさん」


 馬車はほどなくして、皇宮の門前に到着した。

 馬車に乗り込むユリアさんの後ろ姿を、私達は窓から見送った。


 馬車は出発し、門を出て、見えなくなってしまう。


「カタリナ。あなたに調べてもらいたいことがあるの」

 窓から馬車を見送りながら、私はカタリナに話しかけた。

「前皇后陛下の侍女の件ですね? すぐに調べてもらいます」


「そちらも重要だけど――――同時進行で、当時、ルジェナに仕えていた侍女達のその後のことも、調べてもらいたいのよ」


 カタリナが驚いている気配が伝わってきた。


「ローナとして皇宮に戻ってきた時、ルジェナに仕えている侍女が全員、昔と入れ代わっていることを不思議に思ったの」

「全員というのは不思議ですが、結婚が決まったり、実家でトラブルがあったりして、侍女が皇宮から出ること自体は、珍しいことじゃありません」

「ええ、私もそう思ったから、その時は深く考えなかったんだけど・・・・」

「今の話を聞いて、もしかしたらと思ったんですね?」


「ルジェナの当時の侍女も、ルジェナの指示で犯行の一部に加担したのかもしれない。皇后の妊娠を隠すためだけに、侍女達まで全員殺すような、冷酷な人達よ。自分の罪を知っている侍女を、生かすと思う?」


 カタリナは表情を引きしめた。


「すぐに調べます」

「お願い」

 カタリナも出ていき、一人になった部屋で、私は深い息を吐き出した。

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