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22_口封じ
しおりを挟むそれから数日間、ケルススは毎日同じ場所で、同じ演説をした。
ケルススの演説内容は変わらないのに、聴衆は日に日に増えていく。
おかげで狙い通り、ニベアでは、ヘレボルスと商人ギルドの腐敗についての議論が過熱した。
「効果はばっちりだな」
すべてが順調に進み、ベルナルドゥスも喜んでいる。
――――だがその日、ケルススの演説に寄り集まってきたのは、聴衆だけではなかった。
「・・・・ベルナルドゥス」
人々を突き飛ばしながら、演説するケルススに近づいていく怪しい男達を見つけ、俺はベルナルドゥスに声をかけた。
「ああ、ようやくお出ましか」
ベルナルドゥスはこの展開すら、楽しんでいるようだ。この男ならどんな危機的状況でも、楽しみに変えてしまうのだろうと、ある意味感心する。
「あの男は、ヘレボルスの飼い犬として知られている、自警団のヘンドリクスだな」
ニベアでは住民の投票によって結成された自警団があり、彼らに町の治安維持が任されている。
だが自主的に結成されたからといって、いい組織とは限らない。
町をよくしたいという正義感からではなく、自警団として力を持つことを目的に、団員になりたがるごろつきがいる。そういった人間が自警団の団員になると、事件が解決するどころか、冤罪事件が増えてしまう。
そんな団員の中でも、ヘンドリクスの悪名はひときわ高い。
彼はヘレボルスから報酬を得ているという噂で、もっぱら、ヘレボルスの悪事を隠蔽する役割を担っているようだった。
「今、ニベアの住人の間で、ケルススの演説が話題になっている。当然、ダヴィドの耳にも入っているだろう」
ダヴィドが、ヘレボルス家の名誉を傷つけるような演説を、放置するはずがない。
いつか仕掛けてくるかもしれないと、ケルススを見張っていたが、ようやく俺達の出番が訪れたようだ。
「行くぞ」
「ああ」
「どけ!」
俺達が動き出したタイミングで、ヘンドリクスの手下達は、最前列で話を聞いていた女性を突き飛ばし、ケルススの前に立った。
「な、なんだ、お前達は・・・・」
怯え、後退るケルススを、ヘンドリクス達は取り囲む。
聴衆は巻き込まれたくないと思ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。通りにはケルススとヘンドリクスと部下達、成り行きを見たいという好奇心に負けた野次馬だけが残される。
「――――お前、誰の許可を得て、ここで演説してるんだ?」
ヘンドリクスは開口一番にそう言った。
「許可だって?」
「そう、許可だ」
「許可なんて、どうして必要なんだ? ここは公道だぞ? 誰でも好きなことを喋る権利がある! 演説しちゃいけないなんて、そんな法律はないはずだ!」
「・・・・わかってねえなあ」
ヘンドリクスは小指で、自分の耳の穴をほじくった。
「法律で決まってなくても、暗黙のルールってやつがあるんだよ。ここは俺達の縄張りだ。勝手に演説されちゃ困る」
ヘンドリクスの表情から発せられる怒気と威圧感に負けて、ケルススはいったん口を噤んだ。
「・・・・わかった。別の場所でやるよ」
「待て」
横を擦り抜けようとするケルススを、ヘンドリクスが引き留める。
「お前には、あらぬ風評を立てた嫌疑がかかっている。自警団の詰め所に来てもらおうか」
「う、嘘じゃない! 俺が語ったのは、全部真実だ!」
「へえ? それが真実だって、誰が証明できる?」
ヘンドリクスは、ケルススの言葉を嘲笑う。
「そ、それは――――商人ギルドの帳簿を調べてくれよ! それか、クビを切られた連中に聞いてくれればいい! みな、俺と同じことを言うはずだ!」
「今、この場で証明できなきゃ、お前の話は嘘だ。俺達に手間をかけさせるんじゃねえよ」
ケルススが何を言っても、無駄だろう。ヘンドリクスははじめから、彼の話を聞くつもりがない。
ヘンドリクス達にじわじわとにじり寄られ、ケルススは青ざめる。
「ど、どうしてこんなことを・・・・」
「自警団としての仕事をやっているだけさ」
「り、理不尽じゃないか! 俺達がどれだけ商人ギルドの腐敗を訴えても、お前らは聞いてさえくれなかった! なのに商人ギルドに反する動きをした時だけ、こうして出張ってくるのか!?」
「ごちゃごちゃうるせえなあ」
ヘンドリクスの眉間に深い縦皺が刻まれ、声は低くなる。
「くだらねえこと言ってないで、大人しくついてこい。殴られたいなら、話は別だがな」
「だ、だが――――」
「殴られたいようだな!」
ヘンドリクスは拳を振り上げた。
「ちょっと邪魔するよ」
