復讐のための五つの方法

炭田おと

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 それから数日間、ケルススは毎日同じ場所で、同じ演説をした。


 ケルススの演説内容は変わらないのに、聴衆ちょうしゅうは日に日に増えていく。


 おかげで狙い通り、ニベアでは、ヘレボルスと商人ギルドの腐敗についての議論が過熱した。


「効果はばっちりだな」

 すべてが順調に進み、ベルナルドゥスも喜んでいる。

 ――――だがその日、ケルススの演説に寄り集まってきたのは、聴衆ちょうしゅうだけではなかった。

「・・・・ベルナルドゥス」


 人々を突き飛ばしながら、演説するケルススに近づいていく怪しい男達を見つけ、俺はベルナルドゥスに声をかけた。


「ああ、ようやくお出ましか」

 ベルナルドゥスはこの展開すら、楽しんでいるようだ。この男ならどんな危機的状況でも、楽しみに変えてしまうのだろうと、ある意味感心する。


「あの男は、ヘレボルスの飼い犬として知られている、自警団のヘンドリクスだな」


 ニベアでは住民の投票によって結成された自警団があり、彼らに町の治安維持が任されている。


 だが自主的に結成されたからといって、いい組織とは限らない。

 町をよくしたいという正義感からではなく、自警団として力を持つことを目的に、団員になりたがるごろつきがいる。そういった人間が自警団の団員になると、事件が解決するどころか、冤罪事件が増えてしまう。


 そんな団員の中でも、ヘンドリクスの悪名はひときわ高い。


 彼はヘレボルスから報酬を得ているという噂で、もっぱら、ヘレボルスの悪事を隠蔽する役割を担っているようだった。


「今、ニベアの住人の間で、ケルススの演説が話題になっている。当然、ダヴィドの耳にも入っているだろう」

 ダヴィドが、ヘレボルス家の名誉を傷つけるような演説を、放置するはずがない。

 いつか仕掛けてくるかもしれないと、ケルススを見張っていたが、ようやく俺達の出番が訪れたようだ。

「行くぞ」

「ああ」


「どけ!」

 俺達が動き出したタイミングで、ヘンドリクスの手下達は、最前列で話を聞いていた女性を突き飛ばし、ケルススの前に立った。


「な、なんだ、お前達は・・・・」

 怯え、後退るケルススを、ヘンドリクス達は取り囲む。

 聴衆ちょうしゅうは巻き込まれたくないと思ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。通りにはケルススとヘンドリクスと部下達、成り行きを見たいという好奇心に負けた野次馬だけが残される。


「――――お前、誰の許可を得て、ここで演説してるんだ?」

 ヘンドリクスは開口一番にそう言った。


「許可だって?」

「そう、許可だ」

「許可なんて、どうして必要なんだ? ここは公道だぞ? 誰でも好きなことを喋る権利がある! 演説しちゃいけないなんて、そんな法律はないはずだ!」

「・・・・わかってねえなあ」

 ヘンドリクスは小指で、自分の耳の穴をほじくった。

「法律で決まってなくても、暗黙のルールってやつがあるんだよ。ここは俺達の縄張りだ。勝手に演説されちゃ困る」

 ヘンドリクスの表情から発せられる怒気と威圧感に負けて、ケルススはいったん口を噤んだ。

「・・・・わかった。別の場所でやるよ」


「待て」


 横を擦り抜けようとするケルススを、ヘンドリクスが引き留める。


「お前には、あらぬ風評を立てた嫌疑がかかっている。自警団の詰め所に来てもらおうか」

「う、嘘じゃない! 俺が語ったのは、全部真実だ!」

「へえ? それが真実だって、誰が証明できる?」

 ヘンドリクスは、ケルススの言葉を嘲笑う。

「そ、それは――――商人ギルドの帳簿を調べてくれよ! それか、クビを切られた連中に聞いてくれればいい! みな、俺と同じことを言うはずだ!」

「今、この場で証明できなきゃ、お前の話は嘘だ。俺達に手間をかけさせるんじゃねえよ」

 ケルススが何を言っても、無駄だろう。ヘンドリクスははじめから、彼の話を聞くつもりがない。

 ヘンドリクス達にじわじわとにじり寄られ、ケルススは青ざめる。

「ど、どうしてこんなことを・・・・」

「自警団としての仕事をやっているだけさ」

「り、理不尽じゃないか! 俺達がどれだけ商人ギルドの腐敗を訴えても、お前らは聞いてさえくれなかった! なのに商人ギルドに反する動きをした時だけ、こうして出張ってくるのか!?」

