魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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86_問いかけ

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「ルーナティア様には、行動を御してくれるお目付け役が必要です」


 エンリケも立ち上がって、そう言った。


「だから人のことを、暴れ馬みたいに言わないで!」



「・・・・リーベラ卿が付き人をつけてくれれば、その人がお目付け役になってくれたでしょう」


 エンリケの声が冷たく尖ったことに気づいて、私は彼の顔を覗き込んだ。


「・・・・お父上にたいして、怒りを感じませんか?」


 そう問いかけてきたエンリケの顔は、真剣そのものだった。突然の変化に、私は戸惑う。


「どういうこと?」


「リーベラ卿は、陛下が粗暴な人物であることを知りながら、あなたを嫁がせました。今回のことでも、あなたを守ろうとしていない」


「――――」


 思いがけないことを聞かれて、声が出なくなる。


 ――――そのことについては、考えたこともない。


 二度目の人生で、私は自分の生き方を見直し、エセキアスの凶行を止めようと走りまわった。だけどお父様に関しては、変わってほしいとすら思わなかった。



「・・・・何も思わないわ。もう、ずっと前から家族との距離は遠くて、他人のような感覚なの。期待していないからかしら、何も感じない」


 ようやく答えを出すと、その答えがすんなりと胸の中に落ちてきた。


 ――――ずいぶん前から、リーベラ家には、私の居場所はなかった。険悪だった夫婦仲の影響で、お父様は私への愛情をとっくに失っていたし、エレアノールの母親も私のことを見下していた。


 両親から抱えきれないほどの愛情を注がれ、のびのびと育っていくエレアノールを横目に見ているのは、つらかった。姉妹でも区別され、反応が違う。エレアノールが美人で社交的だったから、比べられると自己嫌悪に陥った。


 だからある日お父様に呼び出され、別宅で暮らすようにと言われたときには、捨てられたという怒りもあったけれど、同時に安堵感もあった。


 ――――三人から離れられれば、仲良しの三人家族の様子を、外側から眺めずにすむ。それだけでも、気が楽だった。



「・・・・私なら、大丈夫よ、エンリケ。心配しないで」


 エンリケが私のために怒ってくれていることが伝わってきて、嬉しかった。


(エンリケが、私の脱走の件を問い詰めなかったのは、エセキアスの粗暴さを知っているからなのね)


 どうしてエンリケが、私の脱走の理由を問いつめてこなかったのか、それが不思議だった。


 でも、エンリケにはわかっていたのだ。エセキアスが粗暴な人物で、私がその暴力に怯えていることを。


 エンリケは私が、エセキアスの暴力から逃げようとしたと考えたから、問いただそうとしなかったのだろう。脱走の理由を誤魔化すことに協力してくれたのも、私の立場ではエセキアスの暴力のことを誰にも訴えられないと、配慮してくれたからなのだ。


(兄弟だものね。・・・・知らないはずがない)


 エセキアスとエンリケは、別々の家で育てられたと聞いているけれど、兄弟である以上、時々は会っていたはず。――――もしかしたらエンリケも、エセキアスに暴力を振るわれたことがあるのかもしれない。



「・・・・俺も、あなたに謝罪すべきなのかもしれません」


 エンリケの言葉に、ぎょっとした。


「どうしてそんな風に思うの?」

「陛下の妻になる人が苦労することを知っていたのに、俺は結婚を止めなかった。・・・・俺に、リーベラ卿を責める権利はありませんね」

「それは違うわ、エンリケ」


 慌てて、口を挟む。


「誰かが担わなければならなかった役目だもの。それに、あなたには結婚を止められなかったんだから、気に病む必要はないわ」


 王室関係者と、リーベラ家の間で取り決められた、契約のようなものだ。エンリケには、口を挟む権利はないし、非もない。


 それでもエンリケなりに、罪悪感を感じてきたのだろう。


 その罪悪感を取り除きたくて、私は言葉を捜す。


「・・・・確かに、落ち込んだことは何度もあったけど、その時の経験から、強くなる方法を学んだの。だから私の身に起こったことすべてが、悪いことばかりじゃなかったと、今では言えるようになったわ」


 今、強く、前向きになれたからと、前世の私に降りかかった不幸を全部、肯定する気にはなれない。


 ただ私は、二度目のチャンスを与えてもらった。そして、最悪の運命から脱出する道を、模索することができている。――――だから今は、恨み言は言わないようにしようと思っていた。


 ――――それに、今のエンリケの言葉で、救われた気がした。


 ずっと私は、自分のことを、透明人間だと感じてきた。私が何をしようと、誰一人、私には関心がないのだろう。そう、諦めていた。



 でも今は魔王城に仲間がいて、ブランデにも、エンリケという私を気遣ってくれる存在がいる。



「だから、気にしないで。私はこの通り、大丈夫だから。それにここの暮らし、意外に楽しかったもの」


 私が笑うと、エンリケの表情がようやく、和らいだ。


「ルーナティア様が、この場所での暮らしを満喫しているようでよかったです。もし修道院での暮らしに耐えられず、泣き暮らしているようだったら、無理やりでも連れ帰るつもりでしたから」

「何を言うのよ。それに、ここの暮らしに耐えられないなんて、アイリーン達に失礼よ」

「その人に合う、合わないがありますから。それに本人が自分から修道院に入るのと、ルーナティア様のようにまわりの意向によって、無理やりここに入れられる人では、気持ちの持ちようが違います」