――――だがベルナルドゥスに手首をつかまれたことで、ヘンドリクスの動きは止まる。
突然の乱入者に驚いて、ヘンドリクスの部下達も固まっていた。
「来い」
その隙に俺はケルススの背中を押して、彼を路地の中に押し込んだ。
「逃げるぞ。ついてくるんだ」
「え? え?」
「おい、あの野郎がいないぞ!」
ヘンドリクス達はすぐに、ケルススが消えていることに気づいた。
だがその時にはもう、俺達は角を曲がり、ヘンドリクス達の目が届かない場所まで逃げていた。
そのまま、建物の隙間のような暗い路地を、一気に駆けぬける。
路地を走り続け、いくつかの角を曲がったところで、別の道を通ってきたベルナルドゥスと合流した。
「さっきのヘンドリクスの間抜け面を見たか?」
走りながら、ベルナルドゥスは笑う。
「あの変顔を見ただけで、疲れが吹き飛んだ」
「おい、任務中だぞ。軽口は後にしろ」
「へいへい」
「約束が違うじゃないか!」
ケルススが俺達の会話に割り込んできた。
「俺が商人ギルドの闇を暴露したら、報酬を払うし、身の安全も保障してくれるって、あんたらは約束してくれたじゃないか!」
「だからこうして、守ってるだろう?」
「護衛は二人だけなのか? 他に人はいないのか!?」
「少し声を落とせ。その調子で叫び続けるのは、自分から居場所を敵に教えるようなものだぞ」
少し冷静になったのか、ケルススはいったん、口をつぐんだ。
「・・・・ま、守ってくれるんだよな?」
「もちろんだ。契約は守る」
「でも、あんた達だけで、どうやって俺を守るんだ! 向こうは、倍はいたぞ!」
「見つけた!」
話の途中で、進路にある三差路の角から、ヘンドリクスと奴の手下達が飛び出してきた。
「さすがだな。このあたりの地理を知り尽くしている」
一応、自警団を務めているだけあって、ヘンドリクス達は地図にも載っていないような裏通りまで、よく知っているようだ。俺達の進路を予測して、待ち伏せすることなど造作もないことだったのだろう。
「捕まえろ!」
路地は狭く、ヘンドリクス達の横を通り抜けるには、スペースが足りない。
「あわわ・・・・」
ケルススはパニックになって、同じ場所を行ったり来たりしていた。
「ベルナルドゥス!」
「わかってる!」
ベルナルドゥスが走りながら、民家の裏手に置いてあった樽を、片手で持ち上げる。
そしてその樽を、大きく振り被った。
「あっ」
ヘンドリクス達の目が丸くなった時にはもう、樽はボールのように、高々と空を舞っていた。回転しながら風を巻き取り、ヘンドリクス達の頭上に落ちていく。
彼らに、避ける時間はなかった。
「うわあああ!」
樽とぶつかった衝撃で、ヘンドリクスの部下の何人かが、弾き飛ばされていった。樽は粉々に砕け散り、中に入っていた水が撒き散らされ、倒れた男達の背中に降り注ぐ。
――――あいかわらずの馬鹿力だと、俺は感心した。ベルナルドゥスの怪力がなければ、水が入った樽を片手で持ち上げることすら、できないだろう。
「今のうちに、行け」
俺はケルススの背中を押す。自分を取り戻したケルススは、慌ててベルナルドゥスが作った隙間を駆けぬけていった。
「待ちやがれ!」
それでもヘンドリクス達は追いかけてこようとする。
俺やベルナルドゥスはともかく、ケルススはあまり足が速くない。
追いつかれたら厄介だと思い、俺は身を翻して、ヘンドリクス達の前に立ち塞がった。
「あ、おい!」
「ケルススを連れていけ。少し時間稼ぎをする」
短い言葉で、ベルナルドゥスには十分伝わったようだった。
「い、いいのか?」
「あいつに任せれば、大丈夫だ」
ベルナルドゥス達の足音は遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。
「・・・・てめえら」
俺の前に、怒りで肩を震わせるヘンドリクスが立ち塞がる。
「うぅ・・・・」
そのヘンドリクスの後ろに、部下達がよろめきながら並んだ。
「仲間を逃がすために囮になったのか? 殊勝なことだな」
「・・・・・・・・」
「・・・・落とし前はつけてもらうぞ」
「雑魚の常套句だな」
俺が怯えるとでも思っていたのだろうか。言い返すと、ヘンドリクスは面食らったような反応を見せる。
「・・・・この人数相手に、勝てると思ってるのか?」
意味のない会話をすることを面倒に思い、俺は無言で剣を抜いた。
「・・・・ああ、そうかよ」
苛立ちながら、ヘンドリクス達も剣を抜く。
「楽に死ねると思うなよ。――――俺達を小馬鹿にしたことを死ぬほど後悔させてやる」
俺は冷笑だけを返した。
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