「ごちゃごちゃうるせえなあ」

 ヘンドリクスの眉間に深い縦皺が刻まれ、声は低くなる。

「くだらねえこと言ってないで、大人しくついてこい。殴られたいなら、話は別だがな」

「だ、だが――――」

「殴られたいようだな!」

 ヘンドリクスは拳を振り上げた。


「ちょっと邪魔するよ」


 ――――だがベルナルドゥスに手首をつかまれたことで、ヘンドリクスの動きは止まる。


 突然の乱入者に驚いて、ヘンドリクスの部下達も固まっていた。


「来い」

 その隙に俺はケルススの背中を押して、彼を路地の中に押し込んだ。


「逃げるぞ。ついてくるんだ」

「え? え?」

「おい、あの野郎がいないぞ!」

 ヘンドリクス達はすぐに、ケルススが消えていることに気づいた。


 だがその時にはもう、俺達は角を曲がり、ヘンドリクス達の目が届かない場所まで逃げていた。


 そのまま、建物の隙間のような暗い路地を、一気に駆けぬける。


 路地を走り続け、いくつかの角を曲がったところで、別の道を通ってきたベルナルドゥスと合流した。


「さっきのヘンドリクスの間抜け面を見たか?」

 走りながら、ベルナルドゥスは笑う。

「あの変顔を見ただけで、疲れが吹き飛んだ」

「おい、任務中だぞ。軽口は後にしろ」

「へいへい」

「約束が違うじゃないか!」

 ケルススが俺達の会話に割り込んできた。

「俺が商人ギルドの闇を暴露したら、報酬を払うし、身の安全も保障してくれるって、あんたらは約束してくれたじゃないか!」

「だからこうして、守ってるだろう?」

「護衛は二人だけなのか? 他に人はいないのか!?」

「少し声を落とせ。その調子で叫び続けるのは、自分から居場所を敵に教えるようなものだぞ」

 少し冷静になったのか、ケルススはいったん、口をつぐんだ。

「・・・・ま、守ってくれるんだよな?」

「もちろんだ。契約は守る」

「でも、あんた達だけで、どうやって俺を守るんだ! 向こうは、倍はいたぞ!」


「見つけた!」


 話の途中で、進路にある三差路の角から、ヘンドリクスと奴の手下達が飛び出してきた。


「さすがだな。このあたりの地理を知り尽くしている」

 一応、自警団を務めているだけあって、ヘンドリクス達は地図にも載っていないような裏通りまで、よく知っているようだ。俺達の進路を予測して、待ち伏せすることなど造作もないことだったのだろう。

「捕まえろ!」

 路地は狭く、ヘンドリクス達の横を通り抜けるには、スペースが足りない。

「あわわ・・・・」

 ケルススはパニックになって、同じ場所を行ったり来たりしていた。

「ベルナルドゥス!」

「わかってる!」


 ベルナルドゥスが走りながら、民家の裏手に置いてあった樽を、片手で持ち上げる。

 そしてその樽を、大きく振り被った。


「あっ」


 ヘンドリクス達の目が丸くなった時にはもう、樽はボールのように、高々と空を舞っていた。回転しながら風を巻き取り、ヘンドリクス達の頭上に落ちていく。


 彼らに、避ける時間はなかった。


「うわあああ!」


 樽とぶつかった衝撃で、ヘンドリクスの部下の何人かが、弾き飛ばされていった。樽は粉々に砕け散り、中に入っていた水が撒き散らされ、倒れた男達の背中に降り注ぐ。


 ――――あいかわらずの馬鹿力だと、俺は感心した。ベルナルドゥスの怪力がなければ、水が入った樽を片手で持ち上げることすら、できないだろう。


「今のうちに、行け」

 俺はケルススの背中を押す。自分を取り戻したケルススは、慌ててベルナルドゥスが作った隙間を駆けぬけていった。

「待ちやがれ!」

 それでもヘンドリクス達は追いかけてこようとする。

 俺やベルナルドゥスはともかく、ケルススはあまり足が速くない。

 追いつかれたら厄介だと思い、俺は身を翻して、ヘンドリクス達の前に立ち塞がった。

「あ、おい!」

「ケルススを連れていけ。少し時間稼ぎをする」

 短い言葉で、ベルナルドゥスには十分伝わったようだった。

「い、いいのか?」

「あいつに任せれば、大丈夫だ」


 ベルナルドゥス達の足音は遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。


「・・・・てめえら」

 俺の前に、怒りで肩を震わせるヘンドリクスが立ち塞がる。

「うぅ・・・・」

 そのヘンドリクスの後ろに、部下達がよろめきながら並んだ。

「仲間を逃がすために囮になったのか? 殊勝なことだな」

「・・・・・・・・」

「・・・・落とし前はつけてもらうぞ」

「雑魚の常套句だな」

 俺が怯えるとでも思っていたのだろうか。言い返すと、ヘンドリクスは面食らったような反応を見せる。

「・・・・この人数相手に、勝てると思ってるのか?」

 意味のない会話をすることを面倒に思い、俺は無言で剣を抜いた。

「・・・・ああ、そうかよ」

 苛立ちながら、ヘンドリクス達も剣を抜く。

「楽に死ねると思うなよ。――――俺達を小馬鹿にしたことを死ぬほど後悔させてやる」


 俺は冷笑だけを返した。


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