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104_予想外の横やり
しおりを挟む拍手の音を場違いに感じて、振り返ると、路地の入口に立つ男の姿を見つけた。
「やるじゃねえか」
聞き覚えがある声を聞いて、うなじの毛が逆立つ。
「ムスクルス・・・・!」
――――いつの間にか、私達の逃げ場を塞ぐ形で立っていたのは、ムスクルスと、彼の手下達だった。彼らはまるで観劇を終えた直後のように、両手を打ち鳴らしている。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
「そりゃ、お前らが何か事を起こそうとしている気配を感じたからさ。見物させてもらおうと思った」
「どうして俺達が何かするって、わかったんだ!?」
「お前らに見張りをつけてたからだよ。お前らが何か事を起こしたら、成功するにせよ失敗するにせよ、それを利用させてもらおうと思ってな。気づかなかっただろう?」
――――気づかなかった。
私は、ムスクルスのことを見くびりすぎていたようだ。
私は、ムスクルスの直情的な言動を見て、彼が単純な人物だと決めつけてしまっていた。でも実際は、狡猾で鋭い一面もあったようだ。さすがは、オディウムの片腕を務めていただけはある。
「俺達の手柄を横取りするつもりかよ!」
ゴンサロが、ムスクルスに詰め寄ろうとする。
だけどムスクルスの手下が構えるのを見て、私はゴンサロがそれ以上前に出ないように、彼の腕を引っ張って、後ろに下がらせた。
「・・・・今すぐ、立ち去ったほうがいい。すぐに護衛がエセキアスを捜しに来る」
「逃げなきゃならないのは、お前らも同じだろう?」
言われなくても、ドラゴンレーベンの力を封印できたと確信できれば、私達はすみやかにここから離脱する予定だった。ムスクルスの横やりがなければ、今、私達はここにいなかったはずだ。
「まさか、エセキアスにとどめを刺しに来たのか?」
「それもある」
「それも・・・・?」
「エセキアスと――――ルーナティア、って言ったか」
ムスクルスの鋭い眼光が、私の目を射抜く。
「――――てめえにも、ここで死んでもらう」
「・・・・・・・・え?」
そのシンプルな殺害予告があまりにも唐突だったから、私はしばらくの間、その言葉を理解できなかった。
「何を言ってるんだ、お前!」
リュシアン達の反応のほうが早く、彼らが私を庇って、前に出る。
「なんでボスを狙うんだよ! 今まさに、ボスが俺達の悲願を叶えたばかりなんだぞ!」
「ドラゴンレーベンの力を封じただけだろうが。呪いを解いたわけじゃねえ」
「そ、それはそうだけど・・・・第一の関門は突破しただろ。お前の目的は何だ? なんで今さら、出てきたんだよ!」
「決まってんだろ。エセキアスを殺し、この国を――――カーヌスを手に入れる。俺達だって、プローディトルの血を引いてるんだ。王位を継承する権利があるはず。オディウム様が望み、達成することができなかった悲願を、俺が達成してみせる!」
ムスクルスは腕を前に突き出し、見えない何かを握り潰すように、五指を閉じた。
――――背筋が凍える。
私とムスクルスは相容れなくても、呪いを解くという目的は一致していると思っていたのに、彼の真の目的は、それを越えた先にあったようだ。
「・・・・そのためには、お前が邪魔だからここで消しておく」
そしてムスクルスは一歩、私に近づいてきた。
「は? 意味がわからねえよ。なんでその話が、ボスを殺すっていう話に繋がるんだ!」
「カーヌスを征服するには、魔王軍が一致団結することが不可欠だ。・・・・だが、その女が生きてると、魔王軍は分裂したままだろう。だからその女を殺して、魔王軍を再び一つにする」
「・・・・・・・・」
「――――だから、てめえにはここで消えてもらう」
ムスクルスの目を見て、説得は無理だと悟った。
ムスクルスはもう、カーヌス征服という次の目的を見据えている。そしてそのための障害である私を、ここで排除すると決めているのだ。
一人一人は人間よりも頑健な身体を持っているとしても、魔王軍の人員は、カーヌスの人口には圧倒的に劣る。魔王軍の構成員は、準構成員を含めても、やっと一万に届く程度、それだけの人員で、どうやって広大なカーヌス全土を征服するつもりなのだろう。
よしんば征服が実現したのだとしても、その後に続く支配体制は、どうやって構築し、維持するつもりなのか。政治に関わったことがないムスクルスに、支配体制を維持することは不可能だ。それは、夢物語でしかない。
だけどそう説き伏せても、ムスクルスは耳を貸してはくれないだろう。彼は妙に狡猾なところはあるけれど、基本的に現実が見えていない。
――――それに私も、彼に道を譲るわけにはいかないと、その時確信した。エセキアスが表舞台から消えても、今度は次の魔王になったムスクルスに、ブランデの町を焼かれる恐れがあるのに、道を譲るわけにはいかなかった。
「どけ、リュシアン。てめえが大人しくその女を差し出すなら、禍根は忘れて、俺の軍勢に加えてやるよ」
「ふざけんなよ。俺達がカーヌス征服を望んでるって、決めつけんな!」
「違うのか?」
「俺達は呪いを解きたかっただけだ! 普通の人間に戻れれば、それで十分なんだよ! それに、ボスを殺せば、俺達がてめえの軍門に下ると本気で思ってんのか? 俺達が、ボスを殺した奴の下で働くわけがねえだろうが!」
「・・・・はあ」
ムスクルスは聞こえよがしに、溜息を吐き出す。
「面倒な奴らだな。・・・・もう何でもいい。とにかく、俺に道を譲って軍門に下るか、それとも立ち塞がって、その女と死ぬか、今すぐ選べ。その女を選ぶってんなら、お前らの意思を尊重して――――ここでその女と一緒に殺してやろう」
リュシアンも、ゴンサロも――――道を譲らないことで、自分達の意思を表明した。
「みんな・・・・」
感情に喉を塞がれる。
――――私と彼らの関係は、はじめはただの協力関係でしかなかった。仲間でも、上司と部下という関係ですらなかったように思う。
でもいつの間にか、お互いをかけがえのない、大切な存在だと思うようになっていた。
「・・・・ああ、そうかよ」
ふんと鼻を鳴らして、ムスクルスはいじけるように、口を曲げる。
「・・・・いいだろう。そいつと一緒に死にたいのなら、そうしやがれ」
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