魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
100 / 118

99_打楽器にされる頭

しおりを挟む


「エンリケ。・・・・エンリケ!」


 エドアルドの声で、俺は我に返った。


「ぼさっとするな。馬から落ちるぞ」


 エドアルドにそう言われ、俺は手綱を強く握る。



 ――――月に一度の礼拝の日、俺はスクトゥム騎士団の団長として、近衛騎士団と協力し、国王夫妻の護衛に当たっていた。


 大事な任務の最中だ。だというのに、エドアルドに話しかけられていることにも気づかないほど、意識が任務から離れてしまっていた。



「何度も名前を呼んだんだぞ」

「悪い、聞いてなかった」

「しっかりしろ。陛下の護衛中なんだぞ」


 エドアルドに呆れたように睨まれ、俺は苦笑を返す。


(・・・・本調子を取り戻せてないな)


 ルーナティア様と別れてから、ずっと心ここにあらずの状態だ。本調子を取り戻さなければと思っているのに、うまくいかない。


「・・・・まだ何か悩んでいるのか?」


 エドアルドには、俺が本調子じゃないことを見抜かれているようだ。


「悪い、また上の空になってたか?」

「何か、悩み事があるんだろう? ここのところ、ずっと上の空じゃないか」

「・・・・・・・・」

「相談なら、いつでも聞く――――」


「おい!」


 エセキアスが乗っている馬車のほうから、怒鳴り声が聞こえたと思ったら、後頭部に衝撃があった。


 どうやら俺は、頭を殴られたらしい。こぶしで殴られたのか、かなりの衝撃で、目眩を覚える。


「馬車が揺れてるぞ! これ以上、揺らすんじゃない!」


 エセキアスが馬車の窓から身を乗り出して、こぶしを突きだしていた。


「はい?」

「だから、馬車が揺れるんだ! 今すぐ、馬車の揺れを止めろ!」


 一瞬、何を言われたのかわからずに、返事が遅れた。


「聞いてるのか、この馬鹿!」


 するともう一発、頭を殴られた。


「聞いています。しかしこの辺りは悪路あくろなので、多少の揺れも我慢するしかありません。この通りを過ぎれば、揺れも小さくなると思います」


 馬車の揺れは、道路の不整備が原因だ。であれば、文句は道路整備を任されている大臣に言うべきで、護衛の俺に言われても対処のしようがない。


 俺なりに正論を言ったつもりだが、理不尽なことにもう一発、頭にこぶしを食らうことになった。


「うるさい! とにかく揺らすな!」


 言いたいことだけ言って、エセキアスは勢いよく、馬車の窓を閉めた。


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


 泥よりも重たい沈黙が、俺達の間を漂う。


「・・・・今、考えていることを言ってもいいか?」

「・・・・やめてくれ、これ以上鬱になりたくないから、聞きたくない」

「今すぐ仕事を放棄して、遠い異国の地でのんびりしたい・・・・」

「言うなと言っただろ! だったら最初に聞くんじゃない!」


 国王の弟、騎士団長なんて偉そうな立場にいても、結局は国王から、打楽器のように頭を叩かれる身の上だ。これならまだ、魔王と戦っていた時のほうがマシだった。


 あの時は、国を守るために戦っているという実感があったからだ。


「陛下の護衛を任されるのは、騎士の誉れのはずなのに、昨晩は胃がきりきりと痛んで、眠れなかったぞ・・・・」

「護衛の任についているときは、エセキアスの機嫌次第で、叩かれたり、蹴られたりするからな・・・・」


 顔を見合わせると、自然と口から、溜息が零れ落ちた。


「いや、真面目に職務に向かいあわなければ・・・・」

「そんなに気負うな、エドアルド」


 あんな国王の警護でも、大事な任務だと必死に思い込もうとしているエドアルドが気の毒に思えてきて、俺は彼の肩を叩く。


「そんなに無理を重ねてると、身体を壊すぞ。それよりも、こんな時間は妄想で乗り切るんだ」

「職務中にいかがわしい妄想は――――」

「誰がいかがわしい妄想だと言った? 今、俺達は南国に旅行中で、陽気な人々に囲まれてると考えるんだ。それができれば、苦痛に満ちたこの時間も、楽しく刺激的な時間に思えてくるはず」

「陛下の機嫌次第で、頭を叩かれるのに、どうやって南国にいる気分になれって言うんだ?」

「南国では、道端で楽団が演奏していることもあるそうだ。その中には、太鼓担当の奴もいるだろう。たまたまその前を通りかかって、間違えて頭を叩かれたと思えばいい」

「どんな状況だ! それはそれでストレスが溜まるぞ!」


「うるさいぞ、貴様ら!」


 妙な方向に話が盛り上がってしまい、またエセキアスに怒鳴られてしまった。幸い、エセキアスには会話の内容は聞かれずにすんだようだ。


「・・・・しばらくは黙っていよう」

「ああ、そうしよう」

「今日は大事な日だ。お前も職務に集中しろよ」

「大丈夫だ。・・・・言われなくても、今日だけは問題を起こしたくない」


 するとエドアルドが、不思議そうに俺を見る。


「どうしたんだ? お前が真面目に答えるなんて、空から槍が降ってきそうで怖いぞ」

「・・・・おい、俺だって職務に真剣に取り組むことはあるさ」

「数十年の付き合いで、お前が心から真面目に、仕事に取り組んでいるところを見たことがない」

「・・・・・・・・」


 ちらりと、列の後方を振り返る。


 ルーナティア様が乗っているリーベラ家の馬車は、列の真ん中あたりにいるようだ。車輪がわだちに嵌った影響で、他の馬車に追い抜かれたのだろう。


 ――――ルーナティア様が、久しぶりにブランデに戻ってきた。だから今日だけは何が何でも、波風が立たない、穏やかな一日にしておきたい。


 元気そうで、本当に安心した。ここ数日は警護の準備で疲れていたが、彼女の笑顔が見られて、疲れが吹き飛んだ気がする。


(フラれたのに、未練がましいな・・・・)


 自嘲的な笑みが零れる。


 だが、久しぶりの帰郷を、何事もなく過ごしてほしいと願うことぐらいは、許されるはずだ。



「まあ、お前が職務に真面目に取り組む気になったことは、いいことだ。その調子で、今日は――――」



 突然響いた轟音が、エドアルドの声を遮っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...