魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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101_魔王の本領発揮

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 ――――遠くから、爆発音と、何かが崩れるような音が響いてきた。


 石畳の道を通じて、伝わってきた振動が、馬車を揺らす。窓ガラスがまるで怯えているように、カタカタと震えていた。


 音に遅れて、レースのような白煙がじわりじわりと、町に被さりはじめる。



「な、何の音だ?」


 列を守る兵士達は狼狽え、足並みが乱れていた。



(――――はじまった)



 建物が崩れていく音で、作戦のはじまりを実感し、否応なく緊張感が高まっていく。



「な、何が起こったんだ!?」

「わからん! だが巻き込まれる前に、逃げるぞ!」


 人々は轟音に怯えたのか、ここから離れようとしている。


(何としても、やり遂げないと)


 ――――魔王軍の運命を賭けた作戦がはじまったのだ。



 リュシアン達と話し合い、エセキアスが礼拝堂に行く日を狙おうと決めた。


 そして調査の結果、行列が途中で貧民街を横切ること、土地開発の名目で、その区域から住民が強制的な立ち退きを強いられたこと、老朽化した民家のほとんどが長い間廃屋となっていることがわかった。


 ――――廃屋をいくつか壊し、瓦礫で道を塞ぐ。さらには橋を崩落させて、エセキアスを、中洲のような区域に閉じ込める。――――そういう作戦だった。


 危険を察知したエセキアス達は、急いでオレウム城に引き返そうとするだろう。だけど彼らがいる位置は、城とは川で隔てられているため、選ぶ道は限られている。だから行列の進路が、予測しやすい。


 その道の途中に、リュシアン達が身を潜めている。

 エセキアスを乗せた馬車が通りかかったところで襲撃し、エセキアスを予定の区域に追い込む。


 廃屋の爆破も、橋の崩落も、人がいないことを念入りに確かめさせてから、実行する予定だった。外から聞こえてくる、負傷者はいないという声からも、リュシアン達が爆破前に、きちんと人払いをしてくれたことがわかる。



 私はこの騒ぎに乗じて、馬車を抜け出し、リュシアン達と合流する予定だ。


 だけど、私が動くのは今じゃない。


 リーベラ家の馬車は、エセキアスの馬車に続くはず。だったら今すぐ動くよりも、第二の作戦が決行される地点まで、馬車に乗っていたほうがいい。



「城に戻るぞ! ついてこい!」


 しばらくして、先頭からエセキアスの声が聞こえた。


 そして止まっていた列が、じわりと動き出す。列は蛇のように体をくねらせながら向きを変え、来た道を戻りはじめた。ここから一番近い橋を、渡るつもりのようだ。


(予想通りの判断ね)


 トリエル村で襲撃された時とは違い、エセキアスは今、王室の足場とも言えるブランデで、大勢の護衛に守られている。だから、慢心しているだろう。遠回りを避け、一刻も早く城に戻りたがるはずと私は予想していた。


 ――――その予想が当たったようだ。


(エセキアスがどんな判断をしたとしても、こちらの作戦に変更はないわ)


 予想が外れたとしても、構わない。リュシアン達は〝上〟から行列の動きを見て、場所を移動するので、エセキアス達が道順を変えたところで、作戦を変える必要はなかった。


 行列は警戒しながら、先に進む。さっきまで、まるで町全体が笑い声をあげているように騒がしかったのに、今は口をつぐんでいるように、音がしない。



 ――――そして、作戦は第二段階へ移行する。



「魔物が出たぞ!」


 川を渡るための橋に近づいたところで、後方からそんな声が上がった。


「魔物!? 魔物だと!?」


 魔物と聞いて、誰もが色めき立つ。


 確かめようと窓を開ければ、土砂のような勢いで、馬車の左右を駆け抜けていく人々が見えた。


「本当に魔物が出たのか!?」


 リーベラ家の従者が窓から身を乗り出していたけれど、この馬車の位置からは、何も見えないだろう。


 だけど魔物の出現が嘘ではないことは、必死の形相で逃げていく人々の姿が証明している。


「まさか、この騒ぎは魔物達の仕業なのか!?」

「奴ら、どうやってブランデに侵入した!?」


 警戒していたところに、火種を投げ込まれた形になり、現場はますます混乱していた。



(テルセロ達が動いてくれたようね)


