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99_打楽器にされる頭
しおりを挟む「エンリケ。・・・・エンリケ!」
エドアルドの声で、俺は我に返った。
「ぼさっとするな。馬から落ちるぞ」
エドアルドにそう言われ、俺は手綱を強く握る。
――――月に一度の礼拝の日、俺はスクトゥム騎士団の団長として、近衛騎士団と協力し、国王夫妻の護衛に当たっていた。
大事な任務の最中だ。だというのに、エドアルドに話しかけられていることにも気づかないほど、意識が任務から離れてしまっていた。
「何度も名前を呼んだんだぞ」
「悪い、聞いてなかった」
「しっかりしろ。陛下の護衛中なんだぞ」
エドアルドに呆れたように睨まれ、俺は苦笑を返す。
(・・・・本調子を取り戻せてないな)
ルーナティア様と別れてから、ずっと心ここにあらずの状態だ。本調子を取り戻さなければと思っているのに、うまくいかない。
「・・・・まだ何か悩んでいるのか?」
エドアルドには、俺が本調子じゃないことを見抜かれているようだ。
「悪い、また上の空になってたか?」
「何か、悩み事があるんだろう? ここのところ、ずっと上の空じゃないか」
「・・・・・・・・」
「相談なら、いつでも聞く――――」
「おい!」
エセキアスが乗っている馬車のほうから、怒鳴り声が聞こえたと思ったら、後頭部に衝撃があった。
どうやら俺は、頭を殴られたらしい。こぶしで殴られたのか、かなりの衝撃で、目眩を覚える。
「馬車が揺れてるぞ! これ以上、揺らすんじゃない!」
エセキアスが馬車の窓から身を乗り出して、こぶしを突きだしていた。
「はい?」
「だから、馬車が揺れるんだ! 今すぐ、馬車の揺れを止めろ!」
一瞬、何を言われたのかわからずに、返事が遅れた。
「聞いてるのか、この馬鹿!」
するともう一発、頭を殴られた。
「聞いています。しかしこの辺りは悪路なので、多少の揺れも我慢するしかありません。この通りを過ぎれば、揺れも小さくなると思います」
馬車の揺れは、道路の不整備が原因だ。であれば、文句は道路整備を任されている大臣に言うべきで、護衛の俺に言われても対処のしようがない。
俺なりに正論を言ったつもりだが、理不尽なことにもう一発、頭にこぶしを食らうことになった。
「うるさい! とにかく揺らすな!」
言いたいことだけ言って、エセキアスは勢いよく、馬車の窓を閉めた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
泥よりも重たい沈黙が、俺達の間を漂う。
「・・・・今、考えていることを言ってもいいか?」
「・・・・やめてくれ、これ以上鬱になりたくないから、聞きたくない」
「今すぐ仕事を放棄して、遠い異国の地でのんびりしたい・・・・」
「言うなと言っただろ! だったら最初に聞くんじゃない!」
国王の弟、騎士団長なんて偉そうな立場にいても、結局は国王から、打楽器のように頭を叩かれる身の上だ。これならまだ、魔王と戦っていた時のほうがマシだった。
あの時は、国を守るために戦っているという実感があったからだ。
「陛下の護衛を任されるのは、騎士の誉れのはずなのに、昨晩は胃がきりきりと痛んで、眠れなかったぞ・・・・」
「護衛の任についているときは、エセキアスの機嫌次第で、叩かれたり、蹴られたりするからな・・・・」
顔を見合わせると、自然と口から、溜息が零れ落ちた。
「いや、真面目に職務に向かいあわなければ・・・・」
「そんなに気負うな、エドアルド」
あんな国王の警護でも、大事な任務だと必死に思い込もうとしているエドアルドが気の毒に思えてきて、俺は彼の肩を叩く。
「そんなに無理を重ねてると、身体を壊すぞ。それよりも、こんな時間は妄想で乗り切るんだ」
「職務中にいかがわしい妄想は――――」
「誰がいかがわしい妄想だと言った? 今、俺達は南国に旅行中で、陽気な人々に囲まれてると考えるんだ。それができれば、苦痛に満ちたこの時間も、楽しく刺激的な時間に思えてくるはず」
「陛下の機嫌次第で、頭を叩かれるのに、どうやって南国にいる気分になれって言うんだ?」
「南国では、道端で楽団が演奏していることもあるそうだ。その中には、太鼓担当の奴もいるだろう。たまたまその前を通りかかって、間違えて頭を叩かれたと思えばいい」
「どんな状況だ! それはそれでストレスが溜まるぞ!」
「うるさいぞ、貴様ら!」
妙な方向に話が盛り上がってしまい、またエセキアスに怒鳴られてしまった。幸い、エセキアスには会話の内容は聞かれずにすんだようだ。
「・・・・しばらくは黙っていよう」
「ああ、そうしよう」
「今日は大事な日だ。お前も職務に集中しろよ」
「大丈夫だ。・・・・言われなくても、今日だけは問題を起こしたくない」
するとエドアルドが、不思議そうに俺を見る。
「どうしたんだ? お前が真面目に答えるなんて、空から槍が降ってきそうで怖いぞ」
「・・・・おい、俺だって職務に真剣に取り組むことはあるさ」
「数十年の付き合いで、お前が心から真面目に、仕事に取り組んでいるところを見たことがない」
「・・・・・・・・」
ちらりと、列の後方を振り返る。
ルーナティア様が乗っているリーベラ家の馬車は、列の真ん中あたりにいるようだ。車輪が轍に嵌った影響で、他の馬車に追い抜かれたのだろう。
――――ルーナティア様が、久しぶりにブランデに戻ってきた。だから今日だけは何が何でも、波風が立たない、穏やかな一日にしておきたい。
元気そうで、本当に安心した。ここ数日は警護の準備で疲れていたが、彼女の笑顔が見られて、疲れが吹き飛んだ気がする。
(フラれたのに、未練がましいな・・・・)
自嘲的な笑みが零れる。
だが、久しぶりの帰郷を、何事もなく過ごしてほしいと願うことぐらいは、許されるはずだ。
「まあ、お前が職務に真面目に取り組む気になったことは、いいことだ。その調子で、今日は――――」
突然響いた轟音が、エドアルドの声を遮っていた。
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