113 / 118
112_因果応報_前編
しおりを挟む「ん、んん――――」
――――目覚めは最悪なことに、痛みとともに訪れた。
「うっ・・・・」
瞼を開けるよりも前に、雷に打たれたような痛みに襲われ、俺は呻き声を上げる。
手足が、鉛のように重い。そのせいで、瞼を開けることすら億劫だった。まるで身体の中に、泥を詰め込まれたような感覚だ。
(何だ? 何が起こったんだ?)
すぐには記憶が取り戻せなかったから、俺は瞼をこじ開け、状況を確かめる。景色はぼやけていたが、そこが狭くて汚い路地だということはわかった。視点が低いから、俺は地面に這いつくばっている状態らしい。
しばらくすると、数人の男達が近づいてきて、俺の近くに立つ。
「・・・・おい、貴様ら、何をしている・・・・」
彼らを護衛の騎士だと思い込み、人相をよく確かめないまま、話しかけた。国王が無様に伏せっているのに、なぜ助け起こそうともせず、悠長にお喋りをしているのか。
そう叱責するつもりが、肺に力が入らず、気が抜けるような音しか出てこなかった。
「あ、おい、こいつ起きたみたいだぞ!」
俺が目覚めたことに気づいた男達が、騒ぎはじめる。そのやけに甲高い声が、眠気を引き摺っている頭に大きく響いた。
「おい、少し声を落とせ・・・・」
「あ? 何だって?」
「くそ、もういい! 手を貸せ!」
全身がだるくて、自力では起き上がれなかったため、男達の手を借りるしかなかった。
「ちっ、仕方ねえな・・・・」
一番近くにいた男が、舌打ちしながらも俺に手を差し出す。
その無礼な態度に怒りが湧いたものの、怒鳴ることすら、今は厭わしい。大人しくその腕に捕まり、何とか立ち上がったものの、直後に目眩に襲われ、しばらくは顔を上げられなかった。
「一体、どうなっている? 護衛はどこに――――」
顔を上げて、立ち上がるのに手を貸した男を見た。
その男はまだ少年と呼べる年頃で、薄汚れた身なりをしているばかりか、鎧も徽章も身に付けていなかった。しかも側頭部には、ありえないものがついていた。
――――角だ。側頭部から、羊のような湾曲した角が張り出している。
頭が真っ白になって、俺は数秒間、その角を凝視していた。
「おい、リュシアン。これからどうするんだよ?」
凍りついている俺を横目に、男達は何やら話し合っている。
よく見ると、魔物の特徴を持っているのは、少年だけじゃなかった。寝ぼけ眼で見上げ、護衛だと思い込んでいた人影は全員、人型の魔物だったのだ。
「ボスも、あの男に連れていかれちまったし・・・・」
「・・・・ボス、大丈夫かな? 力づくで取り戻すべきだったか?」
「いや、あの男はずっとボスを守ってた。きっと手当てをするために連れていったんだと思う。だから、ボスは大丈夫だよ」
「じゃ、俺達はこれからどうするべきだ?」
「ボスに言われた通り、ブランデを脱出しよう。あまり時間がないから、急がないと」
「その前に――――こいつはどうする?」
一人の問いかけにより、全員の視線が俺のほうに動いた。
猫のように光る魔物達の目を見て、俺はようやく記憶を取り戻す。
(・・・・そうだ。魔物の襲撃を受けて、この路地に追いつめられて――――)
ここに至るまでの記憶が、走馬灯のように蘇ってきた。
(こいつらはブランデを襲った魔物か?)
自分が窮地に立たされていると知り、警鐘が頭の中で打ち鳴らされた。
「狂王になって、大勢の人を殺す男だ。――――ここでとどめを刺しておくべきだよ」
「・・・・!」
鞭で打たれたように身体が震え、呼吸ができなくなった。豚に似た魔物が剣を引き抜き、切っ先を俺の鼻先に突きつけた。
「ひっ・・・・!」
悲鳴が喉の奥で弾け、身体が反射的に動いていた。
俺は手首で剣刃を払い落とすと、飛び退きながら、帯剣した剣を鞘から引き抜く。
「・・・・っ!」
魔物達も一瞬で戦闘態勢に入り、十分な間合いを取りつつ、それぞれの武器を構えた。
だがそこで、事態は膠着する。
魔物達は俺の出方を窺っているのか、すぐには攻撃を仕掛けてこようとせず、俺のほうも、魔物達に完全に出口を塞がれているため、打って出ることができない。
(どうする? どうすれば・・・・!)
――――実戦経験など、俺にはない。襲撃を受けたことは何度かあるが、毎回俺が戦うまでもなく、護衛達が片付けた。
(誰か、誰か助けてくれ!)
――――神に祈った瞬間、それに応えるように、声が聞こえてきた。
「陛下! 陛下! どこにいらっしゃいますか!?」
俺を捜す誰かの声、それに重なったのは、鎧を着て走りまわる兵士達の靴音だった。
「まずい、護衛が捜しに来たぞ!」
その声を聞いて、魔物達が浮足立つ。
その瞬間、全員の視線が俺から外れた。
――――逃げるチャンスは、今しかない。
俺は大きく前に踏み出すと、剣を横に薙ぎ払う。こちらに頭を向けて寝かせられていた剣刃が、そのひと振りで横に弾かれた。
「うわっ!」
魔物達はよろめき、仲間とぶつかって膝をつく。
――――囲いに風穴を開けることに成功した。
俺は倒れている魔物の上を飛び越え、囲いの外に飛び出す。
「あ、おい、待ちやがれ!」
角を持つ魔物がそう叫んだ時にはもう、俺は包囲網の外にいた。
「逃がすか!」
だが、彼らの動きは素早い。一番外側にいた魔物が手を伸ばす姿を、俺は目の端でとらえる。
距離はかなり開いていた。届くはずがない。――――そう思っていたのに、背中を引っかかれるような感覚があり、俺は怖気立つ。
だが、痛みはなかった。
魔物の長い爪が、礼服に引っかかっただけだったのだ。
「うわっ!」
俺に手を伸ばしてきた魔物は、何かに蹴躓いて転び、自滅したようだ。
礼服の背中の部分が引き裂かれる音、襟や袖が身体から剥ぎ取られる感覚があったが、構わず走り続ける。
しばらくは後ろから、わあわあと、魔物達が騒ぐ声が聞こえていたが、走り続けているうちに聞こえなくなった。道幅が狭かったので、転んだ魔物が道を塞ぐ形になり、追いかけてこられなかったのだろう。
護衛と合流するつもりだった。
だが、この周辺の路地は入り組んでいる。声を頼りに、無我夢中で進んでいるうちに、俺まで迷ってしまったようで、いつの間にか俺を捜す護衛の声は、聞こえなくなっていた。
息が切れても走り続け、やがて俺は大通りに出る。
そこでようやく、俺は振り返ることができた。
「逃げきれた! 逃げきれたぞ!」
追手を振り切った喜びで、手足は自然と軽くなった。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

成り上がり令嬢暴走日記!
笹乃笹世
恋愛
異世界転生キタコレー!
と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎
えっあの『ギフト』⁉︎
えっ物語のスタートは来年⁉︎
……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎
これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!
ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……
これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー
果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?
周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる