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84_カーヌス側の魔王
しおりを挟む「ボス、危ない!」
叫びながら、リュシアン達は後ろに飛び退いた。
不意に視界の外から飛んできた火の玉が、リュシアン達の足元に被弾した。
幸い、リュシアン達は被弾前に飛び退いていた。だけど衝撃は大きく、地面は抉られ、宙に舞った土の塊が被さってくる。
「あっ・・・・!」
私は驚きで硬直したけれど、直後、誰かの腕に引き寄せられていた。
「エンリケ!」
首をよじって見上げると、エンリケの顔がそこにあった。
「お怪我はありませんか?」
「え、ええ・・・・」
「よかった。――――少しの間、じっとしててください」
エンリケは私を一方の腕の中に閉じ込めると、もう一方の手を前に突き出した。
その腕に、蛇のような炎が巻き付き、火の粉のような光をばらまく。
――――炎の魔法が発動される、その前兆だと気づいた。
「待っ――――」
止めようとしたけれど、間に合わなかった。
私の声を掻き消そうとするように、爆音が轟く。エンリケの魔法が、再び地面に巨大な穴を穿って、砂埃を高く高く舞い上げた。
「なんであいつがいるんだよぉっ!」
「あいつマジで怖いって! 怖すぎるって! あいつこそ魔王だろ!」
リュシアン達の泣き言が聞こえた。
けれどさすがというべきか、リュシアン達の逃げ足は信じられないほど速かった。爆音の直後だというのに、その声はもう遠い。
砂埃の緞帳が折り畳まれるように地面に沈んだ後は、リュシアン達の姿も綺麗に消えていた。点々と残る足跡も途切れている。
「・・・・逃がしたか」
どうやらリュシアン達は、逃げおおせたらしい。エンリケの声には苛立ちが滲んでいたけれど、反対に私は安堵していた。
「何事だ!?」
騒ぎを聞きつけて、アルフレド卿やアイリーン達が外に飛び出してきた。そして抉れた大地に愕然として、穴の手前に呆然と立ち尽くす。
「エンリケ、お前何をしたんだ!?」
「魔物が出たんだ」
「魔物!? どこにいるんですか!?」
三人の騎士は自分達の出番だと、剣の柄に手を伸ばした。
「もう逃げた」
「えー・・・・」
パブロ卿達は気合をぶつける対象を失い、立ち尽くしている。
「足音が残ってるみたいですけど、追いかけますか?」
「いや、逃げ足が速い魔物のようだから、もう追いつけないだろう」
エンリケはそう言いながら、上着を脱いで、私の肩にかけてくれた。それだけじゃなく、なぜか襟を合わせる。
「・・・・そのお姿を他の者に見せるわけにはいかないので、襟をしっかりと締めていてください」
「あ・・・・」
彼のその行動で、自分が寝衣姿だということを思い出した。急に恥ずかしくなって、首までしっかりとボタンを留める。
「・・・・というか、状況を考えると、野菜泥棒も魔物の仕業だったようですね」
モデスト卿の視線の先には、リュシアン達に地面から掘り起こされた上に、エンリケの魔法でとどめを刺され、無残な姿で転がっている大根がある。
「・・・・そのようだな。野菜を食べる魔物とはいかに・・・・」
「今は魔物ですら、栄養学を考える時代なのかもしれない。・・・・俺達も、進化せねば」
妙に生真面目なところがあるのか、モデスト卿がしたり顔でそんなことを言っていた。
魔物が野菜を食べているという事実が、スクトゥム騎士団の騎士達の価値観まで、変えてしまったようだ。
私が何気なく言い放った、野菜も食べなさいという一言が、こんなに大きく波及するとは思ってもいなかった。何気ない一言のつもりでも、とんでもない結果を招いてしまうことを学び、今後は発言に気を付けようと深く反省した。
「魔物を追い払うために、魔法を使ったのか・・・・だとしても、やりすぎじゃないか? ひどい有様だぞ」
エンリケの魔法は地面を穴だらけにして、その周辺に土を撒き散らしていた。痕跡から魔法の威力をあらためて感じて、私は息を呑む。
「悪い・・・・ルーナティア様が近くにいるのを見て、力の制御ができなかった」
「うっ・・・・」
エンリケの言葉で、私に注目が集まる。
「ルーナティア様は外にいたのか?」
「ああ、魔物の前に立っていた」
「ルーナティア様、どうしてお一人で、外に出たりしたんですか?」
アルフレド卿は詰問するような口調で、問いかけてくる。
「そ、それは――――野菜泥棒かと思って――――」
「まさか、お一人で野菜泥棒を捕まえようとしたんですか?」
――――なんて無茶なことを。突き刺さってくる視線が、言葉よりも雄弁に、私を問いただしてくる。
「せ、説教しようと思って・・・・」
「無茶です、ルーナティア様。魔物に、説教など通じません」
「そ、そんなことないわ! ここは畑で、人の野菜を盗んじゃいけないって説得したら、きちんと理解してくれたもの!」
「・・・・・・・・」
アルフレド卿達は反論しなかったものの、私の話をまるで信じていない様子だった。真実を話しているのに、信じてもらえないことを悔しく思いつつ、私は口をつぐむ。
「とにかく、こんな無茶はしないでください。本気で寿命が縮みました」
「ご、ごめんなさい・・・・」
私の前に立ったエンリケは、何かに気づいたのか、視線を下げていく。
「まさか、靴も履かずに出てきてしまったんですか?」
「え? あっ・・・・」
泥だらけの自分の素足を見て、靴を履き忘れていたことに気づいた。
「痛い・・・・」
不思議なことに、自分が素足だと気づくと、それまで感じなかった足裏に痛みを覚える。
「きっと小石か何かで、足裏を傷つけてしまったんでしょう。見せてください」
「だ、大丈夫よ!」
私の前に跪こうとするエンリケを、慌てて止めた。
「無茶しすぎです、ルーナティア様」
全身に感じる呆れた視線を痛く感じ、私は俯いた。
「騒ぎを大きくして、ごめんなさい。中に戻りましょう。このままじゃ、夜風で風邪を引いちゃうわ」
私は身を翻し、修道院の入口に向かって歩き出す。足裏に、ひびわれのような痛みを感じたけれど、もう気にしていられなかった。
――――後ろにエンリケの気配を感じた瞬間、足が地面から離れる。
「きゃあ!」
私は、エンリケに抱き上げられていた。
「な、何を・・・・!」
「足の怪我が悪化します。少しの間、我慢してください」
まわりも呆気に取られている。視線の集中砲火を浴びて、私はいたたまれない気持ちになる。きっと今の私の顔は、トマトのように真っ赤になっているはずだ。
「ベルナルド、桶に水を入れて、ルーナティア様の部屋まで持ってきてくれ」
「了解です」
エルミニオ卿は身を翻して、水場のほうへ走っていった。
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