魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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80_野菜泥棒

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 私達はカルデロン一行を修道院の中に招き入れ、食堂まで案内した。


 歓待できる客間があればよかったのだけれど、貧しい修道院には大勢の人を歓待できる場所は、食堂しかない。


「ありがとうございます」


 椅子を勧め、紅茶を出すと、カルデロン卿はお礼を言ってくれた。


(腰が低いという噂は、本当だったのね)


 感激しつつ、私は座る場所を探したけれど、すでにカルデロン卿の隣の席は、ヘルタに奪われてしまっていた。ヘルタを恨めしく思い、睨みつけたけれど、ヘルタはどこ吹く風だ。


 もう一方の席には、ルーナティア様が座っていた。ヘルタのように椅子取りゲームに勝利したわけじゃなく、先にルーナティア様が座り、後からカルデロン卿が彼女の隣の席を選んだのだ。



「騎士様、粗品ですが、どうぞ」


 レイラはそつなく、他の方々の前にお菓子を出しながら、とびっきりの笑顔でアピールする。ほとんどの方はお礼を言うだけだったけれど、中には顔を赤らめる方もいた。


(・・・・みんな全然、俗世への欲を捨てられてないじゃない・・・・)


 欲に塗れた俗世への執心を捨て、ここに来たはずなのに――――レイラたちがスクトゥム騎士団の騎士達に向ける目は、欲望でぎらついている。


 私は頭痛を覚えたけれど、私自身、カルデロン卿に会えたことで舞い上がったところを見られてしまっているので、今さら説教できない。


「ねえ、ねえ、アイリーン! よく見たら、他の方々も素敵よね!」


 私が隣に座るなり、レイラが小声で話しかけてきた。


「静かに! ・・・・レイラ、あなたは俗世を捨てた身でしょ? 浮ついたことは言わないの」

「何よっ! あなたこそ、興が醒めるようなことを言わないでちょうだい」


 レイラは膨れっ面になる。


「スクトゥム騎士団の人達が、かっこよすぎるのがいけないのよ! もしここに来たのが、人相が悪いもじゃもじゃ髭のおじさんだったら、私だって一瞬で俗世に引き戻されることもなかったんだから!」

「とんでもない言いがかりね・・・・」


 レイラの言い分に、頭が痛くなった。



「たいしたおもてなしができず、申し訳ありません。なにぶん、この修道院は貧しいので・・・・」

「いえいえ、俺達のほうも、まさかこんな歓待を受けるなんて思ってなかったですから、感激しています」


 思わぬ歓待ぶりに戸惑っているのか、騎士の一人がうなじを掻く。亜麻色の髪の彼は、リノ・パブロと名乗ってくれた。


「・・・・辺境に魔物退治に行くって団長から聞いたときは、頭が痛くなったけど・・・・こんなに歓迎されるなら、来てよかったかも」

「また団長が変なことを言いだしたと思ってたけど、たまにはいいことがあるものなんだな」

「そうだろう、そうだろう、俺に感謝しろ」

「・・・・団長の思い付きの九割がくだらないという事実は、絶対に揺るぎませんけどね」


 ひときわ背が高い騎士の一言で、他の団員が笑う。驚くほど身体が大きい彼は、ベルナルドと呼ばれていた。


「スクトゥム騎士団の方々が駆け付けてくれるなら、誰もが私達のように喜ぶのでは?」


 私がそう言うと、パブロ卿は渋面になった。


「・・・・だったらいいんですけどね。俺達は命を張ってるのに、世の中には、来るのが当然、みたいな態度を取る人もいるんですよ・・・・」

「まあ、それはひどいですね・・・・」

「でしょう!」


「リノ、俺達は愚痴を聞いてもらうためにここに来たんじゃないぞ」


 アルフレド卿から鋭く注意され、パブロ卿は口をつぐむ。


「すみません、みなさん。愚痴を聞かせてしまって・・・・」

「いいえ、いいんですよ。私達はこの通り、変化のない生活を送ってますから、騎士様の話を聞くだけで、とっても楽しいです!」

「でしょ!?」


 パブロ卿は笑顔を花咲かせたけれど、またアルフレド卿に睨まれ、顔を背けていた。



「まずは、到着が遅れたことを謝罪させてください」


 アルフレド卿があらたまった様子で、そう切り出した。


「手紙の到着が遅れたんですか?」

「そんなことはありません。二週間前には、派兵を要請する書面は届いていたようです」

「もしかして、カルデロン卿が多忙で、時間が取れなかったからでしょうか」

「いえ・・・・書面を受けとった者が、この事案を重要だとは判断せず、先送りにしていたようで・・・・」


 アルフレド卿はそこで、言い淀んでしまう。



 薄々、そんな気がしていた。以前魔物の討伐に訪れてくれた方々が、ひどく面倒くさそうにしていたのも、彼らにとって私達の身の安全など、〝些細なこと〟でしかなかったからだろう。


