魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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98_なぜ出くわすの?

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(大勢の人がいるから、出くわすことはないと思ってたのに・・・・)


 修道院での出来事から、はや数週間、離れていた期間は決して短くない。だけど別れ際に、今生の別れのような態度を取ってしまったから、今さら再会なんて、気まずい上に気恥ずかしい。


「あの・・・・ルーナティア様?」

「・・・・!?」


 エンリケのことに集中するあまり、私は背後に立つ従者の気配に、まったく気づかなかった。驚きで身体が硬直し、しばらくは声が出なかった。


「お、驚かせてしまい、申し訳ありません。・・・・しかし、一体何をしているんですか?」


 私の不審者丸出しの行動が、彼らを戸惑わせてしまったようだ。


 呼吸を整えながら、私はエンリケがいた場所に目を戻す。


 従者に話しかけられている間に、エンリケは移動してしまったようだ。彼の姿は、見えなくなっていた。


「・・・・ルーナティア様? 大丈夫ですか?」

「・・・・ええ、大丈夫よ」


 胸に手を当て、深呼吸をした。


「もう馬車は動かせるの?」

「ええ、馬車に問題はなかったようです」

「それじゃ、出発しましょう」


 従者は頷き、馬車に乗り込むため、車体の反対側に回る。



 私も後に続こうとして、背後に誰かの気配を感じた。


「お久しぶりです、ルーナティア様」


「ぎゃあっ!」


 ――――さっきは喉で凍り付いて出てこなかった悲鳴が、今度は勢いよく、口から飛び出した。


 転がるように前に出て、背後の気配から距離を取る。早くなった呼吸を整えてから、私は勢いよく振り返り、後ろに立っていた人物を睨んだ。



「エンリケ! 驚かさないで!」


 エンリケは無邪気に笑う。


「すみません。そんなに驚かれるとは思わなかったので」


 そう言いつつ、エンリケはいつの間にか、馬を降りている。足音を消して近づいてきたのだから、私を驚かせる意図があったことは明白だ。


「嘘つかないで。私を驚かせる気満々だったでしょう?」

「本当に、そんなつもりはありませんでした」


 エンリケは白々しく、そう言ってのけた。


「じゃ、どうして馬を降りたの? 蹄の音で、近づいていることを気づかれるからでしょう?」

「俺が近づいていると悟られると、ルーナティア様が走って逃げそうな気配を感じたので」

「・・・・・・・・」


 とっさに違うと、否定できなかった。実際に気づかれそうになったら、私は全力で逃げていただろう。


「ルーナティア様を走らせてしまったら、転んで怪我をしてしまうかもしれません。ですから、馬から降りたんです」

「そっちの心配してたの!?」


 ついつい声が裏返ってしまった。


「馬鹿にしないで。そんなに毎回、転んだりしないわ!」

「・・・・俺の記憶が正しいなら、見かけるたびに、必ず一回は転ぶか、転びかけていたと思います」

「・・・・・・・・」


 心当たりが山ほどあったから、そんなことはない、と強く断言することはできなかった。


「しかし・・・・そこまで避けられてしまうとは・・・・少しショックです」


 エンリケの声がとたんに弱々しくなり、眉尻も下がってしまう。


「ち、違うわ! あなたを避けたんじゃなくて・・・・し、仕事の邪魔をしたくなかっただけよ!」


 苦しい言い訳だった。


 だけどエンリケの顔には、笑顔が戻っていた。傷ついたふりをしていただけのようだ。


「ブランデに戻ってきていたんですね」

「え、ええ・・・・礼拝に参加するために――――」



「団長」


 会話の途中で、パブロ卿が戻ってきた。地図の束を小脇に抱えた彼は、馬から降りて、エンリケの隣に並ぶ。


「地図を持ってきましたよ。これで――――あ」


 パブロ卿は私に気づくと、軽く会釈してくれた。


「お久しぶりです、ルーナティア様」

「ええ、久しぶり」


 パブロ卿が戻ってきてくれたことに、私は内心、安堵していた。エンリケと二人きりだと、冷静さを失って、おかしなことまで口走ってしまいそうだった。


「忙しいようだから、私はここで失礼するわ」


 これを口実に立ち去ろうと、私は素早くそう言った。エンリケは少しだけ、迷いを見せる。


「ルーナティア様、よければ後で――――」


「エンリケ、早く来い!」


 エンリケは何か言おうとしていたけれど、列の前方からアルフレド卿の声が飛んできて、閉口する。


「・・・・仕方ない」


 ゆっくり話をする暇などないと、エンリケは観念したようだった。


「それでは、俺はこれで」

「ええ、仕事を頑張ってね」


 私が小さく手を振ると、エンリケは微笑を返してくれた。


 私はしばらくの間、遠ざかっていくエンリケ達の後ろ姿を見つめていた。



「ルーナティア様、我々も出発しましょう」

「・・・・ええ」


 従者に声をかけられ、私は我に返り、馬車に乗り込んだ。

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