魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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94_賭博が大好きな困った王妃様

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 それから、訓練の日々が始まった。


 王室に嫁ぎながら、何らかの理由で王室を離れなければならなかった女性に支給される年金を使い、亜人あじん達の隠家として、私はブランデの労働階級が多い地区にに、大きめの古民家を借りた。


 夜に訓練するため、私の昼夜は逆転し、夜食は朝食になったけれど、意外に早く、その暮らしに順応することができた。


 楽天家の亜人あじん達は私より早くこの暮らしに馴染み、毎夜繁華街の騒がしさや、夜景を楽しんでいるようだった。



「ボス! ボス!」


 その最悪の一報は、みんなと一緒に夜食を食べている時にもたらされた。



「問題発生だ!」


 問題発生と繰り返しながら、地下に駆け下りてきたのは、偵察に出かけていたリュシアンだった。


「どうしたの、リュシアン」

「酒場で泥酔してた近習きんじゅうの会話を盗み聞いてたら、とんでもないことがわかったんだ。新しい王妃様に関することだ」

「なんだ、なんだ」


 夢中でパンを頬張っていた亜人あじん達が、リュシアンの話に興味を持ち、わらわらと私達のまわりに集まってきた。


 古民家は広いけれど、何しろ人数が多いので、十分なスペースがあるとは言い難い。大柄の男達に取り囲まれると、それだけで窒息しそうな息苦しさがあった。


「ちょっと、みんな、静かにして!」


 私は注意する。ここの床材は軋みやすいらしく、隣家からよくクレームが入るから、あまり物音を立てないように注意しなければならなかった。


「リュシアン、こっちで話しましょう」


 私はリュシアンの背中を押した。


「あなた達はまず、パンを食べ終えて」

「えー!? 面白そうな話なら、俺達にも聞かせてくれよ!」


 ゴンサロの不満を聞き流して、私達は二人だけで会話ができる場所に移動した。


 リュシアンの報告の内容は、耳を疑うようなものだった。



「――――スカーレットが、国庫のお金を使い込んでる?」


「そうらしい」


 リュシアンも珍しく、真剣な表情になっていた。



「貴族連中が毎夜賭け事に興じてるそうなんだけど、スカーレットっていう女も参加してて、何度も負けてるんだそうだ。それで借金塗れになってるらしいんだけど、本人に支払える額じゃないんで、国の借金として扱われているらしい」

「まさか、そんな・・・・」


 頭痛がして、私は額を押さえた。


「あの女、とんでもない奴だな。浪費癖がひどくて、ドレスや宝石類を買い漁ったうえに、賭博だぞ? 国王の寵愛を盾に、好き勝手やってやがる」

「・・・・・・・・」


「――――エセキアスにあの女を引き合わせたのは、ボスなんだろう?」


 リュシアンに指摘されて、私は肩を縮める。


「その判断は正しかったのか?」

「ま、魔王としての仕事に専念するには、ああするしかなかったの。・・・・まさかスカーレットの浪費癖が、ここまでひどかったなんて・・・・」


 既婚者の国王を誘惑し、王妃の座を奪うような人なのだから、物欲や権力欲が強い人物だろうということはわかっていた。


 私だって、スカーレットのことを信頼したわけじゃない。



 むしろその逆で、信用できないと思っていたから、彼女をエセキアスに引き合わせる前に身辺調査をして、金遣いが荒いことも突き止めていた。


 その金遣いの荒さが、国庫に負担をかけるレベルだったのは、予想外だったけれど。


 だけどエセキアスの癇癪を静めることができるのはスカーレットだけだし、私が阻んだところで、いずれ二人は出会うことになる。だから不安要素があることを知りつつ、いったんはスカーレットに、王妃の座を任せることにした。


 前世でも、スカーレットは国庫のお金を使い込んでいたのだろうか。


 侍女達は私が気落ちしないように、私の前では頑なに、スカーレットの話題を避けていた。だから私は、彼女の暮らしぶりの実態を知ることがないまま、一度目の人生を終えた。


 だけど今の状況をかんがみれば、きっと前世でも彼女は同じようにお金を使い込んでいたのだろう。


 結婚式の前日から、やり直せると知っていたのなら、スカーレットのことを侍女達に根掘り葉掘り聞いて、情報収集しておいたのに、と悔しく思う。



「・・・・でも、大丈夫よ。手は打ってある。――――何の予防線も張らずに、詐欺をしていた女性を王妃にしたりしないわ」


 私だって、少しは成長している。上辺だけのおべっかを信じてしまい、何度も痛い目を見ることになった前世を教訓に、今世ではきちんと予防線を張るようにしていた。



「なにかいい方法があるのか?」


「ええ。・・・・私に任せて」


 不安そうにしているリュシアンを安心させるため、私はとびっきりの笑顔を浮かべてみせた。



     ※     ※     ※



 次の日、私はスカーレットに会うため、オレウム城に向かった。


「王妃様はご気分が優れないので、今日はお会いになられないそうです」


 門前で出迎えてくれた二人の門衛もんえいは、私を敷地内にすら入れようとせず、文字通り、〝門前払い〟しようとしていた。


「後日、出直していただけるでしょうか?」

「そう・・・・」


 予想通りの展開だった。すでに用済みとなった私に、スカーレットは会うことすらしたくないようだ。


 ――――だけど私も、このまま引き下がるつもりはない。



「でも、それでは困ります。緊急事態ですので」


 私はにこりと笑って、食い下がった。


「そう言われましても・・・・」

「ここでは話しにくい内容なんです」


 門衛もんえいが断りを入れる前に、私は強引に、彼らの声を遮る。


「スカーレット妃殿下の過去の人間関係について、よくない風評が流れているようなんです。このままでは妃殿下の名誉が傷つけられると思い、ご相談せねばと馳せ参じました。・・・・しかしながらこの場所でそのことをお話するのは、少し差し障りがあるかと・・・・」


 含みを持たせつつ、先を濁して言葉を切ると、門衛もんえいの顔色が変わる。



 スカーレットは王宮に入る前、詐欺まがいの方法で、お金を稼いでいた。


 フアナに聞いたところ、スカーレットの〝前職〟のことは、下女や下男ですら知っている公然の事実らしい。


 けれども誰も、世間話の合間ですら、その話題を出さないそうだ。


 うっかりその点に触れ、聞き耳を立てていた腰巾着に密告されてしまったら、城を追い出されるだけではすまない。だから彼らは、そろって口を閉ざしているらしい。


 ただスカーレットが自分の悪事を、まわりに詳しく話しているとは思えないから、彼らが知っているのは、彼女の悪事の障りだけだろう。


 だから適当なことを言えば、門衛もんえいには、私が嘘をついているかどうか判断できない。迂闊に私を追い返すこともできなくなると踏んだ。



 ――――狙いは当たったようだ。



「・・・・妃殿下に伝えてまいりますので、少々、ここでお待ちください」


 二人の門衛もんえい達は小声で話し合った後、そう言った。


「ええ、いつまでも待ちますから、ゆっくりと話し合ってとお伝えください」


 私は元王妃として、余裕ある態度を見せておいた。
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