(でも、カルデロン卿達は私達を見捨てずに、ここまで来てくださったんだもの。それで十分よね)


 彼らが怠慢だったから、カルデロン卿がここに来てくれることになったのだ。そう考えると、憤りは吹き飛んだ。



「そろそろ、本題に入るべきでしょう」

「ええ、そうね」


 ルーナティア様が、アルフレド卿に同意する。


「安全に魔物を討伐するために、いくつか作戦を考えておきましょう。アイリーンさん、その魔物について、詳しい話を――――」

「その前に、ここでの暮らしについて聞かせてくれませんか?」


 ルーナティア様が話を進めようとすると、カルデロン卿がそれを遮った。


「エンリケ、あなたは仕事でここに来たんでしょう? 私のことよりも、出没するという魔物について、詳しく聞いておいたほうがいいんじゃないかしら?」

「どのみち、討伐するには、魔物の出現を待つしかありません。ですからそれまでは、ゆっくりと構えていましょう」

「それじゃ、魔物が出てくるまで、ここにいてくれるんですね!?」


 ヘルタは喜んで、テーブルに身を乗り出した。


「ええ、来た以上、何の成果も出さずに帰るわけにはいきませんからね」

「どうしよう、部屋の掃除をしないと!」


 ヘルタは立ち上がり、あたふたと動き出そうとする。


「落ち着いて、ヘルタ。今すぐ掃除をする必要はないわ。話を終えてから、みんなで協力して掃除をしましょう」

「そ、それもそうね・・・・」


 ヘルタは着席して、恥ずかしそうに俯いた。


「ここでの暮らしは順調よ。みんないい人達ばかりで、とても助かってるわ」

「さっきは農作業をしていたようですね」

「ええ、小さな畑だけれど、色んな野菜を植えてるみたい。私、生まれて初めて芋を掘り出したの!」


 ルーナティア様が笑うと、カルデロン卿は眩しそうに目を細める。


「楽しそうで、よかったです。何か足りないものはありませんか? 必要なものがあるなら、遠慮せずにおっしゃってください」

「ありがとう。でも大丈夫よ。不足は感じてないもの」


 カルデロン卿の目が動く。何かを捜して食堂内を彷徨った後、彼の目はルーナティア様の顔に戻っていた。


「・・・・ここには、あなた方だけですか? リーベラ家の付き人は・・・・」

「あ・・・・」



 その話題に気まずさを覚え、みんなの笑顔は一気に萎んでしまった。


 修道院に入るときに、リーベラ家がルーナティア様に一人の付き人もつけなかったことは、デリケートな問題だ。だからその話題に触れないようにしようという暗黙のルールが、いつの間にか私達の間でできあがっていた。


 ルーナティア様も少し寂しそうに笑う。



「ここへは、一人で来たの」

「一人で?」


 とたんに、カルデロン卿の顔が険しくなる。


「・・・・リーベラ卿は、付き人の一人もつけてくれなかったんですか?」

「ええ、でも大丈夫よ。ほとんどのことは、一人でできるから」

「・・・・・・・・」


 室温が、少し下がったように感じられた。ついさっきまでカルデロン卿はとてもにこやかだったのに、今はその声から、わずかな怒りが感じられる。


「そ、そんな話よりも、魔物について話し合いましょう」


 空気を変えようとしたのか、ルーナティア様が強引に、話題を魔物のことに切り替えた。


「魔物の特徴について、教えてくれない?」

「え、ええ・・・・」


 カルデロン卿の様子を見て、私も話を変えたほうがいいと思い、ルーナティア様の言葉に頷いた。


「魔物を目撃したのは、ヘルタなんです。ヘルタ、騎士様に、魔物を目撃した時の状況と、特徴を話してさしあげて」

「わ、わかったわ」


 自分に集まる視線を感じると、ヘルタは背筋を伸ばし、深呼吸した。そして口を大きく開く。


「あれは、山菜を取りに行こうと、山道を登っている時の出来事でした。藪が揺れたので獣がいるんだろうと警戒して、私、とっさに近くの木立の中に隠れたんです」


 ヘルタは声を震わせながら、胸の前でぎゅっとこぶしを握る。少し演技がかっていると思ったものの、カルデロン卿達の手前、注意できなかった。


「そ、そうしたら、藪の中から人型の魔物が出てきたんです!」


「人型? 人型なのに、どうして魔物だと断定できたんです? もしかしたら、旅人の可能性も――――」



「いいえ、あれは魔物です。だって頭の側頭部から、羊のような角が生えていたんですもの! とっても大きな角でした!」



 声を大きくしながら、ヘルタは指で、宙に角の形を描いて見せた。


 ヘルタの勢いに、カルデロン卿達の目は丸くなる。



「・・・・・・・・え?」



 誰よりも驚いて、呆然としていたのはルーナティア様だった。
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