魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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82_話を誇張するにしても、ほどほどにしておこう

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 振り返ると、ヘルタと、彼女と仲がいい修道女がこちらをちらちら見ていた。私達と目が合うと、ヘルタはもじもじしながら、近づいてくる。


「あ、あの、カルデロン卿・・・・」

「どうしました?」


 エンリケはさっそく、完璧な外交用の笑顔を浮かべる。


「お願いしたいことがあるんです。聞いてもらえるでしょうか」

「俺にできることなら」


 エンリケの返事に、ヘルタはぱっと顔を輝かせる。


「で、では、オディウム討伐のお話を聞かせてもらえませんか?」


 きっとヘルタは、エンリケと出会った瞬間から、その願いを口にしたくて仕方がなかったのだろう。気負うあまり、身体が前のめりになっていた。


「オディウム討伐の話ですか・・・・」


 エンリケは苦笑する。エンリケの反応を見て、ヘルタの笑顔は萎んでしまった。


「や、やっぱり迷惑ですよね・・・・」

「いえ、そんなことはありませんよ。・・・・ただ、面白い話ではないと思います。みなさんを退屈な気分にさせてしまうでしょう」


「そ、そんなことありません! 魔王オディウムを倒した話ですよ! カルデロン卿は、とてもすごいことを成し遂げたんです!」


 ヘルタ達はこぶしをぐっと固め、エンリケを褒め称える。その純粋無垢な賞賛を聞いて、エンリケも断ることができなくなったようだ。


「わかりました、そこまでご所望なら、お話します」

「ありがとうございます!」


 ヘルタ達は跳びはね、全身で喜びを表現する。


「立ち話もなんですから、座って話しましょう」

「ええ、そうですね」


 私達は食堂に戻り、テーブルを挟んで向かいあった。


「それで、何から話しましょうか」

「カルデロン卿は、オディウムに攫われたルーナティア様を捜して、白煙の樹海に向かわれたんですよね?」

「攫われた・・・・」


 いつの間にか、私の脱走の話は、誘拐という言葉に変わっていた。噂話として伝わっていくにつれて、わかりやすく、誘拐という言葉にすり替わっていったのだろう。


「ええ、ルーナティア様が残した痕跡をたどり、白煙の樹海へ行きました。そこで無事、ルーナティア様を保護することができたんですが――――」

「そこで、魔王オディウムが出てきたんですね!」

「ええ、でかいトカゲみたいな奴でした」

「・・・・・・・・え?」


 ヘルタ達は目を丸くして、銅像のように固まってしまう。



「え、エンリケ!」


 この反応はまずいと思い、私は慌てて、エンリケに耳打ちする。


「ヘルタ達はきっと、英雄譚を望んでるんだと思うの! だからありのままじゃなく、少し誇張して話してあげて!」


 明らかにヘルタ達が求めているのは、怪物を倒す勇者の英雄譚であり、ありのままのエンリケの感想じゃない。


 そもそもオディウムのあの姿は、私の目にはまごうことなき怪物として映ったけれど、エンリケは最初から大きなトカゲだと言い切っていた。エンリケの感覚はおかしいのだ。


「ごめんなさい、あなたも大変なのはわかってるんだけど・・・・ヘルタ達のために、少し話を大げさにしてくれない?」


 エンリケ達は魔物を討伐するために来てくれたのに、そんなことまでお願いするのは心苦しかったけれど、この瞬間を待ち望んでいたヘルタ達を、落胆させたくなかった。


「わかりました、ようは、面白おかしく話せばいいんですよね? そういうのは得意です、お任せください」


 エンリケは笑顔で引き受けてくれた。


「ありがとう!」

「ルーナティア様のためなら、これぐらい、お安い御用です」


 話し合いを終えて、私達はあらためてヘルタ達に向きなおる。


「魔王オディウムは、トカゲのような姿をしていたんですか?」


「ええ、魔王オディウムは爬虫類に似ていて、体表は緑色の鱗で覆われていました。その姿は、そうですね・・・・首が短いドラゴンのようでもありました。蝙蝠のような羽を広げた姿は実に雄々しく、前に立つと敵ながら畏怖を感じました」


「まあ、ドラゴン!」


 ヘルタ達はその姿を想像したのか、青ざめ、口に手を当てる。


「・・・・・・・・」

「魔王は、『王妃を取り戻したければ、私を倒せ』と宣告し、炎を放ってきました。部下が魔法盾で攻撃を防いでくれたものの、一瞬でも反応が遅れていたら、私達は消し炭になっていたでしょう」

「炎を放つなんて・・・・怖いわ・・・・」

「やはり、魔王は恐ろしい存在だったのね・・・・」

「おまけに魔王は、自身の身体をまわりの景色に同化させる能力を持っていて、私が攻撃すると、その能力で隠れてしまいました。私は懸命に魔王の位置を探ろうとしましたが、魔王は巧妙に木々の合間に隠れ、私達に位置を悟られまいとしていました」

