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103_成功

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 ――――そうして私達が追いついたとき、リュシアン達はすでにエセキアスを、路地の突き当りに追い込んでいた。



「見つけた! あそこにいるわ!」


 建物の屋上から、路地の突き当りにいるエセキアスとリュシアン達の姿を見つけ、私は思わず声を上げる。


 エセキアスは突き当りの壁に張りついていて、リュシアン達がじわじわと囲いを閉じはじめていた。


 もはや、エセキアスに逃げ場はない。建物の影が、成り行きを見守るように彼らの身体に被さっていた。



「あいつら、予定の場所にエセキアスを追い込んだみたいだぞ!」


 作戦の成功を知り、ゴンサロの声が弾む。


「・・・・さあ、もう逃げられないぞ、エセキアス・カルデロン。――――観念して、投降しろ」

 間合いの一歩手前で立ち止まると、リュシアンはそう警告した。

 ここから降りて、リュシアン達と合流することもできる。

 でも、戦えない私は足手まといにしかならない。リュシアン達の邪魔にならないよう、ここから大人しく、成り行きを見守ることを選んだ。

「どうする? 命乞いするか?」


 リュシアンは挑発し、剣の切っ先で光を弾いた。


「うう・・・・」


 エセキアスは怯え、後退る。


 エンリケなら、すぐさま戦おうとしたはずだ。プローディトルの高い身体能力を受け継ぐエセキアスにも、勝てる可能性はあるのに、彼は最初から、自分で戦おうとする意志を見せなかった。


「き、貴様ら・・・・国王にたいして、なんたる態度だ・・・・」

 だけど怯えていても、負け惜しみは言わずにはいられないらしい。


「国王?」


 その言葉が気に入らなかったのか、リュシアンの声が冷たく尖る。


「ずいぶんな国王様がいたもんだな。守るべき民が逃げ惑っている間、戦うことも指揮することすらも放棄して逃げまわってたくせに、こんな時だけ、王を名乗るのか? 今のあんたの情けない姿を見て、国民が何を思うか、あんたにはわからねえのかよ」


「この下等生物がっ!」


 突然、エセキアスは怒りを爆発させた。いや、それは怒りと言うよりも、恐怖を跳ね除けるための威嚇に近かった。


「貴様らごときが、俺をどうにかできると思ってるのか!? 俺はこの国の国王で、選ばれし者なんだぞ! 貴様らとは、格が違うんだ!」


 喉を潰す勢いで叫びながら、エセキアスは勢いよく、腕を振り上げた。



 ――――その動作の意味を悟り、私は戦慄する。



「信じられねえ! お前、本気でブランデのど真ん中に、ドラゴンを召喚するつもりなのかよ!?」


 リュシアンもその動作の意味に気づいて、焦っていた。


 ドラゴンの力を使えば、死者の数は百や二百では終わらない。それがわかっていてなおも、エセキアスはドラゴンを召喚しようとしていた。


「ボス! 早く、魔法陣を発動してくれ!」


 リュシアンに急かされる形で、私は発動の言葉を叫んだ。



「ルシ!」


 ――――その瞬間、光が弾ける。


「な、何だ!?」


 エセキアスの足元から噴き出した光の洪水が、あっという間に暗い路地を埋め尽くしていた。


 エセキアスの足元に浮かび上がったのは、オディウムが部下に作らせた、ドラゴンレーベンを封印するための魔法陣だ。


 透明な塗料で描かれていたため、発動されるまで、エセキアスは魔法陣が足元にあることに、気が付かなかったはず。


 エセキアスをこの場所に追い込み、透明な塗料で隠した魔法陣の上に立たせ、魔法陣の力を発動する。



 ――――私が描いた筋書きが、現実になった瞬間だった。



「何なんだ! 何が起こったんだ!?」



 光は渦を巻き、螺旋を描きながら、輝く粒子を空に撒き散らしていく。エセキアスの姿は、光の粒子に掻き消されようとしていた。



「う、うぐっ・・・・」


 やがて光の円柱の中から、エセキアスの呻き声が聞こえてきた。光の壁に浮かび上がるエセキアスのシルエットは、左腕を抱えているように見える。


「こ、効果が出てるんだよな・・・・?」


 ゴンサロ達は魅入られたように、魔法陣の光に目を釘付けにしていた。


 魔法陣の理論は完璧――――のはずだ。だけどそれは、机上で組み立てた論理にすぎず、実際に実験で効果を確かめられたわけじゃない。だからこれで封印できると、断言することはできなかった。