 エセキアスの馬車は、スクトゥム騎士団に護られている。エンリケをはじめ、スクトゥム騎士団は精鋭ぞろいだ。


 正攻法では、エンリケ達を抑えておくことは難しい。それにエンリケ達と交戦中に、エセキアスは馬車で逃げてしまうだろう。


 だから、エセキアスを襲撃する前に、スクトゥム騎士団をエセキアスの馬車から引き離しておく必要があると考えた。


 そのために、テルセロに舞台を率いて、列の最後尾を襲撃してもらった。



「魔物だと!? ブランデの町に、魔物がいるとは! ブランデの守りは、一体どうなってるんだ!」


 エセキアスの声が聞こえてきた。


「エンリケ、今すぐ魔物どもを、追い払ってこい!」


 狙い通り、エセキアスはエンリケに命令する。


 エンリケを毛嫌いしているエセキアスだけれど、何だかんだ、危険に遭遇するとエンリケの力を頼る傾向にある。エセキアスはエンリケ個人を信頼していないのに、その力や騎士団をまとめる能力の高さは認めているのだ。


「しかし、陛下の護衛が――――」

「お前がいなくても、精鋭は大勢いる! いいから、行け!」

 命令され、エンリケは仕方なく動き出した。


 エンリケが、行列の間を通り、列の後方へ――――私達の馬車のほうへ近づいてくる。私はエンリケの気を散らさないために、馬車の中に引っ込んだ。


「エンリケ様!」


 だけど、誰かがエンリケを呼ぶ声を聞いて、私は思わず、窓の外を見てしまう。


「私、怖いわ! 一体、何が起こってるの!?」


 馬車の窓から身を乗り出して、エンリケに縋りついていたのは、キーラ様だった。キーラ様もバルバラ様と一緒に、礼拝の列に加わっていたようだ。


 エンリケとエレアノールの婚約が流れてから、キーラ様はわかりやすく、エンリケにアプローチしていた。バルバラ様も、そんな娘を応援しているようだ。


「大丈夫です。俺が確かめてきますから、お二人は馬車の中にいてください」


 エンリケはキーラ様の手をやんわりと押しかえし、事務的な対応をしていた。それでもめげずに、キーラ様はエンリケの手を握りしめる。


 私は思わず、その様子に見入ってしまっていた。



 ――――だからエンリケが振り返った時に、目を逸らすのが間に合わなかった。



「ルーナティア様」


 目が合うと、エンリケは私に近づいてきて、窓枠に手を置いた。



「お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫よ。爆発は遠かったもの」

「よかった・・・・」


 安堵したのか、エンリケの頬が緩む。私の身を案じてくれていたことが、その表情の変化から伝わってきて、胸が痛くなった。


 こんな大事件を起こした首謀者は、私だ。罪悪感で、心臓に糸が巻き付いているような痛みを覚えた。


「俺が戻るまで、陛下の側にいてください。色々と複雑な気持ちだと思いますが、今は陛下の側が一番安全です」


 エセキアスの側にいれば、必然的に彼を警護する兵士達に取り囲まれることになり、ついでという形ながら、護ってもらえるという考えのようだ。


「私のことは気にしないで。それよりも、あなたこそ気を付けるべきよ。襲撃を受けてるのよ」


 今は、感情を見せてはならない。わかっているのに、感情が揺れて、声の震えを止められなかった。


「危険だと思ったら、すぐに引いて、戻ってきて」


 目的は、エンリケ達をここから引き離すこと。だからテルセロ達には、スクトゥム騎士団と全面衝突するような事態になったら、すぐに撤退するようにと言ってある。テルセロ達だけではエンリケには勝てないし、どちらにも、傷ついてほしくなかった。


 ――――でも、戦闘の混乱の中では、何が起こるか予測できない。


 だから、不安を打ち消すことはできなかった。


「・・・・俺は、大丈夫です。これでも一応、騎士団を率いる身なので」


 エンリケはふっと笑う。



 それから、窓枠に置いた私の手に、自分の手を重ねた。



「すぐに戻ります。だからそれまで、気を付けてください」


「ええ・・・・」


 エンリケが馬車から離れ、その手も、私の手から離れていった。


「・・・・・・・・」


 不安に胸を焼かれながら、私はエンリケの後ろ姿を見送る。


 エンリケの姿が見えなくなってから、私はようやく、自分の横顔に注がれる視線に気づいた。


 キーラ様が、恨めしそうに私を睨んでいる。それにリーベラ家の従者も、身の置き所がないという仕草をしていた。


 まわりの人達のことを思いだして、私は今さら恥ずかしくなる。



(やり遂げないと)


 胸に手を当てて、衣服の下に身に付けた、カトレアの首飾りの感触を確かめる。



 ――――エセキアスの力を、奪わなければならない。ブランデの土地を灰に沈めないために、そしてここで暮らす大切な人達を守るために。



 決意を確かめて、私は毅然と顔を上げた。

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