魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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116_宣戦布告

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「・・・・ところで、今回のことでルーナティア様にお話しておきたいことがあります」


 エンリケの声のトーンが、がらりと変わった。その声から怒りのようなものを感じ取り、私は戸惑う。


「話って・・・・何かしら?」


「襲撃された時の、ルーナティア様の行動について、言っておきたいことがあります」


 あの時のことでエンリケが怒ってるんだと悟り、冷や汗が背中を伝う。


「・・・・もしかして、怒ってる?」

「ええ、怒ってます」


 言葉とは裏腹に、エンリケはにこりと笑った。だけど怒りの表情よりも、その笑顔が怖い。


「・・・・そ、そうよね。陛下の側にいるように言われたのに、一人で行動して、あなたまで危険に晒してしまった。・・・・本当にごめんなさい」

「違います。そのことで怒ってるんじゃない」


 エンリケに遮られる。


「あなたが俺を庇ったことに、怒ってるんです」


「え?」


「どうしてあんな無茶を? ・・・・生きた心地がしませんでした」


 責める響きを感じて、私はエンリケの目を見るのが、ますます怖くなった。


「二度と、あんなことはしないでください」

「し、自然と身体が動いたの。深く考えて、動いたわけじゃないわ」


 そこまで言って、私はエンリケも、ムスクルスとの戦いで負傷していたことを思い出した。


「あなたの傷は大丈夫なの?」

「俺ですか? 俺はあなたよりも軽症でしたし、慣れてますから」

「慣れてるからって、傷の治りが早くなるわけじゃないでしょ? どこを怪我したの? 私に見せて」

「えっ」


 今度は私が席を立ち、エンリケに近づいた。


 エンリケは戸惑いながら、襟を開いて、肩口を見せてくれた。肩は、白い包帯で覆われている。


「触ってもいい?」

「もちろん、大歓迎です。どこでも好きなだけ触ってください」

「・・・・・・・・」

「あ、すみません、冗談です」


 包帯を持ち上げて、傷口を見る。


 エンリケの肩には、撫で切られた傷痕が残っていた。治癒師の治療でもう完全に塞がっているけれど、傷痕を消すことはできなかったらしい。その傷痕が、痛々しかった。


「どこが軽傷なのよ。これが軽傷なら、私の傷だって軽傷に入るわ」


 エンリケは軽症だと言ってのけたけれど、とてもそうは見えない。私の傷は深かったかもしれないけれど、見た目は小さかった。エンリケの傷口は、広くて、肩全体に及んでいる。


「ルーナティア様の傷は深かったですが、俺のは傷口が大きく見えるだけで、浅かったです。だから軽傷ですよ」

「どちらも重症でいいじゃない。競うことじゃないわ」

「別に競ってるわけでは・・・・」

「こんな傷を負ったのに、変わらずに仕事を続けてたの? あなたこそ休むべきでしょ?」


 ムスクルスとの戦いで、エンリケが負った傷は、肩の傷だけじゃないはず。なのにその後も普通に騎士団長としての仕事を続けていたなんて、私のことを気遣うより前に、自分自身の健康を気にすべきだ。


「もう少し、自分の身体を気遣うべきよ、エンリケ――――」


 顔を上げ、エンリケと目が合う。


 傷口をもっとよく見ようとするあまり、顔が近づきすぎてしまっていた。


 驚いて、反射的に身を引く。


 でもなぜか、エンリケは私の背中に腕を回して、むしろ自分のほうへ引き寄せた。私は身動きが取れなくなり、エンリケの目を見つめるしかなかった。



 しばらくの間、私達は言葉もなく、とても近い距離で見つめ合っていた。耳が痛くなるような静けさだったけれど、体の奥は割金のような鼓動の音に埋め尽くされていて、胸が苦しい。



「・・・・ど、どうしたの、エンリケ。何だか今日は、少しおかしくない?」


 エンリケは女たらし、軽薄と言われながらも、恋人関係でもない女性とは適切な距離を保ち、気軽に触れたりしなかった。もちろん私にも、触れなければ安全を守れない場合を除いて、距離を保ってきた。



