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56_気づきたくない気持ち
しおりを挟むそれからまた、私は眠っていたらしい。
二度目の目覚めで目を開けても、一度目の目覚めと同じく、あたりは暗いままだった。まだ、夜明けは遠い。
目覚めたものの、意識は微睡んでいる。もう一度眠ろうと、私は壁に頭を預けた。
――――でも、目が暗闇の中に赤い光を見つけ、意識が覚醒する。
(何・・・・?)
深い森の奥には、存在しないはずの色――――火の色だ。
「この辺りにいるはずだ! 捜せ!」
遠くから響いてきた刺客の怒鳴り声が、耳にこびり付く。
(――――追いつかれた)
まさか、まだ私達を追いかけていたなんて。
皇帝や皇后候補者が行方不明になったという報せは、すぐに閣僚達の耳に入ったはず。捜索ははじまっているだろう。
そんな状況で私達を追いかけ続けることは、彼らにとってもかなりリスクが高い行動だった。
だから彼らが、深追いは危険だと判断して、去ってくれることを願っていた。――――考えが甘かったようだ。
(どうしよう・・・・)
刺客達が掲げる松明の光が、暗闇を漂いながら近づいてくる。
光は五つ。疲弊した女と、負傷した男が、五人の刺客と戦えるはずがなかった。
――――私はともかく、カエキリウスを死なせるわけにはいかない。彼の死で、パンタシアを混乱させるわけにはいかないのだ。
(どうしたら・・・・! )
「おい、お前! そこの洞窟の中も調べておけ!」
「・・・・!」
松明の光の輪が、洞窟の入口に近づいてくる。その中で揺れる刺客の影も、巨大化していった。
血液が逆流しているような感覚に襲われた。心臓ははちきれそうなほど、大きな音を発している。
(誰か・・・・!)
心の中で叫んだ瞬間、風を切る音が聞こえた。
「がっ・・・・!」
続いて聞こえたのは呻き声で、同時に誰かが岩壁に寄りかかりながら、洞窟の中に入ってきた。
「・・・・!」
彼と目が合い、呼吸が止まる。
殺されると思った。
でも彼は、襲いかかってくるどころか、か細い息を吐いた後、ずるずると崩れ落ちていく。俯せにたおれた彼の手から、松明が離れていった。
――――彼の背中には、矢が突き刺さっていた。
「敵がいるぞ!」
刺客達は騒ぎ出し、外に見えていた松明の光が、遠ざかっていく。
外を覗くと、隠れる場所を探して、走っている刺客達の背中が見えた。
「ぐわっ・・・・!」
間に合わなかった刺客がまた一人、矢で倒れる。
――――残りは三人。
「松明を手放せ! それが目印になってるんだ!」
一人の声で、残りの刺客達が松明を手放す。
そうして彼らは、物陰に逃げ込んだらしい。姿が見えなくなってしまった。
私は近くに倒れている、刺客を見る。
彼はすでに亡くなっていて、まったく動かなかった。
刺客の背中に突き刺さっている矢の方向から見て、矢は、洞窟とは反対方向にある、木立から飛んできたのだろう。
(助けがきた?)
息を潜め、私は耳に意識を集中する。
(もしかして、ディデリクスなの?)
矢を放った人物が、味方なのか敵なのか、それすらもわかっていないのに、私はなぜか、駆けつけてくれたのがディデリクスだと期待していた。
(・・・・でも、どうして隠れてるの?)
私達を捜していて、刺客と出くわしたのなら、刺客を捕らえるために、攻撃を仕掛けてくるはずだった。
なのに矢を射た人物は、姿を現さない。
(もしかして、一人なのかしら?)
この速さで追いついたということは、単独で、ひたすら馬を走らせてきた可能性が高い。
刺客はまだ三人残っているから、もしディデリクスが一人だとしたら、かなり不利な状況だ。
だからディデリクスは状況を覆すべく、まずは弓矢で攻撃を仕掛けて、敵を一人でも倒そうとしているのだろう。
(どうにかして、ディデリクスを援護しないと・・・・)
私は目を凝らし、暗闇の中に刺客達の姿を探した。
(見つけた!)
隠れている刺客の一人を、発見した。
(ディデリクスに知らせないと!)
