魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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109_英雄vs魔王の副官

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 互いの出方を窺い、睨み合いの末――――二人同時に地を蹴っていた。



 短い間に、数合斬り結んだ。尾を引く火花が消えないうちに、また剣を打ち鳴らし、新たな火花が生じる。


 斬り合いの合間に、ムスクルスは足払いを食らわせてきた。


 跳躍して、何とか攻撃をかわしたが、バランスを崩して膝をついていたら、返す刃で俺は首を刎ね飛ばされていただろう。


 力任せのワンパターンな攻撃しかしてこなかったから、ついつい油断してしまった。ムスクルスの思考回路は単純明快だが、時々は機転が働くようだ。


 ――――素早さはこちらが上、力は向こうが上だ。


 しかも、奴の皮膚は剣を通さない。オディウムの外皮がいひのような再生能力はないようだが、鉄でできた刃を受けながら、傷痕一つ残らないその外皮がいひは、鎧と呼ぶのが相応しい強靭さだった。


 だからムスクルスは、俺の攻撃を恐れていない。俺は集中力が一瞬でも途切れれば、それが死に繋がる。だがムスクルスのほうは一度や二度、攻撃を食らっても痛くも痒くもない。ワンパターンな攻撃を除けば、ムスクルスに弱点などなかった。


 何だか、ゲームで不正をされたような気分だった。


「何を食ってたら、そんな鉄みたいな皮膚になるんだ!?」


「肉しか食ってねーよ! まさかお前、肉を食ってないのか!?」


 捨て鉢な気分で愚痴を吐くと、想像以上にくだらない答えが返ってきた。



「うっ・・・・!」


 斬り合いのさなか、ムスクルスが距離感を見誤ったのか、壁に肩をぶつけ、動きが鈍った。


 この路地の道幅は、さっきやりあった路地よりもさらに狭い。肩幅も広いムスクルスには動きづらい場所で、壁との距離感を見誤ったようだった。


 わずかに生じた隙を逃さないため、俺はムスクルスの喉元を引き裂くため、剣を横に薙ぐ。


 人間の急所と言えば、首や心臓だと相場が決まっている。人型であるムスクルスも、人間と同じように、首を狙えば傷をつけられるのでは、という考えがあった。


 ――――だが、甘かった。



 黒く硬質化した皮膚にはかすり傷さえ残せず、剣はあっさり、弾き返されてしまう。



「ちっ・・・・!」


 だが傷は残らずとも、俺の剣を喉に受けたことで、ムスクルスは焦ったようだ。ムスクルスは魔法を使うため、詠唱をはじめる。肉弾戦しかできないような男だと思っていたが、一応、魔法が使えるらしい。



 だが、敵が目の前にいる状況で、魔法の詠唱をはじめるのは、愚かな選択だ。――――俺が魔法を使わせるわけがない。


「がっ・・・・!」


 魔法の詠唱で反応が鈍ったムスクルスの太腿を、剣で貫く。


「この野郎・・・・!」


 悪態をつきながらも、彼は倒れなかった。魔法を使うのが無理だと悟ったのか、剣を握り直し、振りまわす。


 剣を使った斬り合いだったから、対等に渡り合えているものの、こぶしによる殴り合いに持ち込まれたら、向こうが攻撃を通さない固い皮膚を持っているという点がネックになり、俺の勝機は薄くなる。


 ――――剣術の力量は互角、魔法を使える状況なら、おそらく俺に分があるが、この狭い路地では、広範囲に影響を与える魔法は使えない。


 それに、この騒ぎで魔力をかなり消費してしまった。魔法剣の力を使えるのも、あと数回だろう。使いどころを間違えば、もう後はない。


 時間が経てば、援軍を期待できるかもしれない。――――だが。


 斬り合いの合間に、後ろを振り返る。



 隅に横たわるルーナティア様の姿が、一瞬だけ見えた。


 ルーナティア様を早く、治癒師のところに連れていって、治療を受けさせなければ。援軍など、待っている余裕はない。――――そのために一刻も早く、この筋肉達磨を倒す必要があった。



(勝機はある)


 何度か斬り合ってわかったことだが、ムスクルスの皮膚は常に硬いわけじゃないようだ。攻撃を食らいそうになった瞬間、身体の一部分だけが黒く変質するところを見ると、傷つけられそうな箇所だけ、意識的に硬質化しているらしい。


 その証拠に、寸前で攻撃する場所を変えると、硬質化が間に合わずに皮膚を傷つけることができた。


(急がなければ)



