復讐のための五つの方法

炭田おと

文字の大きさ
上 下
57 / 72

57_最後の作戦

しおりを挟む


「皇帝陛下! ローナ様!」


 ディデリクスの助けで、天幕が設置された場所まで戻ると、私達の姿に気づいた貴族達が、慌てて駆け寄ってきた。


「よかった、ご無事だったんですね!」

 カタリナも駆けつけてくれて、涙ぐみながら私の手を取る。

「ええ・・・・ディデリクスが助けに来てくれたの」


「陛下! 陛下!」

 駆けつけた近習が、馬上のカエキリウスに呼びかけたけれど、彼の意識は戻らない。


「いったい、何があったんですか!?」

 駆けつけた閣僚の一人が、詰問口調で私に訊ねてきた。


「刺客に襲われたんです」


 貴族達は息を呑み、ざわめきが強くなる。


「陛下は私を庇って、矢を受けました。致命傷ではありませんが、深い傷です。早く手当てを!」

 説明しながら、私は人垣の中に、ルジェナの姿を探していた。


 ――――ルジェナは最前列にいた。動揺を隠せないほど青ざめ、唇は震えている。


 私を殺すことが目的で、カエキリウスが巻き込まれることは想定外だったはずだ。だから彼女は、取り乱している。


「早く、侍医を呼んでください!」

「は、はい、ただいま!」

 私の声で、放心状態だった閣僚達が、慌てて天幕の中に引き返していった。


 狩猟大会では負傷者も出ることもあるので、侍医が同行している。侍医は今、天幕の中で待機しているはずだ。


 近習達が協力して、カエキリウスの身体を馬から下ろす。カエキリウスは彼らに抱えられて、天幕の中へ運び込まれた。


「ローナ様も、こちらへ」

「ええ・・・・」

 閣僚にうながされ、私も天幕の中に入ろうとした。

「お待ちください、その前に、お召し物を」

 カタリナが、私の上着を持ってきてくれた。

「ええ・・・・」

 私の上着は、森を駆け回っている間に、すっかり泥で汚れてしまっていた。


 汚れた上着をカタリナに渡し、代わりに、彼女が持ってきてくれた、綺麗な上着に袖を通す。


「ローナ様、その首の痣は――――」

 襟を直していると、カタリナが目を見張り、私の首を指差した。

「痣? 痣なんて・・・・」

 答えようとして、ハッとする。


(もしかして、カエキリウスに痣を付けられていたの?)

 朦朧としているカエキリウスに押し倒され、首に唇の感触を感じたことを思いだした。

 もしかしたらあの時に、痣を付けられていたのかもしれない。そう気づいて、動揺から、私は手でとっさに、その部分を隠していた。

 全身に、好奇の視線を注がれる。首に痣を残されているなんて、誤解されてもおかしくない。


 背後にディデリクスの気配を感じて、早く否定しなければと気持ちが焦った。


 ――――だけど、すぐに考え直す。


(・・・・いえ、これは利用しなくては)

 私達の間には何もなかったけれど、そのことは誰も知らない。カエキリウス本人ですら、熱にうなされていたから、よく覚えていないだろう。

 ヘレボルスを倒すには、あと一歩、何かが足りなかった。


 ――――でもこの誤解が、最後の一歩になるかもしれないのだ。


 私は手を下ろす。


 この距離で、遠巻きに私を見ている人達に、首の痣が見えているとは思えないけれど、それでも人々の好奇の視線が強くなったことを感じていた。


「ごめんなさい、カタリナ。今は説明している余裕はないの。日が暮れた後も、ずっと陛下の看病をしていたから」

「も、申し訳ありません! 馬車を用意しています。馬車まで、担架で・・・・」

「いいえ、自分の足で歩くわ」

 カタリナは私の横に立ち、私を支えてくれた。

 私達を取り囲む人々はざわめき、ひそひそと話をしている。

 そんな中、ルジェナだけがまっすぐ私を睨んでいた。怒りなのか恐怖なのか、華奢な肩を震わせている。


 背中に、ディデリクスの視線を感じたけれど、振り返らなかった。


 ――――今の私には、ディデリクスの目を見る勇気がなかったからだ。


 彼を見ないまま、私は人々に背中を向ける。


「・・・・あの、ローナ様」

 皇宮まで歩きながら、カタリナが話しかけてくる。

「今は何も聞かないで、カタリナ」

「はい・・・・」


「皇宮に戻ったら、あなたに広めてほしい噂があるの」


 薄く笑う私を、カタリナは不思議そうに見上げていた。






 カエキリウスは一命を取り留め、その後順調に回復した。


「ローナ様の、月のものが遅れているそうよ」


 ――――カタリナが流した噂は、火の勢いのように、あっという間に皇宮中に広まった。


「その話、誰から聞いたの?」

「洗濯物を受けとる時に、カタリナさんから聞いたのよ」

「もしかして、お子ができたとか!?」

「だとしたら、すごいことよね!」

 若い侍女達のはしゃぐ声が、庭を鳥籠のように賑やかにしていた。

 彼女達は、噂の中心人物である私が、そばを通りかかっていることにも気づかないほど、噂話に熱中していた。


 噂が広がる勢いは、想像以上だった。人々の興味が刺激されればされるほど、噂の伝達力は速くなるのだと、実感する。


 噂は当初は、カタリナが親しい侍女に打ち明けた、〝月のものが遅れている〟という内容だけだった。


 だけど広まるにつれて尾ひれがつき、さらに内容自体も、私とカエキリウスが一夜を過ごした、子を授かったという、もっと直接的なものに変化していった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

一体だれが悪いのか?それはわたしと言いました

LIN
恋愛
ある日、国民を苦しめて来たという悪女が処刑された。身分を笠に着て、好き勝手にしてきた第一王子の婚約者だった。理不尽に虐げられることもなくなり、ようやく平和が戻ったのだと、人々は喜んだ。 その後、第一王子は自分を支えてくれる優しい聖女と呼ばれる女性と結ばれ、国王になった。二人の優秀な側近に支えられて、三人の子供達にも恵まれ、幸せしか無いはずだった。 しかし、息子である第一王子が嘗ての悪女のように不正に金を使って豪遊していると報告を受けた国王は、王族からの追放を決めた。命を取らない事が温情だった。 追放されて何もかもを失った元第一王子は、王都から離れた。そして、その時の出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる… ※いきなり処刑から始まりますのでご注意ください。

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...