魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

文字の大きさ
上 下
91 / 118

90_感謝

しおりを挟む


 その後私は再び馬車に乗り込んだが、放心状態で、エレウシス修道院のアーチ形の入口に立っても、なかなか扉を開ける決心がつかなかった。



 そんな私の意識を、玄関の扉が開く音が、目覚まし時計の音のように叩き起こす。


「・・・・お父様?」


 偶然にも、玄関から出てきたのはルーナティアだった。


「ああ、ルーナティアか」

「ここで何をしていらっしゃるんですか?」

「お前に会いに来たんだ。・・・・修道院の暮らしはどうだ?」


 言葉を慎重に選びながら、問いかけた。


 ルーナティアは私やエレアノール以上に、殿下と親しくなったようだ。であれば、これ以上殿下の不興を買わないよう、今後はルーナティアへの発言にも注意しなければならない。


「問題なく過ごせています。ここの方達は、みな優しい方ばかりだわ」

「そうか。・・・・その――――何か必要なものはあるか? 必要なものがあるなら、私が用意して届けさせるが」

「え?」


 ルーナティアは大きく目を開き、瞼を忙しく開閉した。


「何だ? どうして驚く?」

「いえ・・・・お父様にそんなことを聞かれるとは思っていなかったので・・・・」

「・・・・・・・・」


 それほど驚かれるようなことだったのかと、私のほうが衝撃を受ける。


「必要なものはあるのか?」

「いえ、大丈夫です。今の生活で十分、事足りていますから」

「そうか・・・・」


 ルーナティアの答えは、予想通りだった。

 この子は昔から、私を頼ろうとしない。


 視線を下げて、ルーナティアが手に、スコップを握っていることに気づいた。さらによく見ると、手がかなり荒れている。


(・・・・そういえばこの修道院では、農作業をしているんだったな・・・・)


 以前、ここを訪れたことがあるが、修道女達は見るからに貧しい生活を送っていた。エセキアス陛下の経済対策は失敗し、カーヌスの経済は不調だ。寄進の額も減っているのだろう。


(殿下が言った通り、寄付金の額を増やすことが、一番の支援なのかもしれない)


 そうすれば、修道女達の食卓は少しばかり、豊かになるだろう。


「ここで立ち話もなんですし、中へどうぞ。修道長様は、礼拝堂にいらっしゃいます」


 ルーナティアは横へ移動して、中に入るよう、うながしてきた。


「いや、いい。お前の様子を見に来ただけで、長居をするつもりはない」

「でも・・・・」

「それから、ここでの暮らしは少し貧しすぎるようだな。寄付金を増やし、必要なものがあれば送るようにする。足りないものがあるならば、手紙をよこしてくれ。すぐに届けさせよう」


 またルーナティアは、驚きで目を見張った。


「あ、ありがとうございます。修道長様やアイリーンも、喜ぶでしょう」


 驚きながらも、私の言葉は喜んでいるようだ。彼女の態度が和らいだのを感じ、この隙に、と私はルーナティアに耳打ちする。


「・・・・ルーナティア、お前は殿下と親しいようだな」

「・・・・!」


 問いかけると、なぜかルーナティアは顔を強ばらせた。


「殿下から、もっとお前を気にかけるようにと注意を受けた。確かに今までは、私の配慮が足りなかったかもしれない。今後は気を付けるようにしよう」

「・・・・・・・・」

「もし次に、お前が殿下と会ったら、私がお前を気遣っていたと伝えてくれ」


 ルーナティアの目が、すっと細められる。


「・・・・お父様、心配は無用です。今後私のことで、お父様がエンリケの怒りを買うことはないでしょう」

「そ、そうか」


 ルーナティアの声が低くなったことに戸惑いつつ、私は安堵した。


「エンリケの・・・・殿下の心遣いに、本当に感謝します・・・・」


 ルーナティアは噛みしめるように言って、自分の胸に手を当てる。


「うむ。殿下にも感謝しなさい」


「ええ、殿下に感謝します」


 ルーナティアは、穏やかに笑った。




     ※     ※     ※




「カルデロン卿が、寄進してくださったの」


 カルデロン卿が去ってから数日後、修道長様の部屋を訪ねると、修道長様は開口一番に、そう教えてくれた。


「カルデロン卿が? 本当ですか?」

「ええ、私達の暮らしを見て、支援が必要だと思ってくださったようだわ」

「やっぱり、カルデロン卿はお優しいのね!」


 その優しさに、私は感動する。


 多忙のため、仕方なくカルデロン卿はブランデに帰ってしまったけれど、あの一件以降、魔物が出没することも、野菜を盗まれるという被害もなくなった。おかげで私達は安心して、以前のように、穏やかな日々を送れている。


