魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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112_因果応報_前編

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「ん、んん――――」


 ――――目覚めは最悪なことに、痛みとともに訪れた。


「うっ・・・・」


 瞼を開けるよりも前に、雷に打たれたような痛みに襲われ、俺は呻き声を上げる。


 手足が、鉛のように重い。そのせいで、瞼を開けることすら億劫だった。まるで身体の中に、泥を詰め込まれたような感覚だ。


(何だ? 何が起こったんだ?)


 すぐには記憶が取り戻せなかったから、俺は瞼をこじ開け、状況を確かめる。景色はぼやけていたが、そこが狭くて汚い路地だということはわかった。視点が低いから、俺は地面に這いつくばっている状態らしい。


 しばらくすると、数人の男達が近づいてきて、俺の近くに立つ。



「・・・・おい、貴様ら、何をしている・・・・」


 彼らを護衛の騎士だと思い込み、人相をよく確かめないまま、話しかけた。国王が無様に伏せっているのに、なぜ助け起こそうともせず、悠長にお喋りをしているのか。


 そう叱責するつもりが、肺に力が入らず、気が抜けるような音しか出てこなかった。


「あ、おい、こいつ起きたみたいだぞ!」


 俺が目覚めたことに気づいた男達が、騒ぎはじめる。そのやけに甲高い声が、眠気を引き摺っている頭に大きく響いた。


「おい、少し声を落とせ・・・・」

「あ? 何だって?」

「くそ、もういい! 手を貸せ!」


 全身がだるくて、自力では起き上がれなかったため、男達の手を借りるしかなかった。


「ちっ、仕方ねえな・・・・」


 一番近くにいた男が、舌打ちしながらも俺に手を差し出す。


 その無礼な態度に怒りが湧いたものの、怒鳴ることすら、今は厭わしい。大人しくその腕に捕まり、何とか立ち上がったものの、直後に目眩に襲われ、しばらくは顔を上げられなかった。


「一体、どうなっている? 護衛はどこに――――」


 顔を上げて、立ち上がるのに手を貸した男を見た。


 その男はまだ少年と呼べる年頃で、薄汚れた身なりをしているばかりか、鎧も徽章も身に付けていなかった。しかも側頭部には、ありえないものがついていた。



 ――――角だ。側頭部から、羊のような湾曲した角が張り出している。



 頭が真っ白になって、俺は数秒間、その角を凝視していた。



「おい、リュシアン。これからどうするんだよ?」


 凍りついている俺を横目に、男達は何やら話し合っている。



 よく見ると、魔物の特徴を持っているのは、少年だけじゃなかった。寝ぼけ眼で見上げ、護衛だと思い込んでいた人影は全員、人型の魔物だったのだ。



「ボスも、あの男に連れていかれちまったし・・・・」

「・・・・ボス、大丈夫かな? 力づくで取り戻すべきだったか?」

「いや、あの男はずっとボスを守ってた。きっと手当てをするために連れていったんだと思う。だから、ボスは大丈夫だよ」

「じゃ、俺達はこれからどうするべきだ?」

「ボスに言われた通り、ブランデを脱出しよう。あまり時間がないから、急がないと」


「その前に――――こいつはどうする?」


 一人の問いかけにより、全員の視線が俺のほうに動いた。



 猫のように光る魔物達の目を見て、俺はようやく記憶を取り戻す。



(・・・・そうだ。魔物の襲撃を受けて、この路地に追いつめられて――――)


 ここに至るまでの記憶が、走馬灯のように蘇ってきた。


(こいつらはブランデを襲った魔物か?)


 自分が窮地に立たされていると知り、警鐘が頭の中で打ち鳴らされた。



狂王きょうおうになって、大勢の人を殺す男だ。――――ここでとどめを刺しておくべきだよ」



「・・・・!」


 鞭で打たれたように身体が震え、呼吸ができなくなった。豚に似た魔物が剣を引き抜き、切っ先を俺の鼻先に突きつけた。


「ひっ・・・・!」


 悲鳴が喉の奥で弾け、身体が反射的に動いていた。



 俺は手首で剣刃を払い落とすと、飛び退きながら、帯剣たいけんした剣を鞘から引き抜く。



「・・・・っ!」


 魔物達も一瞬で戦闘態勢に入り、十分な間合いを取りつつ、それぞれの武器を構えた。



 だがそこで、事態は膠着する。



 魔物達は俺の出方を窺っているのか、すぐには攻撃を仕掛けてこようとせず、俺のほうも、魔物達に完全に出口を塞がれているため、打って出ることができない。


(どうする? どうすれば・・・・!)


 ――――実戦経験など、俺にはない。襲撃を受けたことは何度かあるが、毎回俺が戦うまでもなく、護衛達が片付けた。



(誰か、誰か助けてくれ!)



 ――――神に祈った瞬間、それに応えるように、声が聞こえてきた。



「陛下! 陛下! どこにいらっしゃいますか!?」


 俺を捜す誰かの声、それに重なったのは、鎧を着て走りまわる兵士達の靴音だった。


「まずい、護衛が捜しに来たぞ!」


 その声を聞いて、魔物達が浮足立つ。



 その瞬間、全員の視線が俺から外れた。



 ――――逃げるチャンスは、今しかない。



 俺は大きく前に踏み出すと、剣を横に薙ぎ払う。こちらに頭を向けて寝かせられていた剣刃が、そのひと振りで横に弾かれた。



「うわっ!」


 魔物達はよろめき、仲間とぶつかって膝をつく。



 ――――囲いに風穴を開けることに成功した。



 俺は倒れている魔物の上を飛び越え、囲いの外に飛び出す。



「あ、おい、待ちやがれ!」


 角を持つ魔物がそう叫んだ時にはもう、俺は包囲網の外にいた。


「逃がすか!」


 だが、彼らの動きは素早い。一番外側にいた魔物が手を伸ばす姿を、俺は目の端でとらえる。


 距離はかなり開いていた。届くはずがない。――――そう思っていたのに、背中を引っかかれるような感覚があり、俺は怖気立つ。


 だが、痛みはなかった。


 魔物の長い爪が、礼服に引っかかっただけだったのだ。



「うわっ!」


 俺に手を伸ばしてきた魔物は、何かに蹴躓いて転び、自滅したようだ。


 礼服の背中の部分が引き裂かれる音、襟や袖が身体から剥ぎ取られる感覚があったが、構わず走り続ける。



 しばらくは後ろから、わあわあと、魔物達が騒ぐ声が聞こえていたが、走り続けているうちに聞こえなくなった。道幅が狭かったので、転んだ魔物が道を塞ぐ形になり、追いかけてこられなかったのだろう。



 護衛と合流するつもりだった。


 だが、この周辺の路地は入り組んでいる。声を頼りに、無我夢中で進んでいるうちに、俺まで迷ってしまったようで、いつの間にか俺を捜す護衛の声は、聞こえなくなっていた。


 息が切れても走り続け、やがて俺は大通りに出る。



 そこでようやく、俺は振り返ることができた。


「逃げきれた! 逃げきれたぞ!」


 追手を振り切った喜びで、手足は自然と軽くなった。




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