魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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96_エセキアスの寵愛の脆さ

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「私を脅すつもり!?」

「ええ、そう。私はあなたを脅してるの」

「今さらこんな脅しをしてくるなんて・・・・よっぽど私に王妃の座を奪われたことを、根に持っていたのね! もともとお飾りの王妃だったくせに!」


「あら、そんなことはないわ。私は、あなたに感謝している」


 私は笑って見せる。


「私に、感謝ですって・・・・?」

「あなたのおかげで、エセキアスの妻という役割から解放された。・・・・私には、荷が重かったもの。あなたとエセキアスがうまくいっているようで、何よりだわ。二人を引き合わせた甲斐があった」


 スカーレットは顎を引き、私の真意を探るような目付きになった。


「・・・・まるで、私を王妃にしてあげた、みたいな口ぶりね。それに恐れ多くも陛下を呼び捨てにするなんて――――どうかしてるわ。このことを陛下が知ったら、あなたのことをどう思うでしょうね?」

「怖くはないわ。それに、この会話は表には出ない。そうでしょう?」


 きっ、と眦を吊り上げて、スカーレットは一歩、私に近づいてくる。


「あんた、勘違いしすぎじゃない? あんたが以前はどんな立場にいたとしても、今では追い出された、惨めな女にすぎないじゃない。そんな女が、欲も王妃である私を脅そうと思ったものね!」


「・・・・勘違いしているのは、あなたのほうよ、スカーレット・メルトネンシス」


 見くびられては交渉がうまくいかないと思い、私は声から温度を消す。スカーレットは虚を突かれたのか、口をつぐむ。


「私は自分が、名ばかりの王妃だと知っていた。あなたは、そのことに気づいていないだけ」

「あんたと一緒にしないでくれる? 少なくとも私は、陛下に愛されている!」


「ええ、あなたは愛されている。でもあなたは、あの人の愛情の脆さに気づいていない。――――あなたのことを深く知っている男性がいると知っても、エセキアスは今までと変わらず、あなたを愛し続けてくれる?」


「――――」


 スカーレットは、喉に息を詰まらせる。


「エセキアスは、女性に理想を求める人よ。自分の伴侶となる人は、完璧で、傷一つない女性でなければならないと思っている」


 エセキアスは、相手の欠点や傷を受け入れたうえで、相手を丸ごと愛せるような、そんな男性じゃない。自分が求める基準を満たせないのなら、それは自分の相手ではないと、冷たく切り捨ててしまう。


 ――――だからスカーレットは、自分の中にある、エセキアスが〝傷〟だと思う部分を、必死に隠している。


「あなたは相手の心の機微を読み取ることに長けている人だから、彼の前では、彼好みの、傷一つない、完璧な女性を演じている。だから、うまくいってるんだとわかった。・・・・今さら、その仮面を外すわけにはいかないでしょう?」


 スカーレットと出会い、彼女と話をして、すぐに彼女の長所に気づいた。


 そして、なぜエセキアスが私のことを気に入らなかったのか、その理由も痛感した。


 彼女は人の心を読むことに長けているだけじゃなく、相手の理想に合わせて、カメレオンのように自分の色を塗り替えることができる。加えて、相手が望むならば、その場限りの嘘を言うことにも躊躇いがない。彼女は嘘に嘘を重ねて、相手を気持ちよくすることができるのだ。


 私も多少なりとも相手の気持ちを感じ取ることはできても、相手に合わせた演技や、相手を心地よくさせる言葉選びが得意じゃない。自分なりに、王妃らしい女性像を演じてきたつもりだったけれど、それはエセキアスが望む〝妻〟からは程遠かったのだろう。


 ただ、スカーレットも、彼女なりに見えないところで努力している。それを否定するつもりはない。



 ――――一度演じはじめれば、エセキアスの隣にいつづけるかぎり、彼女は仮面を被り続けなければならない。それはスカーレットのように、女優の才能がある女性にとっても、苦しい時間だろう。



「今あなたが持っている地位も、権力も、財産も、すべてエセキアスのものよ。あなたが一から、自分で築き上げたものじゃない。そしてエセキアスなら、あなたからそれを簡単に取り上げることができる。・・・・それは私の離婚の件で、あなたにもよくわかっているはず」


 王妃になって、その立場の弱さに気づいた。この国では、国王の力が強すぎるのだ。


 だから国王の愛情と、王妃の座はセットだ。地位も権力も財産も、彼女の腕の中にあるように見えても、実際はエセキアスから貸し出されているだけで、彼女のものじゃない。


 だからエセキアスの愛情が失われれば、彼女はあっさりと、権力とそれに不随ふずいするすべてを失う。それは賢い彼女には、よくわかっているはずだ。


「あ、あなたは私にたいして、何を求めてるのよ・・・・」


 恐怖を感じたのか、スカーレットの声は震えていた。


 彼女はずっと、私を手玉に取っているつもりでいた。良き相談相手を演じながら、私を、より良い相手を見つけるための、〝獲物〟と見ていた。


 でも実際は、私達はお互いを利用していた。私は、スカーレットが私を手玉に取ったつもりでいることを知っていたけれど、スカーレットは今の今まで、自分が手玉に取られているとは知らなかった。


「私があなたにたいして求めることは、二つよ、スカーレット」


 目を見開いて、私は彼女に迫る。


「一つは、暴走しがちなエセキアスを、宥める立場にいること。エセキアスが怒りを爆発しそうになったら、あなたが宥め、止めてあげて。あなたの力があれば、それができる」


 私では不機嫌なエセキアスをうまく宥めることはできなかったけれど、スカーレットはいち早く彼が求めている言葉に気づき、それを与えることができるはず。


「次に、王妃としての分別を守って。王妃の仕事が難しいのなら、すべて他人任せでも構わないわ。王妃としての立場で許される贅沢なら、いくらでもするといい。・・・・でも王妃として最低限、守るべき分別はあるはず。――――賭博に国庫のお金を流用するなんて、もっての外よ」


 さらに顔を近づけて、目で威圧すると、スカーレットの顔はますます青ざめていった。


「賭博がしたいのなら、使うのは自分のお金だけにして。国庫にあるお金は、あなたに浪費されるためだけにあるんじゃない」

「・・・・・・・・」


「もしあなたがまた、賭博のために国のお金を使いこむようなことをすれば――――私も、最後の手段を取らせてもらうと、警告しておくわ」


 私は彼女に顔を近づける。



 近くで見ると、彼女の緑色の瞳が、はっきりと見えた。


 その瞳は、いつもは生き生きと輝いているのに、今は瞳の奥で、焚火のような恐怖がちらついている。



「愛する人に重ねていた理想像が崩れた時、エセキアスがどんな手段に出るのか、それは私にも予測できない」


「・・・・・・・・」


「だからこそ――――今後は慎重に行動して」


 それ以上の言葉は必要ないと思い、私は身を翻した。


 私が部屋を出るまで、スカーレットは一言も声を発することはなかった。




     ※     ※     ※




 ――――リュシアンの報告では、それからスカーレットは、人が変わったように大人しくなったらしい。


 浪費癖は相変わらずだけれど、賭博はやめたそうだ。あくまでも王妃として許される範囲内の浪費で、思い留まっている。


 だけど、スカーレットは破天荒な女性だ。


 忍耐がいつまで続くかわからないから、今後も彼女の動向には気を付けなければならないと、私は自分を戒めた。



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