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111_騒乱の後の、穏やかな時間
しおりを挟む治癒師の治療によって、ルーナティア様の傷口は、簡単に塞がった。
「もう大丈夫ですよ」
仕上げに包帯を巻くと、治癒師はあっさりと、ルーナティア様の側から離れてしまう。
「治療は、それだけなのか?」
少し不安を覚え、離れようとする治癒師を引き止めると、治癒師は困ったように笑う。
「治癒術で、傷口は塞がりました。我々もこれ以上はできることがないので、後は療養で、患者の回復力に任せるしかありません」
「・・・・・・・・」
ルーナティア様の顔を覗き込む。
痛み止めのおかげか、表情は和らぎ、わずかに血色もよくなっている。意識はまだ戻らないままだが、さっきのように、苦しそうに呻くことはなくなっていた。
「手当が終わったので、申し訳ありませんが、患者を家に連れ帰ってください」
「家に?」
「病床が足りないんです。・・・・この通り、次々と負傷者が運び込まれている状況ですから」
治癒師にうながされて、俺は病院の中を見回す。
石造りの病院の中には今、次々と負傷者が運び込まれていた。ほとんどが軽症だが、中には魔物の争いに巻き込まれ、深手を負った者もいるようだ。
長らく平和だったためか、市街にある病院はどれも、古くなった教会を再利用したものばかりで、病院として一から造られた建物は、ごくわずかだ。そのせいでどれも規模が小さく、大勢の負傷者を収容できていない。
それに病床だけじゃなく、人手も不足しているようだった。非常時の備えが薄かったのだと、思い知らされる。
(仕方ない・・・・)
忙しい治癒師達を、これ以上引き留めることはできない。
俺は治癒師に礼を言ってから、ルーナティア様を抱きかかえ、病院の外に出た。
「団長!」
入口で待っていたリノが俺の姿を見つけ、立ち上がる。
「報告が――――」
「緊急か?」
「いえ、事後処理に関することです」
「じゃ、報告の前に、馬車を用意してほしい」
「馬車ですか?」
リノは不思議そうに、瞬いた。
「病床が足りないらしい。だから、ルーナティア様をリーベラ家に送り届ける」
「わかりました。少し待っていてください」
リノは身を翻し、去っていった。
馬車の到着を待つ間、俺はルーナティア様を抱えたまま、病院の低くなっている外壁に腰かける。
――――静かだ。木陰の水玉模様と、鳥の囀りが日常の調和を表している。さっきまでの騒乱が、嘘に思えるような穏やかさだった。
ルーナティア様は、俺の腕の中で静かな寝息をたてている。
その呼吸の振動を腕に感じ、彼女が生きていることを実感して、ガラにもなく神に感謝した。
「んん・・・・」
少し窮屈だったのか、ルーナティア様が身をよじる。だが、目覚めたわけじゃない。相変わらず、瞼は瞳を隠している。
腕の力を緩めると、ルーナティア様は身体の向きを変えて、俺の肩に頭を乗せるような格好になった。
――――細い息が首にかかって、少しくすぐったい。
罪悪感に似た感覚を覚えて、ルーナティア様を見下ろすと、その胸元で輝くカトレアの首飾りが、少しだけ見えた。
(・・・・これは、受け取ってもらえたと解釈していいんだろうか)
――――受け取りを拒否したはずなのに、ルーナティア様はまるで服の下に隠すように、これを身に付けてくれていた。加工して、別の装飾品として見える場所に身に付けているのならわかるが、そうじゃない。――――それが意味するところは、何となく理解している。
だとしたら、拒絶の理由は何だったのだろうか。元王妃という足枷か、それとも俺が知らない別の理由だったのか。
(・・・・わからないな)
ルーナティア様の襟を閉め、落ちないように抱え直す。
「俺を庇って、前に出るなんて、本当に無茶をする」
無茶をする人だと知っていた。でもまさか、俺を庇うために、刃の前に身を晒すとは。
「・・・・生きた心地がしませんでしたよ」
声は聞こえていないだろうが、それでも話しかけずにはいられなかった。散々な一日だったが、最後の最後で報われた気がする。
――――今回のことで、この人が大切なのだと、あらためて思い知った。
拒絶の理由はまだわからないが、一欠けらでも可能性が残っているのなら、諦めたくはない。
リノ達が、馬車を先導して戻ってくる。
この穏やかな時間が終わってしまうことを残念に思いながら、俺は立ち上がった。
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