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113_因果応報_後編
しおりを挟む大通りには、大勢の人が集っていた。
群衆の中に飛び込み、彼らが生み出す熱気に混ざってようやく、俺は安心することができた。このまま、城まで駆け戻ろう。そう思っていた。
――――だが奇妙なことに、人々は俺に奇異の眼差しを向けていた。
無遠慮な視線を浴びることに、俺は次第に嫌悪感を感じはじめる。
「なんだ! 何を見ている!?」
ついに耐えきれなくなった俺は、通りの真ん中に仁王立ちして、無遠慮に見つめてくる群衆を怒鳴りつけた。
すると彼らは、目を丸くして、顔を見合わせる。
「何を見てるって・・・・」
「人のことをじろじろ見るのは失礼だと、親に教わらなかったのか!?」
「いや、だってさ」
一人の男が、へらへら笑いながら答えた。
「――――誰だって、街中を全裸で走っていく男を見たら、思わず見ちまうだろ?」
「全裸・・・・?」
俺は呆然としながら、自分の身体を見下ろす。
――――確かに俺は、全裸だった。布一枚、身に付けていない。
「な、なぜ・・・・!?」
動揺から、俺は固まってしまう。
そして、魔物の爪に礼服を切り裂かれたことを思い出す。
上着の一部分を切り裂かれただけだと思っていたが、実際は礼服の背面を上から下まで切り裂かれていた。さらに引っ張られたことで、礼服はすべて、剥ぎ取られていたのだ。
逃げることに必死で、俺は自分が全裸であることにすら、気づかなかった。
「あんた、その姿で注目されたくないなんて、そりゃ無理な話だよ。むしろ露出狂だろ?」
「露出狂だと!? ふざけるな!」
今さら恥ずかしさが込み上げてきて、俺は手で股間を隠した。
すると人々は爆笑し、中には腹を抱えて笑い転げる者もいた。
「こ、この・・・・!」
羞恥心で、頭に血が集まる。きっと今の俺の顔は、茹でたこのような色になっているだろう。
(これが国王にたいする態度か?)
群衆の態度に、腸が煮えくり返ったものの、すぐに気づく。
(もしかして、俺が国王だと気づいてないのか?)
おそらく彼らは、隙なく整えた国王エセキアス・カルデロンしか知らないのだろう。
今、俺の髪型は乱れ、顔も泥や土で汚れている。だから彼らは、国王と俺が同一人物だと気づいていないのだ。
それに公的な行事には出ていたものの、警護の観点から、何よりも汚い手で触られることが嫌だったため、国民一人一人と近い距離で話すことはなかったし、握手も避けてきた。だから多分、彼らは俺の顔をよく知らない。
「お、おい、そこのお前!」
俺は群衆を見まわし、俺と似た体格の若者を見つけ、指差した。
「・・・・え? 俺?」
若者は驚いた顔で、自分を指差す。
「今すぐ、着ている服をよこせ!」
「はい?」
「いいから、よこせ!」
火急の事態だというのに、若者は悠長に友達と顔を見合わせるばかりで、一向に服を脱ごうとしない。
「何をしている!? さっさと服を脱げ!」
「い、いやさ、あんたに服を貸してあげたいのは山々だけど、服を脱いだら、俺が全裸になるじゃないか」
「それでも脱げと言っている!」
国王の命令だというのに、やはり彼は従おうとせず、それどころか俺を睨んできた。
「なんで俺が他人のために、公道で全裸にならなきゃならないんだよ。だいたい、何なんだ、あんたのその偉そうな態度は。それが人に物を頼む態度か?」
「この・・・・!」
「服がないなら、買えばいいだろ! どうせ金も持ってないんだろうがな」
「くっ・・・・!」
確かに、金は持っていない。財布は礼服ごと、魔物達に奪われてしまった。
「ああ、もういいよ、あんた達。ほら!」
沿道に露店を出している女が間に入ってきて、俺に向かって何かを投げた。
「あんた、それを着な! そしてさっさと、家に帰るんだよ!」
どうやら、服屋の売り子のようだ。店先に置いている売り物を、投げたのだろう。
ようやくこれで、服を着ることができる。――――安堵したのも束の間、服を広げて、また俺は開いた口が塞がらなくなった。
女が投げたのは、女性ものの服だったのだ。ミニスカートの花柄が、目に焼きつく。
「なんだ、これは! 女物じゃないか!」
俺が服を投げ返すと、女性は不機嫌になった。
「しょうがないじゃないか、うちは女ものの服しか売ってないんだ! だいたい、ただでやるって言ってるのに、文句を言える筋合いかい!?」
「今すぐ、男物の服をよこせ! これは国王命令だ!」
「国王・・・・?」
すると群衆はまた呆気にとられ、急に静かになった。
これで彼らは態度をあらため、今までの無礼を悔いるだろう。焦り、死人のように青ざめる者もいるはずだ。
「国王様か! そりゃあいい!」
だが、一人の男が笑い声を弾けさせたことに、俺は愕然とする。
「まさしく、裸の王様じゃないか!」
群衆は唾を飛ばす勢いで、下品な笑い声を散らす。
口を押えて控えめに笑う者、腹を抱えて豪快に笑う者、赤ら顔でしゃっくりをしながら笑う者など、様々いるけれど、笑っていない者は一人もいない。
笑いが笑いを呼び、あたかも合唱のような音が俺を取り囲んだ。
(俺が国王だと、わからないのか・・・・?)