「そうかもしれないけど・・・・私は、ここの暮らしは嫌いじゃないわ」


 たとえ貧しくとも、エレアノールの母親が女主人として支配するリーベラ家に戻るよりは、修道院のほうがずっと気が楽だ。どんな場所でも、馴染むために努力しようと覚悟して、ここにきた。


 だから優しい人達ばかりでよかったと、心から思っている。


「ここが優しい場所で、よかった」

「ええ、そうよ。だから、大丈夫」


 エンリケは私のことを心配してくれていたのだろう。


 でも、そんな心配はもう必要ないということを信じてもらうため、私は飛び切りの笑顔を浮かべてみせた。


 顔を上げたエンリケは、眩しそうに目を細めた。


「ですが、やっぱり時々は帰る場所が欲しいのでは?」

「そうね。確かに時々は、退屈を感じるわ」


 雄大な自然の中の暮らし――――といえば聞こえはいいけれど、一方で変化が乏しい毎日だ。騒がしい都市部での暮らしに慣れていたせいか、時々どうしても、退屈だと感じてしまう瞬間がある。


「退屈に耐え兼ねたら、ブランデに戻ってきてください」

「そうしたいのは山々だけど・・・・実家には戻りたくないの」

「俺の屋敷を、宿代わりに使ってください。いつまでも、いてくれていいんです」

「ありがとう。でも、もう家族じゃなくなった人の家に、泊まることなんてできないわ」

「家族・・・・」

「前は、義姉と義弟という関係だったでしょ? その時なら、親戚を訪ねるという口実で会いに行っても問題なかったかもしれないけど、今は無理よ。夫でも親戚でもない男性の家に泊まるなんて、悪い噂を立てられてしまうわ」

「俺は噂を気にしません。それに変装すれば、誰もルーナティア様だとは気づかないはずです。俺の屋敷の使用人は、口が堅い者達ばかりですから」

「私のことはいいのよ。もう散々、好き勝手に言われてるから。・・・・それよりも、問題はあなたのことでしょ、エンリケ」


 私はエンリケに顔を近づける。エンリケは面食らったのか、顎を引いた。


「エレアノールとの破談で、あなたにも悪い噂が流れてるはずよ。そんな時期に、あなたが見知らぬ女性を屋敷に連れ込んでいると知ったら、町の人達はどう思う? 今後あなたには、縁談がたくさん舞い込んでくるんだから、いい相手を見つけるためにも評価には気を付けないと」

「・・・・・・・・」


 エンリケは困ったように笑っていた。その反応を見て、余所者になってしまった私が、このデリケートな問題に踏み込むべきじゃなかったと反省した。


「・・・・ごめんなさい。私が口を挟むべきことじゃなかったわね」

「そうじゃないんです。ただ――――」


 エンリケは何かを言いかけたけれど、途中で口ごもってしまう。


「・・・・ルーナティア様、一つ質問してもいいですか?」

「何かしら?」


「もし、あなたを慕っている人が現れて、結婚を申し込んできたら――――どうしますか?」


 虚を突かれて、声が喉に詰まる。


(どうしてそんな質問を?)


 エンリケは、私の目の奥を覗き込んでくる。眼差しが強すぎて、目を逸らしたい衝動に駆られた。


「・・・・そんな人、いないと思うわ」


 どんなに想像力を働かせても、私に求婚してくる男性が思い浮かばなかったから、そう言うしかなかった。


「そんなことありません。きっと・・・・どこかにいるはずです」

「・・・・・・・・」


 質問の意図がわからない。でも、エンリケは真剣そのものだ。はぐらかしたり、適当な答えは言えないと思った。


「たとえ、そんなもの好きな人がいたんだとしても・・・・私にはどうにもできない」

「断るということですか?」

「正直・・・・考えることも苦手なの」


 エセキアスとのこともあり、私は誰かとそういう関係になることに、すっかり及び腰になってしまった。自分にはもう二度とそんな機会はないだろうし、なくても構わないと思うようになっている。


「・・・・負担に感じますか?」

「そう・・・・感じることもあるかもしれない」


 こうしてこの話題に触れているだけでも、落ち着かずに目が泳いでしまう。


 不意にエンリケが腕を持ち上げ、私の頬に触れる。


 突然のことで、私は動けなかった。


「時間を巻き戻すことができるなら、陛下との結婚が決まる前に――――」



「団長」


 ――――ノックの音とともに、エルミニオ卿の声が聞こえて、私は現実に引き戻された。


「どうした?」


 エンリケも少し動揺したのか、声がわずかに揺れている。


「周辺を捜索しましたが、魔物らしき影は見当たりませんでした。間違いなく、逃げたようです」

「そうか。・・・・わかった。みんなには休むように伝えてくれ」

「わかりました」


 報告を終えると、エルミニオ卿はすぐに退室し、再び私達は、二人きりになった。


 だけど私達を取りまく空気は、さっきとは様変わりしている。エルミニオ卿の声で、急に現実が戻ってきたように感じて、夢心地はあっさり消え失せてしまった。後にはただ、気まずさだけが残っている。



(・・・・エンリケにたいして、心を許し過ぎだわ)



 自分があまりにも、エンリケに心を許し過ぎていることに気づいて、私は気持ちを引きしめる。



 ――――エンリケは優しくて、いつも親身になってくれる。だけどエンリケが私に優しいのは、私の正体を知らないからだ。魔王だと知られれば、エンリケとは敵対する運命なのだということを、あらためて自分に言い聞かせなければならなかった。


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