 どうか、成功して。――――そう願いながら、私は光を見つめ続ける。


 光の勢いが、わずかに弱まる。すると私達の目にも、エセキアスの姿が見えるようになった。


 彼は片膝をつき、ドラゴンレーベンの紋章が刻み込まれた左手の甲を、苦しそうに押さえている。



「くそぉ!」


 エセキアスには、今、自分の身に何が起こっているのか、わからなかっただろう。そして、動けなかったはずだ。


 魔法陣の内部では、魔法の完遂まで、対象者を陣の中に留めておく力が発生する。対象者に負荷をかけることで、動けなくするのだ。


 だから、その魔法陣の中にいる以上、エセキアスは立ち上がることすらできない――――はずだった。


 ――――そう思っていたのに、エセキアスはのしかかってくる重さを跳ね除けて、腕を振り上げた。


「ドラゴン! 来い!」


 光の渦に包まれていても、ドラゴンレーベンの紋章がわずかに発光したのがわかった。


(完全には、力を抑えきれていないの!?)


 動揺しながら、私は空を見上げる。



 ――――トリエル村の上空にドラゴンが出現した時のように、その時ブランデの上空でも、緞帳のような黒雲が開こうとしていた。



 このままでは、魔法陣の効果が発揮される前に、ドラゴンが召喚されてしまうかもしれない。



「リュシアン!」


「おうよ!」


 ゴンサロがリュシアンに呼びかけ、リュシアンがエセキアスに向かって、何かを投擲する。


「うっ!」


 リュシアンが投げたのは、小型のナイフだったようだ。そのナイフがエセキアスの腕をかすめ、エセキアスは痛みで腕を引っ込める。



 ――――そして、魔法陣の効果が発揮された。



「うおおお!」


 エセキアスが左腕を抱え、絶叫した。光の粒子が彼の腕に巻き付き、鮮やかだった紋章の色が、濁った色に変化していく。


 負荷に耐えられずに意識を失ったのか、エセキアスの身体が倒木のように傾いていく。彼が倒れた直後、魔法陣を縁取っていた光も勢いを失い、静かに光と音を消していった。


 私は空を仰ぐ。



 開いたと思った雲の切れ間は、静かに閉じられ、ドラゴンが現れる気配は消えていた。



「ボス、ボス!」


 放心状態になっていた私は、ゴンサロの声で我に返る。


「終わったみたいだ。・・・・様子を見に行ってみよう」

「う、うん・・・・」


 ゴンサロは、屋上から飛び降りていった。私は彼のように飛び下りることができないので、用意していた縄梯子で路地に降り、おそるおそる、エセキアスに近づく。


 エセキアスは白目を剥いて、完全に意識を失っていた。投げ出された手の甲に、ドラゴンレーベンの紋章は残っているものの、その線は、以前のような鮮やかな赤ではなくなっていた。


「こ、これで本当に、ドラゴンレーベンの力を封じることができたの?」


 すべて、手順通りに勧めた。エセキアスが意識を失うほどの負荷がかかったのだから、一定の効果はあったはずだ。


 でも、エセキアスの手の甲にはドラゴンレーベンの紋章が残ったままだから、本当に紋章の力を封印できたという実感が湧かなかった。


「この魔法陣を作った奴の仮説が、正しいなら――――でも実験できたわけじゃないから、確実なことは言えない」


 ゴンサロの歯切れも悪かった。


「・・・・ボス」


 リュシアンの声が、とても低くなる。



「――――今、ここで、エセキアスにとどめを刺しておくべきじゃないか?」


「――――」


 リュシアンの問いかけに、呼吸が止まった。



「こいつは危険だ。封印が成功していたんだとしても、こいつがこの国の王だって事実は変わらない。ドラゴンレーベンがなくても、軍隊を動かすことで、大勢の人を殺すことができるんだ。・・・・こいつに誰も殺させないために、ここで息の根を止めておくべきだよ」


「・・・・・・・・」


 私は、即答することができなかった。


 ドラゴンレーベンを封じることを、第一の目標にかかげてきた。ドラゴンレーベンを封じないかぎり、私達に勝ち目などなかったからだ。


 でも今、エセキアスは気絶していて、誰よりも無防備だ。封印が成功しているにしろ、していないにせよ、ドラゴンレーベンは使えない。剣で心臓を貫かれても、死んだと気づくことすらないはず。



 ドラゴンレーベンを封印したその先は――――その先に至り、私は決断を迫られていた。



「・・・・・・・・」


「なんで迷う必要がある? ボスを虐待して苦しめた奴だし、いずれ狂王きょうおうになって、大勢の人達を焼き殺す男だ。今ここで、決着を――――」



 リュシアンが最後まで言い切る前に、どこからか拍手の音が響いてきた。


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