怒りでこぶしが震えた。
俺がここまで言っても、彼らにはわからないのだ。
――――目の前にいるのが、自分達が崇めるべき国王であることが。
(・・・・ならば、俺が国王だと気づかないまま、死ぬがいい!)
屈辱に耐えるのは、もう限界だった。憎悪を滾らせ、俺はドラゴンレーベンが宿ったこぶしを、天に掲げた。
――――これで彼らは、灼熱地獄の中でもがき苦しみながら、俺を侮辱したことを悔い改めることになる。
「見よ!」
俺が叫ぶと、人々は俺の声の大きさに驚いたのか、目を丸くする。笑い声も煙のように、ふっと消えた。
「来い、ドラゴン!」
注目を集めた後、俺は紋章の力を開放し、叫んだ。
トリエル村でドラゴンを召喚した時のように、上空の黒雲を切り裂きながら、ドラゴンが降ってくる――――はずだった。
「・・・・・・・・?」
――――だが、いくら待っても、反応がなかった。
群衆は俺の行動を突飛な奇行と受け取ったのか、大口を開けて凍り付いていたが、誰よりも俺が一番、呆然としていた。
まるで時が止まったように、誰も動かず、喋らない。身じろぎもせず、俺に突き刺さる視線が動くこともなかった。
「ふっ――――」
やがて囲いの最前列にいた男の口から、吐息のような息が零れた。
「ぶははははっ!」
その声は、風船の破裂音のような笑い声に変わる。
「ぎゃはははは!」
「あはは! お、お腹が苦しい・・・・!」
最初の笑い声を皮切りに、再び笑い声の合唱が通りを賑わせた。いや、笑い声の勢いは、前回を上回っていた。
「こ、来い、ドラゴン!」
焦りながら、もう一度、左手の甲を天に掲げる。
――――だがやはり、ドラゴンレーベンが赤く輝くことも、ドラゴンが雲を突き破って現れることもなかった。
「さっさと現れろ!」
「おい、もう一発芸はいいよ! しつこくすると、笑えなくなるだろ!」
「・・・・・・・・」
俺が必死になればなるほど、群衆にとってはその姿が滑稽に見えるようだった。召喚できないと思い知り、俺は腕を提げるしかなかった。
「なぜだ・・・・? どうして・・・・!」
手の甲のドラゴンレーベンを睨みながら、俺は自問自答する。
「こんなこと、ありえない!」
思うままに、ドラゴンを操れるはずだった。どんな存在が敵だろうと、一瞬で叩き潰すことができる神の力を、俺は持っている――――はずだった。
なのに、ドラゴンは現れてくれない。
「ははははっ!」
愚かな群衆は、まだ笑い続けている。笑い声は綿あめのように軽く、羽のように散っていった。
その声に、腸が煮えくり返っているのに――――もはや俺に、その笑い声を止めることはできない。
「くそ――――くそ!」
身を翻し、その場から逃げ出すことしかできなかった。
――――群衆の笑い声はいつまでも、俺を追いかけてきた。
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