でも私にも、ディデリクスがどこに隠れているのか、わからない。
たとえわかったとしても、知らせる方法がない。ディデリクスよりも刺客たちのほうが私に近い位置にいるから、ディデリクスに声をかければ、刺客のほうが先に動いて、私は殺されてしまう。
(何かいい方法はない? なにか――――)
考えながら視線を動かすと、地面に落ちた松明が目に入った。
(そうだ、松明の光があれば、ディデリクスに刺客の位置を教えられる!)
暗く、距離があるのに、ディデリクスが矢で刺客を仕留められたのは、松明の光という、遠くからでも見える目印があったからだ。
――――松明の光を、刺客達に近づけることができたのなら。
私は松明の持ち手を握り、刺客達の様子を窺う。
彼らは今も、矢が飛んできた方向だけを睨み、背後にいる私には気づいていない。
(今なら・・・・!)
私は腕を振り上げ、刺客に向かって松明を投げた。
松明は円を描くように飛んでいき、刺客の足元に落ちる。
刺客が勢いよく振り返って、私と目が合った。
「女がいたぞ!」
――――彼は立ち上がり、直後、背中に矢を受けた。そして、倒れる。
「くそ!」
捨て鉢になったのか、残りの刺客達も立ち上がった。
「女を捕まえるんだ! 人質にしろ!」
二人が私に向かって、走ってくる。
「・・・・!」
その直後、藪を飛び越えて、一頭の馬が現れた。
――――馬の背に乗っているのは、ディデリクスだ。
向かってくる刺客達を、ディデリクスが追いかける。
蹄の音で、ディデリクスが背後に迫っていることを知り、刺客は振り返ろうとしていた。
――――その前に、馬上から閃光が振り下ろされる。
「・・・・っ!」
刺客は声を上げる間もなく、崩れ落ちた。
だが彼が倒れた時にはもう、ディデリクスを乗せた馬は彼の上を跳び越えていた。ディデリクスは背後を振り返らず、まっすぐ、私達を目指している。
最後の刺客は、もう私の目の前に迫っていた。
身体が動かずに、私は目をつむる。
――――顔に風がぶつかってきたけれど、その風は柔らかく、衝撃は感じなかった。
瞼を開けた時、私を捕まえようとしていた刺客は、すでに片膝をついていた。そして崩れ落ちるように、倒れてしまう。
いつの間にか私の隣には、馬に乗ったディデリクスがいた。
刺客が私を捕まえようとした直前、ディデリクスが追いつき、刺客を斬ったようだ。
――――もう、敵はいない。緊張から解放されると、膝から力が抜けた。
「ディデリクス・・・・」
私はまっすぐ立てずに、馬から飛び下りたディデリクスに、縋るように手を伸ばした。
「ありが――――」
ディデリクスに手をつかまれ、引き寄せられる。
「無事でよかった・・・・」
強く、抱きしめられた。背中にまわされた腕に力がこもって、痛みを覚えるほどだった。
――――手を、振り払うべきだったのかもしれない。
でも、その強さにディデリクスの想いを感じて、できなかった。
それどころか、彼の体温に安堵感を感じている。何も感じなくなったと思っていた心が動いて、感情が心の器から溢れ出た。
でも、同時に恐怖も覚えていた。――――今、この状況で、自分の中にある感情に気づくことが恐ろしかった。
私は、自分自身の感情から、目を背ける。だからディデリクスの震える身体を、抱き返すことができなかった。
しばらく私を抱きしめてから、ディデリクスは私を放してくれた。
ディデリクスの視線が、下がっていく。
「この痣は――――」
ディデリクスは眉を潜め、私の首に触れる。
そこでようやく、自分がシュミーズ姿だったことを思いだした。一応上着を着ているものの、襟が開いているから、シュミーズの胸元を隠せていない。
慌てて、襟を掻き合わせた。
「・・・・怪我はないか?」
顔を背けて、ディデリクスは聞いてきた。
「私は大丈夫。・・・・だけど、カエキリウスが私を庇って、負傷した」
ディデリクスはカエキリウスに近づき、血の色に染まった彼の肩を見て、表情を険しくする。
「馬に乗せる。手伝ってくれ」
「ええ」
二人で協力して、意識がないカエキリウスを立たせ、彼の身体を馬の背に乗せた。
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