魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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83_野菜泥棒の意外すぎる動機

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 ――――そして修道院に、夜が訪れる。


 私は自分の部屋に戻り、寝衣に着替えると、靴を脱ぎ、髪を梳かした。


(エンリケ達も、同じ建物にいるのよね・・・・不思議な気分だわ)


 エンリケ達が現れてから、修道女達は終始ご機嫌で、夢心地を楽しんでいるようだった。


 エンリケのほうも上機嫌で、農作業まで手伝ってくれた。


 エンリケにつられる形で、他の騎士まで農作業に駆り出されることになる。彼らも最初は不平不満を零していたものの、舞い上がったヘルタ達が褒め称えるものだから、いつの間にか上機嫌になっていて、最後には自分から手伝いを申し出てくれるようになった。


「カルデロン卿は、本当に気さくな方だわ」


 貴族階級で、英雄とまで呼ばれたエンリケ達が、農作業の手伝いまでしてくれたことに、アイリーン達は感激していた。確かにここに派兵されたのが別の兵士だったなら、こんな状況はありえなかっただろう。



(修道院のまわりに出没してるって魔物は、リュシアン達なのかしら・・・・)


 夜が更けても、頭に浮かぶのはその疑問ばかりだった。


 室内の明るさと外の闇の対比で、窓ガラスは塗り潰されたように暗く、草原と山の輪郭がわずかに見えるだけだった。

 窓というよりは黒い鏡のようで、後ろのテーブルに置いている蝋燭の光が、宝石のように窓の中で輝いている。


(リュシアン達がこの付近をうろついているんだとしたら、大変だわ。今は、ここにはエンリケ達がいるのに・・・・)


 ヘルタが目撃した魔物がリュシアン達だとしたら、発見されてエンリケ達と戦う羽目になる前に、私が問いたださなければ。



 ――――その時、窓の外で人影らしきものが動いた気がした。



「・・・・っ!?」


 慌てて、窓ガラスに飛びつく。


 だけど室内の明るさのせいで、外がよく見えない。私は蝋燭を吹き消し、窓の外に目を凝らした。


(・・・・やっぱり、誰かいる!)


 建物の周辺をうろつく人影が、確かに見えた。


 私の部屋は修道院の裏手に面していて、裏手には畑がある。――――だとしたら、私が今目にしている人影は、野菜泥棒の可能性が高い。


 それがリュシアン達かもしれないと思うと、いてもたってもいられず、私は衝動的に修道院を飛び出していた。



「誰だ!」


 全速力で裏手まで走ると、私に気づいた〝野菜泥棒〟が声を発する。


 ――――聞き覚えがある声だった。


「やっぱり、あなた達だったの!?」



 闇にまぎれて、畑の大根を引き抜こうとしていたのは、リュシアンとゴンサロだった。


 ――――信じたくなかったけれど、その現場を目撃すると、リュシアン達が野菜泥棒をしていた事実を、受け入れなければならなかった。



「ボス!? ボスなのか!? なんでここに!?」


 リュシアン達のほうも驚いている。


「なんでって・・・・この修道院で暮らしてるからよ!」


 私は修道院を指差す。


 リュシアン達の目が、さらに大きく見開かれた。


「え? ここ、人暮らしてんの? 廃墟かと思った」

「ちょっと! 確かに少しぼろいけど、歴史ある建物なのよ!」


 カーヌスでは重要な、歴史ある建物なのに、その価値をまるでわかってなさそうなリュシアン達に、少しムッとする。


「・・・・いえ、今はカーヌスの歴史について、語ってる場合じゃないわね」


 私は深呼吸して、あらためてリュシアン達を見据えた。


「なんで野菜を持っていこうとしてるの!」


 リュシアン達は、自分達が持っている大根の葉の部分を見下ろす。


「野菜も食えって、ボスが言ったんだぞ」

「確かに野菜を食べなさいと言ったけど、畑から盗めとは言ってないわ!」

「盗む・・・・?」


 リュシアンは不思議そうに、目を瞬かせる。事態の深刻さを、まったくわかっていない顔だ。


「どうして、野菜泥棒なんてしたのよ!」

「野菜泥棒・・・・?」


 修道女達が丹精込めて育ててきた大根を、今まさに地中から引っこ抜こうとする現場を目撃されながら、リュシアン達は何を言われているのかわからないという顔をしていた。


「俺達が、何を盗んだって?」

「今まさに、私達の畑から、大根を盗もうとしてるじゃない!」


 リュシアン達は呆気に取られて、自分の足元を見下ろした。そして地中から白い頭だけ出している大根と、私の顔を何度も見比べた。



「勝手に生えている大根を引っこ抜いてるだけだぞ?」


「なっ――――」


 ――――話が噛み合わない理由が、わかった。



 リュシアン達には、盗みをしているという自覚がない。この一角が畑だと知らず、自生していた野菜を集めているだけという認識のようだ。



「まさかここ、畑なのか!?」


「いまさら気づいたの!?」


 その言葉に、呆れ返る。


「そうよ、ここは畑なの! だからあなた達がしてたことは、盗みなのよ! 自然に生えた野菜が、こんなに整然と並んでるはずないじゃない!」

「ごめん・・・・でも俺達、今までひたすら肉ばっか食ってて、野菜を集めようとしたことがなかったから、野菜がどんな風に生えてるかなんて気にしたことなかったし・・・・」

「ボスに野菜を食えって言われて、最近ようやく野菜を捜しはじめたんだ。野菜なんて、そこらへんに勝手に生えてるもんだと思ってたけど・・・・違うの?」

「・・・・・・・・」


 頭痛がして、返事をする気力すらなくなった。


 確かに、仕方がない一面もあるのかもしれない。畑は柵で囲われているわけでもなく、畑と他の場所を区別するような立札もない。


 亜人あじん達は夜行性なので、夜目が利くとはいえ、夜の景色の中では畑の輪郭は見えにくかっただろう。そもそも昼行性ちゅうこうせいの修道女達とは活動時間がまったく違うので、出くわすことはなく、この修道院で人が暮らしていることにすら、気づけなかったようだ。


「とにかく、その野菜はもとに戻して」

「は、はい!」

「それから、修道院の人達に謝罪の手紙を送って、今まで食べた分を弁償するのよ!」

「え? べ、弁償?」


 弁償と聞いて、ゴンサロは狼狽える。


「・・・・いやでももう食っちまったから、出すしかねえけど・・・・」

「なんで排泄物を返そうとしてるのよ! 新手の嫌がらせじゃない! 別の野菜を持ってくるって話よ!」

「ああ、そういうことか・・・・」

「野菜が見つからないのなら、狩りで捕れた獲物でもいいわ。ここの人達は基本的に菜食だけれど、週に何度か、肉食が許されてるから」


 宗教上の理由から、修道院で出される食事は、穀物と野菜が中心だけれど、月に何度か、肉食が許される日がある。その時なら、リュシアン達の〝弁償〟も役立てられるかもしれない。


「わかった、それなら――――」


 ずっと困惑顔だったリュシアン達が、ようやく笑ってくれたけれど、直後にまた、その顔は警戒で強張る。

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