魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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110_動揺

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 ムスクルスが倒れるさまを見届ける前に、俺は身を翻し、ルーナティア様の傍らに膝をつく。


「ルーナティア様」


 呼びかけると、ルーナティア様は苦しそうな息を吐く。


 傷口を確かめるため襟を開くと、胸元から首飾りが零れ落ちた。



「これは――――」



 ――――俺が贈ったカトレアの首飾りだと気づき、息を呑む。


 冬花のパレードのために、特別に発注した、この世に一つしかない特注品だ。見間違えるはずがない。



「どうしてこれを・・・・」


 これを受けとることが何を意味しているのか、ルーナティア様は知っていたはずだ。だから彼女は、受けとらなかった。


(いや、今はそれどころじゃない!)


 意識を無理やり、ルーナティア様が負った傷のほうへ戻す。


 血はまだ、止まっていなかった。顔色がさっきよりも悪くなっているように見えて、焦りで胸を塞がれる。


「ルーナティア様!」

「エンリケ――――」

「早く治癒師のところへ運ばなければ――――この近くに・・・・!」

「エンリケ、しっかりしろ!」


 エドアルドに肩を叩かれて、我に返った。


「傷は急所から外れているし、出血量も多くない。焦らずに近くの病院に運べば、大事にはならない。だから、少し落ち着くんだ」

「・・・・・・・・」

「どうしたんだ? なぜそんなに動揺してる?」


 エドアルドが心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。


「お前らしくないぞ。さっきまでは冷静だったじゃないか」


 エドアルドの言う通りだった。冷静さを欠いて、怒りに任せて行動したばかりか、状況を見誤り、自分がすべきことがわからなくなっていた。


 奥歯を噛みしめ、額に手を当てて、冷静になれと自分に言い聞かせる。



「・・・・悪い。確かに、冷静じゃなくなっていたみたいだ・・・・」



「お前、まさかルーナティア様のことを・・・・」


 エドアルドは何かを言いかけて、途中で口ごもる。


「・・・・どうやら、この筋肉男が魔物達の頭目だったようだな」


 エドアルドは、ムスクルスの首を一瞥した。


「ああ、そのようだ。町のほうはどうなってる?」


 俺はルーナティア様のことと、ムスクルスを倒すことに夢中になり、住人の避難や、他の魔物のことが頭から抜け落ちてしまっていた。


「そっちは問題ない。すでに魔物達は、撤退をはじめてるからな」


 思いがけない展開に、俺は驚いた。


「なぜもう撤退をはじめてる?」

「俺達が追い返すまでもなく、なぜか奴らは、途中で仲間割れをはじめたんだ。理由はわからないが、後から現れた魔物達が、先に現れた魔物達を攻撃して、乱戦になっていた」

「なんでそんな状況に?」


 ――――わけがわからない。魔物達の目的がカーヌスへの攻撃なら、なぜ突然、仲間割れなどはじめたのだろうか。


「俺が知るか」


 エドアルドも、そう言うしかなかったようだ。


「それで? 魔物達は、今はどこに?」

「潮時だと思ったのか、まるで波が引くように撤退していったよ。・・・・まったく、狐に化かされた気分だ」


 エドアルドは苛立たしげに、前髪を掻き上げる。


「とにかく、もうここは安全で、残るは事後処理だけだ。・・・・だからここは俺達に任せ、お前はルーナティア様を治癒師のところへ運べ」

「いいのか?」

「今のお前じゃ、判断を誤りそうだ。・・・・少し、頭を冷やしてこい」

「・・・・すまない」


 本来なら俺はここに留まり、指揮を執るべきだろうが、エドアルドの言う通り、冷静さを欠いた今の状態では、役に立てないだろう。


 できるだけ傷に触らないよう、ルーナティア様を優しく抱きかかえる。



「ああ、それと、エドアルド」

「何だ?」


「陛下を捜しておいてくれ」


「何だって?」


 するとエドアルドは目を白黒させた。


「まさか、まだ陛下を見つけられていないのか!?」


「この辺りに逃げ込んだそうだ。多分、近くにいるだろう。悪運が強いから、死んではいないはずだ」


「国王だぞ!? 国王を放っておいて、なんて言い草だ! お前は――――」


 エドアルドの言葉を最後まで聞かずに、俺は路地を出た。

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