魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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102_追い込み

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 それからも行列は、前進を続けた。


 そろそろ、私達の作戦は第三段階に移行するはず。


(リュシアン達は、ちゃんと目的の場所で待機してくれてるかしら?)


 目的地が近づくにつれ、緊張で手の平に汗が滲んだ。



「不安なんですか?」


 そんな私の様子が、怯えているように見えたのか、リーベラ家の従者が話しかけてきた。


「心配なさらずとも、すぐにカルデロン卿が万事解決してくれるでしょう」


「魔物のことは心配してないわ。私は――――」



 石畳の道の上を、何かの影が滑っていく。



 ハッとして、窓の外を見上げる。隣り合う民家の、隙間に見える空を、一瞬だけ、何かの影が横切っていく。



(来た!)


 私はぐっと、こぶしを握る。


「ルーナティア様?」

「な、何でもないわ」


 心配するリーベラ家の従者に、私は笑顔を返しておいた。


 そして行列は、一番近くの橋に到達する。


 橋の手前で、先頭の馬車が動きを止め、エセキアスの馬車から、近習きんじゅうが降りてきた。


「人払いをして、橋に不審物が設置されていないか、調べよ!」


 橋が崩落したことを踏まえ、エセキアスは橋に爆発物が仕掛けられている可能性を懸念しているようだ。


 近習きんじゅうに命じられた護衛の騎士達が動き出し、付近から人を追い払って、橋の欄干から柱の裏側まで、目視で調べていく。


「不審物はありません!」


 橋を隅々まで点検してから戻ってきた騎士達が、そう報告する。その報告を聞いて、近習きんじゅうも馬車に戻っていった。


「それでは、進むぞ!」



 ――――彼らは、前後左右を警戒するあまり、〝頭上〟をまったく見ていなかった。



 そんな隙をついて、建物の屋上から飛び降りた人影が、馬車の屋根に着地する。さらにその人影に、数人の影が続いた。彼らが纏ったマントの裾が、羽のようにふわりとなびく。



「な、何だ!?」

 警戒を解いた直後だったから、予想外の方向から現れた〝敵〟に、多くの兵士は対応できなかった。



「ぐわっ!」

「げっ・・・・!」


 民家の屋根から、馬車の屋根に飛び移った亜人あじん達は、今度は馬車の屋根からも飛び降り、護衛の兵士達に飛びかかる。


 馬車を取り囲んでいた衛兵達は蹴り飛ばされ、馬車を中心に花開くように、いっせいに倒れていった。さらにその周辺にいた騎士達も同じ道をたどり、馬車を守る盾はいなくなる。


 人々は、兵士がろくに反撃もできずに倒される瞬間を目の当たりにしても、状況を理解できなかったのか、大口を開けたまま固まっていた。



「出てこい、エセキアス・カルデロン!」


 人々を我に返らせたのは、最後に馬車の屋根に降り立ったリュシアンの声だった。リュシアンはフードを脱いで、側頭部の角を人々に見せつける。



「俺は魔王軍の副官、リュシアンだ! エセキアス・カルデロン! お前に、一騎打ちを申し込む!」


「魔物だ! 魔物だぞ!」


 リュシアンの角を目にして、弾けるように、人々はいっせいに動いた。



「魔王軍がここまで入ってきた!」

「逃げろ、殺されるぞ!」


 人々は恐怖し、逃走をはじめ、馬車は人々が生み出す激流のような流れの中に取り残された。


「わ、私達も逃げましょう!」


 リーベラ家の従者も混乱して、私の背中を押しながら、馬車の外に飛び出した。私は強引に、外に押し出される。


「わっ・・・・!」


 その直後、混乱する人々に体当たりされて、私は転倒しそうになった。勢いに押されて、従者の手が私の手を離れ、間にできた隙間に、人々の土砂が流れ込んでくる。


「ルーナティア様!」


「あなたは逃げて! 私もすぐに追いかけるから!」


 返事は聞こえなかった。彼の姿は、逃げ惑う人々に押し流され、見えなくなってしまう。


 心配する必要はないだろう。リュシアン達が、無関係の町人を攻撃することはない。


(それよりも――――)


 私は流れに押し流されないように、馬車にしがみ付きながら、エセキアスの姿を探した。



 幸か不幸か、私が国王夫妻を乗せた馬車を見たのと、その馬車からエセキアスが飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。


 エセキアスはあたりを見まわして、すでに自分を守る盾はなくなったのだと気づき、青ざめる。


「エセキアス・カルデロン!」


 そんなエセキアスに、リュシアンが声を投げ付ける。


 エセキアスは、跳び上がりそうなほど驚いていた。


「俺と勝負しろ!」


 リュシアンは、巨大な鎌の形をした武器を持ち上げる。その刃のきらめきを見るなり、エセキアスは身を翻していた。



「ま、待ってください、陛下!」


 馬車の中に取り残されたスカーレットが、エセキアスを引き止めようとするも、彼は振り返ることさえしない。もはや妻や近習きんじゅうのことは、頭にないようだった。


 エセキアスは亜人あじん達から逃れるため、人々が流れる方向に向かおうとするも、亜人あじんが彼の前に立ちはだかる。


「ひっ・・・・!」

「魔物が、こっちにも出たぞ!」


 人々は蜘蛛の子を散らすように散っていって、エセキアスも一目散に路地に逃げ込んでいく。


「陛下、お待ちください! お一人では危険で――――ぐっ!」


 後を追いかけようとした衛兵と近習きんじゅうは、魔王軍の兵士に後頭部を殴られ、意識を失った。



 ――――予定通り、エセキアスを路地の中に誘い込むことができた。



 路地の中にはあらかじめ、仲間達が待機している。彼らを避け続けることで、エセキアスは〝予定された場所〟へと誘導されていくのだ。


 リュシアンと目が合った。私が頷きを返すと、リュシアンは不敵に笑う。


 彼はフードを被り直して馬車から降りると、群衆の流れに混じる。次の合流地点に向かったようだ。



 私も追いかけなければと、近くの路地に入った。人目がないことを確認して、ドレスを脱ぐ。


 作戦がはじまると、ドレスでは動きにくい。だからいざというときは脱げるように、シャツとパンタロンを着て、その上にドレスを纏い、出発した。

 冬とはいえ厚着のせいで、暑さや着ぶくれに悩まされたけれど、これでようやく、その煩わしさから解放される。



「ボス!」


 ドレスを脱ぎ捨てたところで、頭上から声が落ちてきた。


 建物の屋上を見上げると、ゴンサロの姿が見えた。

 そして、縄梯子が落ちてくる。

 私は縄梯子で屋上に登り、ゴンサロと合流した。


「うまくいったな、ボス!」


 作戦が予定通りに進んでいることに、喜びを隠せないのか、ゴンサロは満面の笑顔だった。


「まだ油断は禁物よ」

「わかってるって!」


 私はエセキアスが逃げ込んだ路地の先を見つめた。



「――――決着をつけるわよ」

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