魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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106_救世主

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「ルーナティア様!」


 聞き慣れた声が聞こえ、ムスクルスの動きが止まったことを、空気の流れで感じ取る。


「うわっ・・・・!」


 私とムスクルスの間に風が割り込み、ムスクルスの腕が私の首から外れた。自由になった私は、尻餅をつく。



 ――――怖々と瞼を開けると、目の前に、誰かの広い背中があった。



「お怪我はないですか、ルーナティア様!」



「エンリケ!」


 ――――私を守るため、ムスクルスの前に立ちはだかってくれたのは、エンリケだった。



「どうしてここに・・・・!」


「エセキアス・・・・陛下を捜しに来たんです。・・・・まさか、ルーナティア様がここにいらっしゃるとは思いませんでした」


 ムニンがどうして、私をここへ誘導したのか、その理由がようやくわかった。


 ムニンは、私とエンリケを引き合わせてくれたのだ。エンリケなら、私を守ってくれると、そう判断したのだろう。



「なんだ、てめえは!」


 ムスクルスは突然の横やりに狼狽し、苛立っていた。


「邪魔するんじゃねえよ! 命が惜しいなら、その女をこっちに引き渡せ!」



 その瞬間、エンリケは表情を失い、瞳にはむき出しの殺意が表れた。その殺意を鈍く光らせ、エンリケはムスクルスを睨む。



「・・・・お前の狙いは、ルーナティア様なのか?」


「その女を殺す。邪魔するなら、まずてめえからだな」


 エンリケの殺意などまるで意に介さず、ムスクルスはにやにや笑った。


「・・・・そうか」

「もう一度言うぞ。――――そこをどけ」


 エンリケは答える代わりに、すっと腕を動かし、剣を構え直す。


 ――――それが、エンリケの答えだった。


「エンリケ!」

「ルーナティア様は、俺の後ろにいてください」


 ムスクルスを睨む一方、エンリケは私には、笑顔を向けてくれる。


「そこの筋肉ダルマ。ルーナティア様に、それ以上近づくんじゃない。もし一歩でも近づいたら、まずその足を切り落とす」


 エンリケの声から、強い怒りを感じた。


 オディウムと戦っている時や、エセキアスや閣僚達から、無理難題を押し付けられた時ですら、エンリケは怒りの感情を見せなかったのに、今の彼は、怒りを隠せずにいる。



「カルデロン卿! 今は、ここで戦っている場合ではありません! 一刻も早く、陛下のもとにはせ参じなければ!」


 エンリケと一緒に現れた兵士が、そう叫んだ。


「捜しに行きたいのはやまやまだが、この筋肉ダルマが通してくれなさそうだ。それにきっと、陛下ならご無事だろう」

「なぜそう言いきれるんですか!?」

「・・・・昔から、嫌になるほど悪運が強い方だった。だからきっと、大丈夫だ」

「悪運とか、そういうふわっとしたものに、国王の命を預けないでください!」


 兵士が声を大きくして、エンリケの投げやりな態度を諫めるも、彼はもう返事もしなかった。



「カルデロン・・・・それにエンリケ? エンリケ、エンリケ・・・・その名前、どっかで聞いたような・・・・」


 一方ムスクルスは何を思ったのか、エンリケの名前を口の中で転がしている。


「ああ、そうか。・・・・エンリケ――――カルデロン。お前、エセキアスの弟か」


 目の前に立つ人物が何者なのかを悟った瞬間、ムスクルスの顔で、喜色が弾けた。



「オディウム様を殺した男だ!」


「オディウム様・・・・ってことは、お前はオディウム軍の残党か」


「そうだ、俺の名前はムスクルス、オディウム様の片腕だった。ここでお前に会えたことを、嬉しく思うぞ! お前を殺せば、俺はオディウム様を超えたことになる!」



 叫びながら、ムスクルスは部下の腕から、剣を奪った。



 そして剣を振り上げながら、エンリケに飛びかかる。



「・・・・!」



 わずか数秒の間に、エンリケとムスクルスは何回も――――いや、もしかしたら何十回も、切結んだようだった。音色を彩る打楽器のように、剣刃が幾度となく音を散らす。



「エンリケ!」


 私も、エンリケについてきた兵士も、援護ができなかった。


 二人の動きが素早すぎて、目で動きを把握するのが精一杯だ。剣刃と剣刃の間で散る火花の回数を数えることすら、ままならない。迂闊に間に割り込めば、手足を切り落とされていただろう。


 ムスクルスの大振りの攻撃が、エンリケの頬をかすめた時はひやりとしたけれど、さすがというべきか、エンリケはその攻撃を紙一重でかわした。


 そしてがら空きになったムスクルスの腹部を、剣で貫こうとする。



「・・・・!」



 肉を断つ音が聞こえる――――はずだったのに、その時響いたのは、まるで金を打ち鳴らした時に聞こえるような、金属音だった。


 直前でムスクルスは反射的に腕を下ろしたらしく、エンリケの剣は彼の腕に命中していた。



 ――――が、ムスクルスの腕には、かすり傷一つついていない。



「け、剣が通らない!? 皮膚を硬質化させたのか!?」


 兵士が驚きの声を上げた。


 ムスクルスの皮膚の一部分が黒く濁り、メタリックな輝きを放っている。あれがリュシアンが言っていた、ムスクルスの、皮膚を硬質化させるという能力なのだろう。


「ははっ! さすが、オディウム様を倒しただけはあるな! 強えじゃねえか! その動き、人間とは思えねえよ!」


 ムスクルスですら、エンリケの強さを賞賛した。両者の動きを見れば、素人の私にも、エンリケとムスクルスの強さは同格なのだとわかる。


(ううん、エンリケはもっとすごいはず)


 オディウムとの戦いでは、エンリケはもっと自由自在に動いていた。



 ――――だけど、今はあの時とは、決定的な違いがある。



「その女を背中に庇ったままじゃ、俺には勝てねえぞ!」


 私を背中で庇っていることで、エンリケは立ち位置を変えられない。


 しかも入り組んだ路地の中では、魔法攻撃も使いにくい。迂闊に魔法を使えば、建物に被弾して、瓦礫がれきを降らすことになる。そうなると、私や、エンリケについてきた兵士を巻き込む恐れがあるからだ。


 本来の力を発揮できないせいで、徐々に、エンリケは追いつめられはじめていた。



(どうしよう! 私が足手まといになってるんだ!)


 ――――このままじゃ、私のせいでエンリケが負けることになる。



「団長!」


 遠くで、誰かがエンリケを呼ぶ声が聞こえた。


(きっとスクトゥム騎士団の騎士だ!)


 エンリケを団長と呼ぶのは、おそらく直近の部下、スクトゥム騎士団の騎士達だけだ。


 だけど彼らの声は聞こえても、姿は一向に見えてこない。周辺の路地が入り組んでいるから、なかなかここにたどり着けずにいるようだ。



(助けを呼ばないと!)


 今のエンリケには、援護が必要だ。――――このまま足手まといになるぐらいなら、助けを呼びに行こうと思った。


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