「魔王オディウムは、そんな強力な力まで持っていたんですか!?」


 ヘルタが叫ぶ。


「ええ、実に恐ろしい能力です」

「・・・・・・・・」


 大筋は間違ってはいない。間違ってはいないのだけれど、エンリケの演技がかった口調に、違和感を覚える。


「そんな存在と、カルデロン卿はどうやって戦ったんですか?」

「濃霧の流れの中に、わずかに滞留している部分を見つけ、攻撃を仕掛けました。幸い私の攻撃は命中し、オディウムは『私の身体に傷をつけたのは、お前がはじめてだ』と叫びました」


(オディウムはそんなこと言ってない・・・・)


 心の中でツッコミを入れたものの、話に夢中になっているヘルタ達の前で、それを言葉にすることは躊躇われた。


(話のおおまかな流れは、間違っていないものね・・・・)


 オディウムの姿はトカゲのようでもあり、首が短いドラゴンのようでもあった。そして背景と同化する能力を使って、エンリケ達を攪乱かくらんした。


 ――――エンリケと交戦中は、オディウムは実際には一言も発していないのだけれど、そこは話を盛り上げるために必要な誇張だと解釈し、私は口を挟みたい気持ちを、ぐっと堪える。



「不利になるとオディウムは上空に舞い上がり、上空から攻撃を仕掛けてきました。私は木の枝を足場にして跳び上がり、オディウムの羽を斬りました。オディウムは片翼になり――――」


「ストップ、エンリケ!」


 ――――誇張の反意を超えた捏造がはじまって、私は慌てて止めに入る。



 ヘルタ達は、私の突然の制止に驚いていた。一方エンリケは、怪訝そうな顔で私を見る。


「どうかしましたか、ルーナティア様」

「ちょっと話があるの。こっちで話しましょう」


 ヘルタ達に話を聞かれないよう、エンリケの腕を引っ張って彼女達から引き離した。なぜか、アルフレド卿までついてくる。


「エンリケ、そこまで誇張しなくていいのよ!」


 誇張して、と頼んだのは私だけれど、さすがにありもしなかった空中戦の話までされると、口を挟まずにはいられなかった。


「これぐらい、話を大きくしたほうがいいと思ったんですが、駄目でしたか?」

「空中戦は駄目でしょ。・・・・というか、即興でよくそんなにすらすら出てくるわね・・・・」

「オディウム討伐直後は、とにかく英雄的物語を聞きたがる人達が多かったので、そういう人達を喜ばせるため、ロマンス小説のようなきらびやかな物語を即興で作ることもできるようになりました」

「臨機応変なのね! 羨ましいわ! ・・・・一体、あなたの頭の中はどうなってるのかしら・・・・」

「真面目に考えないほうがいいですよ、ルーナティア様。というか、真面目に考えても、こいつの頭の中はわかりませんから」


 そう言ったのは、アルフレド卿だ。


「エンリケは昔から、息を吐くように話を誇張する奴でしたから」

「おい、俺に虚言癖があるような言い方をするんじゃない」

「虚言癖はないが、多少の誇張癖はあるだろう?」

「それはまあ・・・・否定はしない」

「否定しないの!?」

「聞いていてハラハラする英雄譚を望んでいる相手には誇張した話を、どうせ誇張してるんだろうと決めてかかっている相手には、実際の戦いから装飾的な表現を取り除いた、泥臭い話をするというのが俺のやり方です。前者は物語を望んでいるので、演劇的な話をすれば満足してくれますし、後者は少しでも誇張していると感じる部分に噛みついてくるので、泥臭い話に変えれば、難癖をつけられるのを避けられます」


「た、例えば、どんな風に話を変えるの?」


 その点が気になって、聞かずにはいられなかった。


「例えですか? そうですね・・・・」


 エンリケは腕を組む。


「前者はオディウムの姿が雄々しいドラゴンであることを望み、後者は実際はそれほど巨大でもない、わにのような姿だったと言えば満足しますね」

「で、でも、人によって話の内容をころころ変えてたら、違う話を聞いた人達の間で話が噛み合わなくなって、どちらが真実なのかって問いつめられるんじゃない?」

「大丈夫、それにも対応しています。その場合は、どちらにも納得できる話に作り変えればいいんです」

「無理だろ! ドラゴンとわに、その二つをどうやって擦り合わせるって言うんだ?」

「雄々しく、神秘的なドラゴン――――かと思いましたが、よく見ると意外に小さいわにでした、って話す」

「いや、それで納得させるの、無理だろ!」

「大丈夫だ、その場の雰囲気とごり押しでなんとか納得させる。実際、それでうまくいってきた」


 アルフレド卿の怒涛のツッコミにも、エンリケは平然と返し続けた。この態度で、自分が招いた数々のピンチも乗り切ってきたのだろう。


「本当に口八丁なのね・・・・羨ましいわ・・・・」


 エンリケの口八丁ぶりに呆れつつ、羨ましいと思わずにはいられなかった。私に、その能力の四分の一でもあれば、王妃という立場を押し付けられても、もう少しうまく立ち回ることができただろう。


「それで、この先は話をどう進めるつもりなの?」

「空中戦で、俺がオディウムの腕を回転斬りで切り落としたことにしようと思ってましたが・・・・」

「だから捏造しすぎなんだってば!」


「ありもしなかった空中戦を捏造するんじゃない。手堅く、地上戦で話をまとめておけ」


「わかった、その範囲でできうるかぎり誇張しよう」


 とりあえず、誇張の方向性は決まったようだ。

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