 ――――でも、今は違う。かなり踏み込んできている。



「・・・・確かに今日は、少し自制できなくなってるのかもしれません」


 そう言ってエンリケは、腕を開き、私を解放してくれた。私はまだ鳴り響いている鼓動を抱えたまま、自分の席に戻る。


「・・・・いいことがあったので、どうも調子に乗りすぎてしまったようですね」


 その言葉に、私は首を傾げる。


「いいこと? ・・・・ここ最近は、災難続きだったじゃない」

「確かに災難続きで、本当に疲れましたが、一つだけいいことがありました」

「それは何?」


 気になって、私は身を乗り出す。



 エンリケは、にこりと笑った。


「カトレアの首飾りです」


「え?」


「――――あなたが、俺が渡したカトレアの首飾りを持っていてくれたことには、感動しました」


「・・・・!」


 反射的に私は、ドレスの胸元に手を当てていた。指先に、ドレスの下に身に付けているカトレアの首飾りの感触が残る。


 胸元に視線を落としてから、エンリケに目を戻す。


 エンリケはすべてを見透かしたような顔で、笑っていた。その笑顔で、首飾りに触れるべきじゃなかったと気づいたけれど、もう遅い。



「な、何の話なの?」

「さあ? 何の話でしょう?」


 私がとぼけると、エンリケもとぼけ返してきた。からかわれているように感じて、ムッとする。


「・・・・デザインが気に入っていたから、身に付けていただけよ」

「だとしたら、ちゃんと見える場所につけておかなければ、アクセサリとしては意味がありませんよ」

「・・・・・・・・」


 論破されて、黙るしかなかった。


 どんな言い訳も無意味だと、思い知った。カトレアの首飾りをしているところを見られた時点で、エンリケには気持ちを見抜かれてしまっている。


「・・・・エンリケ。きっと面倒なことになるのよ」


 誤魔化しても駄目なら、真正面からぶつかるしかないと思い、覚悟を決めて、私はそう切り出した。


「私達は一時期、義姉と義弟という関係だった。それに私は元王妃で、騎士団長と関わることは許されな――――」

「関係ありません」

「で、でも――――」


「ルーナティア様」


 私の声を遮って、エンリケはもう一度、私の目を覗き込んだ。


「たとえどんな障害があったとしても、乗り越える方法を考えます。・・・・互いに、通じ合う気持ちがあると確信が持てるのなら」


「・・・・・・・・」


「だから、あなたの本当の気持ちを教えてください。今、この瞬間だけは、政治も立場も家のことも、すべて忘れてほしいんです」


 エンリケは言葉を切って、私に目で、答えを求めてくる。


 ――――嘘を言うべきだった。たとえエンリケを傷つけることになっても、あなたには何の感情もないと、言うべきだった。



「・・・・・・・・」


 ――――だけど、声が出なかった。エンリケの真剣な目を見ていると、言葉が、嘘が出てこなかった。



 ただ、本音を伝える勇気もなかった。視線を交わすこともできなくなって、私は沈黙だけを返す。


「・・・・わかりました」


 なのにエンリケはしばらくすると、そう言った。


「わ、私は何も言ってないわよ!」

「何もないのなら、あなたは素直にそう言ったはずです。俺の勘違いだと、否定するのは簡単だ。実際勘違いなら、否定しない理由はない。・・・・でも、あなたは何も言わなかった。素直な気持ちを伝えれば面倒なことになると、わかっていたからだ」

「・・・・・・・・!」

「俺の推測、間違ってますか?」


 反論や、否定をしようとした。でもまた、何も言えなかった。私は金魚のように、口をぱくぱくさせてしまう。


 ――――エンリケは爽やかな笑顔で、私が混乱する様子を見つめている。間違っているかという問いかけに、私が反論できないことも、最初からお見通しだったようだ。手の平で踊らされているようで、怒りを覚える。


 しばらくするとエンリケは、手で口元を隠した。


「・・・・な、何?」

「いえ・・・・ルーナティア様は、本当に素直な方だなと思って」

「・・・・・・・・」


 どうやら感情がすべて、顔に出てしまっていたようだ。エンリケは私の百面相がおかしくて、必死に笑いを堪えているらしい。


「・・・・悪かったわね。気持ちが顔に出るタイプで」

「そういうところも好きなんです」


 私は、また真っ赤な顔をした金魚になってしまう。


「・・・・私はあなたのそういうところ、苦手よ」


 そんなことしか言えなかった。エンリケは苦笑する。


「素直だとは思ってもらえませんか?」

「からかわれているように感じるわ」

「俺は真剣です。・・・・信じてもらえないかもしれませんが」


 エンリケは笑顔を消して、真っ直ぐ私を見る。そんな顔をされるだけで、怒りよりも動揺のほうが上回ってしまうことが腹立たしい。



 そしてまた、沈黙が流れる。



「・・・・無理強いはしたくありません」


 何て言えばいいのか考えあぐねていると、エンリケが沈黙を破る。


「あなたが、納得できる方法を捜します。だから、待っていてください」


 溢れてきた感情に、喉を塞がれた。


 エンリケが立ち上がり、近づいてくる。そして私の前に立つと、ソファのひじ掛けに手を置いて、顔を覗き込むような仕草をした。私の呼吸は止まる。


「な、何を・・・・!」


 エンリケの顔が近づく。私は動揺して、目を閉じることしかできなかった。



 ――――唇じゃなく、額に何かが当たる感覚があった。



 驚いて、瞼を開ける。エンリケははにかみ、私の髪を一総持ち上げて、髪に口付ける。



「これ以上動揺させたくはないので、今日はもう帰りますね」


 エンリケは笑って、私に背を向けた。


「・・・・ど、どうするつもりなの?」


 その背中に、問いかけずにはいられなかった。


 エンリケは振り返り、微笑する。


「あなたの気持ちがわかったので、諦めるつもりはありません」

「・・・・・・・・」

「安心してください。さっきも言ったように、ルーナティア様が嫌がることはしたくない。納得してもらえる方法を捜します」


 私は何も言えなかった。



「――――だから、覚悟していてください」



 宣戦布告するように、不敵に笑いながら、エンリケはそう言った。そして、部屋から出ていく。


 一人になった私はしばらくは放心状態で、呆然と、エンリケが閉じた扉を見つめることしかできなかった。







最後まで読んでくれてありがとうございました!

小説という形での発表は、この作品が最後になると思います。

今までありがうございました。

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