 すべては、カルデロン卿と、スクトゥム騎士団の騎士の方々のおかげだ。


「しかも、今年、寄付金の額を増やしてくださったのは、カルデロン卿だけじゃないのよ。リーベラ家も、信じられない寄付金をくださったわ」

「リーベラ家が? ・・・・なぜでしょう?」


 リーベラと聞いて、私の気持ちは暗くなった。リーベラ家がルーナティア様にした仕打ちを見て、その名前にいい感情を抱けなくなっていたのだ。


「ルーナティア様のためでしょう。リーベラ卿から、ルーナティア様を頼むという言伝も預かってるから」

「・・・・だったら他にも、ルーナティア様のためにしてあげることがたくさんあったはずなのに」

「ええ、そうね。・・・・ルーナティア様にした仕打ちを、反省したのかもしれないわ。だから罪滅ぼしのために、寄進してくださったのかも」

「・・・・・・・・」


 リーベラ卿が贖罪だと考え、寄進したのだとしたら、方法を間違えていると思ったけれど、それを言葉にはできなかった。リーベラ卿にどんな思惑があるのか、それは外部の人間が知りようがないことだ。家族の問題なのだから、私達が口を挟むことじゃない。


「でもカルデロン卿は、色んなところに寄付をしていると聞いています。ここにも寄進して、大丈夫なんでしょうか?」


 心配になって呟くと、修道長様は笑う。


「馬鹿ね。カルデロン卿がカーヌスで一番の富豪だってことは、あなたも知ってるでしょう? 目が回るような金額を、毎日動かしてるんだから。寄付金の額を増やしたぐらいで、カルデロン家の財政が悪化するなんてことは、天地が引っくり返ってもありえないわ」

「そ、それもそうですね・・・・」


 カルデロン家が所有する土地は広大で、国王ほどじゃないにしろ、カルデロン卿もかなりの資産家だ。


 カルデロン家の資産がどれほどの額なのか、私では想像すらできない。きっと、修道長様が言う通り、私達が動揺で直視できなくなるような額なのだろう。


「私、このことをルーナティア様に知らせてきます」

「あ、駄目よ!」


 喜ばしい知らせだから、すぐにルーナティア様に教えてあげたかったのに、なぜか修道長様に止められた。


「このことは、ルーナティア様には黙っていて」

「どうしてですか?」

「カルデロン卿に口止めされているの。寄進のことは、ルーナティア様には隠しておいてほしい、って」


 私は首を傾げる。


「なぜでしょう?」

「理由はおっしゃらなかったわ。聞くわけにはいかないから・・・・でも、お二人は複雑な関係よ。きっと色々な事情があるんでしょう」

「そうですね・・・・」

「でも、ルーナティア様のことは大事に思っているようよ。ルーナティア様のことを頼むと言われたし、彼女が何かを必要としている時は、伝えてほしいとおっしゃっていたもの。縁は切れてしまうけれど、影ながら力になりたい、と」



 国王と、裏切られた王妃、その国王の弟――――複雑な関係なのに、再会した時の二人は、とても仲良しに見えた。


 ルーナティア様が魔物と遭遇した翌日は、なぜか少し距離があったように見えたけれど、ここを去るその時まで、カルデロン卿の態度からは、ルーナティア様を大切に思っていることが伝わってきた。



「だからこのことは、私達だけの秘密にしておきましょう」

「わかりました」

「修道院にいる間は、私達でルーナティア様をお支えするのよ」

「はい!」

「それでは、今日も一日頑張りましょう」


 私達は笑いあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...