 ――――ムスクルスを倒すため、俺は身を切ることを決意した。



「オディウムの片腕を名乗っておきながら、しょせんこの程度か?」


 決着を早めるために、ムスクルスを挑発する。


「オディウムを超えるだなんだとのたまっていたが、この程度じゃ、百年経っても野望を達成できそうにないな!」


「何だと!?」


 単純明快な筋肉達磨は、俺の予想通り、挑発を素直に受けとって、深読みすることもなかった。


 そして、怒りに任せた大振りの一閃が、冴え冴えとした光を放ちながら、横に伸びる。


 俺がそれを回避すると、ムスクルスは今度は突きを繰り出してきた。


 ――――今しかない。


「・・・・!」

 腰を低く落としながら、前に進む。



 剣刃に肩を撫でられ、切り裂かれる激痛を味わった。それを無視して、俺は大きく前に踏み込み、ムスクルスの懐に入り込む。



「何!?」


 ムスクルスは、俺が攻撃を避けるために、後退すると思っていたのだろう。胴体部分が、がら空きになっていた。



 ――――奴の心臓部めがけて、俺は剣を突きだす。



「くそぉ!」


 反射的に身体が動いたのか、攻撃を食らった瞬間、ムスクルスは身体をよじっていた。


 その動きでわずかに狙いを外され、俺の剣はムスクルスの心臓ではなく、肩に突き刺さる。


 反射神経で致命傷を回避したのは、さすがだ。――――だが。



「その体勢じゃ、次は避けられないぞ!」


 俺は下がらず、真正面からムスクルスにぶつかっていった。


 そして剣柄を握ったまま、狼狽えるムスクルスの腕の下を、スライディングで通り抜ける。途中で剣柄から手が離れてしまったものの、剣刃を捩じり上げ、傷を深く抉った。


「ああ! くそ!」


 派手に血を散らしながらも、ムスクルスは動きを止めず、振り返ろうと身体をよじっていた。


 ――――チャンスは、今しかない。



「どれだけ硬くても、何度も同じ場所を斬られれば、守りきれないだろ!」



 ――――魔法剣の力を解放し、ムスクルスの背中めがけて、炎を纏った剣を振り下ろす。



 一度目は硬質化した皮膚で阻まれたが、二度、三度、炎で焼き切り続けると、黒い鎧に裂けめが生まれ、血が吹き出した。



「うぎっ・・・・!」


 背中に激痛が走ったのだろう、ムスクルスが情けない悲鳴を上げる。



 数秒の間に、何度も何度も、ムスクルスの背中を切り刻んだ。


 ――――ムスクルスの、硬質な皮膚を破壊して、立ち上がれないほどの痛撃を負わせる。そのために無我夢中で斬り結んだ回数は、自分でも数えられなかった。



「がっ、は――――」


 そうして、ムスクルスの背中は傷だらけになり、膝は折れる。


「ぐあっ・・・・!」


 とどめにムスクルスの背中を蹴りつけ、俯せに倒れた彼の首に剣を突き付けた。鏡のような剣刃で、苦痛に歪む自分の顔を見て、ムスクルスは自分が負けを悟ったようだった。


「――――動くな」

「うぐっ・・・・! ぐっ・・・・!」


 動くなと警告したのに、ムスクルスは立ち上がろうともがいている。


 俺は背中に乗せていた足を移動させ、ムスクルスの頭を押さえ付けた。


「聞こえなかったのか? 動くな、と言ったんだ。――――首を切り落とされたいなら、話は別だが」

「俺は・・・・俺は、まだ――――」


「お前は、オディウムには遠く及ばない」


「俺が・・・・オディウム様には、遠く及ばないだと・・・・?」


 ムスクルスは大きく目を開き、譫言のように呟いた。



「エンリケ!」

「団長!」


 タイミングよく、エドアルドとリノ達が駆け付けてくれた。



「こいつを取り押さえろ」

「え? こいつは・・・・」

「人間に見えるが、魔物だ。だから扱いには注意しろ」

「殺さないのか?」

「おそらくこいつが、魔王軍の頭目だ。聞きたいことが、多くある。だから城の牢に放り込んでおいてくれ」

「了解です!」


 リノ達がムスクルスの肩甲骨に膝を置き、動けないようにのしかかった。入れ代わりに俺はムスクルスから離れ、ルーナティア様に駆け寄る。



「俺が弱い・・・・? オディウム様を、越えられない――――そんなはずない、そんなはずは――――」


 だが、背後から聞こえてきた不穏な声を聞いて、足を止めなければならなかった。


「そんなはずない。――――そんなはずないんだ!」


「うわっ・・・・!」


 リノ達の驚きの声に、誰かが投げ飛ばされるような音が重なる。


 そして一足飛びに迫ってくる気配を、背中に感じた。



「もう一度、俺と勝負しろ、エンリケ・カルデロン! 二度とお前に――――!」


 振り向きざまに、一度は収めた剣を抜き放つ。



 ――――そして勢いよく、真横に振り抜いた。



「あ――――」


 目の前に、ムスクルスの見開かれた目が合った。



 おそらく体力の限界で、もはやムスクルスは、皮膚を硬質化させる力も残っていなかったのだろう。俺の剣は奴の首に深く食い込んでいた。



 力を緩めず、剣刃を振り抜く。首から抜けた剣刃は、雨粒のような血の雫を散らした。



 切っ先を踵にそろえ、ムスクルスを見上げる。



 頭を失ってもなお、ムスクルスの足は力を失わず、しばらくは立っていたが、やがて振り子のように上体が揺れはじめた。



 ――――そして、ムスクルスは倒れたようだった。




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