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108_守るべき人
しおりを挟む「ルーナティア様! ルーナティア様!」
崩れ落ちようとするルーナティア様を抱きとめ、名前を呼ぶ。
――――だがルーナティア様の瞼は硬く閉じられ、何度呼びかけても開かなかった。
(なぜ、俺を庇ったりしたんだ・・・・!)
ルーナティア様は、肩を貫かれていた。これでも重傷だが、もう少し、ムスクルスの剣の切っ先が下を向いていたら、心臓を貫かれていたかもしれない。
そんな危険を冒してまで、ルーナティア様が俺を庇ったことに――――いや、それ以上に、守る側なのに守られる側に回ってしまった、自分の不甲斐なさが許せなかった。
「ルーナティア様!」
「うう・・・・」
名前を呼び続けると、反応があったものの、意識が戻ることはなかった。息は切れ切れ、顔は蒼白になり、額には玉のような汗が浮かんでいる。
――――早く、治癒師のところへ運ばなければ。
俺は、ルーナティア様を抱え上げる。
「おっと、通すと思ってんのか?」
――――だが再び、筋肉男が俺の前に立ちはだかった。
確かこの男は、ムスクルスと名乗ったはず。
「邪魔だ、今はお前に構ってる暇はない。そこをどけ!」
怒鳴ると、ムスクルスの顔から、にやけた色が剥がれ落ちた。
「・・・・何だよ。ずいぶんと余裕がなくなってるじゃねえか」
それからムスクルスは、俺の腕の中を覗き込む。
「・・・・なんだ、そいつ。仕留めたと思ってたのに、まだ生きてんのか」
――――その一言に、殺意が膨れ上がった。
「・・・・・・・・」
ムスクルスを睨みつけると、彼は面白そうに笑う。
「お、やる気になったか?」
「・・・・なぜ、この人を狙う?」
「てめえには関係ねえことだろ。そんなことより、そいつを抱えたまま俺と戦うつもりか? こっちはそれで構わねえが――――いや、構うか。俺が不正をしててめえに勝ったと、まわりに思われたら困る。正々堂々と、オディウム様の敵討ちをしないと」
ルーナティア様が倒れた直後、俺は彼女のことに気を取られ、ムスクルスに背中を向けてしまっていた。
だが、ムスクルスは仕掛けてこなかった。正々堂々と、真正面からオディウムを倒した男を殺さなければ、仲間に示しがつかないのだろう。そうなれば、オディウムの後継者として認められないのかもしれない。
どちらにしても、この男を倒さなければ、俺はルーナティア様を治癒師のところに運ぶことすらできないようだ。――――ならば。
俺はルーナティア様を地面に寝かせる。
「・・・・少し待っていてください。・・・・すぐに、片をつけますから」
俺は立ち上がり、ムスクルスを見据える。
「・・・・確かに、お前の目的なんて、俺にはどうでもいいことだった。――――お前はルーナティア様を傷つけ、さらに命まで奪おうとしている。それだけで、俺がお前を殺す理由には、十分足る」
他人の感情にたいして鈍感そうな男だったが、その時はさすがに、俺の怒りを感じ取ったらしい。少し不思議そうに、首を傾げていた。
「なんだ。怒ってるのか?」
ムスクルスは腕を組み、値踏みするように俺とルーナティア様を見た。
「そいつって最近まで、王妃やってたんじゃなかったっけ? まさかお前、そいつに横恋慕を――――」
聞くに堪えなくなり、剣を振るう。
すっかり油断していたのか、ムスクルスは微動だにしなかった。
俺が振るった剣先は、ムスクルスの喉元には届かなかったものの、奴の鎖骨をかすめ、赤い傷痕を残す。
「――――もう黙れ」
「・・・・・・・・」
それでようやく、ムスクルスの顔からにやけた色を剥がすことができた。
「この野郎――――」
見えない何かが膨張するように、互いの殺意が空気を凍らせる。
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