魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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79_元王妃と騎士団長

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「エンリケ、任務って言ってたけど、何の任務なの?」


 ルーナティア様の無邪気な質問で、空気が凍り付いた。カルデロン卿達は、虚をつかれたような反応を見せる。


「魔物の討伐の件ですが・・・・もしかして、ご存知ない?」


「魔物?」


 ――――もう隠す意味もないから、魔物が出没している件や、野菜泥棒の件を打ち明けるしかない。


 だけど、誰がそれをルーナティア様に説明するのか。隠していたこともあり、気が進まない。私達は目配せでその役目を押し付け合ったけれど、ヘルタ達が目を逸らして逃げるから、結局私が話をするしかなくなった。



「申し訳ありません、ルーナティア様。お話しなければと、思ってはいたのですが・・・・」


 そうして私は、このあたりに魔物が出没するようになったこと、野菜泥棒まででてきていることを簡単に説明した。


「ま、魔物・・・・」


 話を聞き終えたルーナティア様は、動揺を隠しきれていなかった。


「ご安心を。俺達がすぐに討伐しますので」


 すかさず、カルデロン卿がそう言ってくれる。


「あ、ありがとう・・・・さすが、頼りになるわ」


 カルデロン卿の言葉の一つ一つにうっとりしているヘルタ達とは対照的に、ルーナティア様はただただ、混乱しているように見えた。


「だけど、どうしてあなたが魔物討伐の任務に就いたの? 辺境の魔物退治なんて、あなた達の仕事じゃないでしょう?」


 その言葉で、スクトゥム騎士団の団長のような大物が、辺境の魔物退治に乗り出してくるはずがないという、修道長様の話を思い出した。


「偶然、ここの修道長様の手紙を読んだんです。それで、勝手に来ました」

「勝手に!? 任務じゃないの?」

「違います」


 にこにこと笑っているカルデロン卿とは反対に、ルーナティア様の視線は突き刺さるように鋭くなる。


「・・・・もしかして、仕事をサボったんじゃ・・・・」

「サボってませんよ。この仕事を口実に、通常業務は他の者達に任せてきたので、正式にはサボったことにはなりません」

「サボってるじゃない!」

「ルーナティア様、この馬鹿に、仕事をサボらないように言ってください」


 今度は、金髪の騎士が前に出てきた。


「ここの修道長の手紙を見るなり、通常の業務をほっぽりだして、魔物退治に行くと即決したんです。こんないいかげんな調子では、困ります」

「だから、エドアルド、俺は仕事をサボったわけじゃ――――」

「私達のために、ここに来てくれたんですね!」


 会話に耳を澄ましていたヘルタ達が、目を輝かせる。


「他の方々は誰も来てくれなかったのに、辺境にいる私達を見捨てずにいてくれるなんて・・・・」

「やはりカルデロン卿は、噂通り、お優しい方だわ!」


 きゃっきゃと、ヘルタ達は大いに盛り上がった。


「えっと・・・・」


 その反応に一番面食らっていたのは、やはりカルデロン卿本人だった。



「こら、静かにしなさい」


 私はヘルタ達を諫めたものの、内心、カルデロン卿が私達を助けるためにここまで来てくれたことに感動していた。


 だけど私達が喜べば喜ぶほど、対照的に、ルーナティア様の目が疑いで曇っていく。


「・・・・もしかして、あなたがここに来た理由って・・・・」

「邪推はやめてください」

「まだ何も言ってないわよ?」

「その疑いの眼差しを見ればわかります。俺はあくまでも魔物退治に来たんであって、女性を口説きに来たわけじゃありません」

「どうかしら?」


 ルーナティア様は腕を組み、試すようにカルデロン卿を見た。カルデロン卿も今度は、不敵に笑い返す。


「もしかしてルーナティア様、嫉妬してますか?」

「し、してないわよ! 私を出迎えてくれた時と、アイリーン達の反応がまるで違うからって、あなたに嫉妬したりしないわ!」

「いえ、嫉妬と言ったのは、そちらの意味ではなく・・・・」

「え?」

「・・・・もういいです」


 ムキになったルーナティア様に言い返されると、なぜかカルデロン卿は落胆していた。


「あなたはどう思う? アルフレド卿」

「確実に二心があるでしょう。この修道院の名前を見た瞬間に、即決してましたから」

「お前まで俺を疑うのか?」


 カルデロン卿は言い返そうとしたものの、二人の睨みで黙らされていた。



(お二人は、ずいぶん親しいようね)


 ルーナティア様とカルデロン卿のやり取りは、表面的には揉めているように聞こえるものの、その間二人はずっと笑っている。その笑顔で、親しい間柄にしか許されない、軽口なのだとわかった。


 お二人は義姉と義弟という関係だけれど、カルデロン卿の兄である国王は、彼女を裏切り、不当な扱いをした。


 だからお二人の関係にも、黒雲が漂っているかと思いきや、会話を聞くかぎり、わだかまりなどまったく感じられない。


「ルーナティアさん」


 そこで修道長様が、三人の会話に入っていった。


「積もる話はあるでしょうが、まずはお客人を中に招いて、紅茶でもてなすのはどうでしょうか? それから、ゆっくり話しましょう」

「それもそうですね」


 ルーナティア様は居住まいを正し、カルデロン卿の前で深く頭を下げた。


「ようこそお越し下さいました、カルデロン卿。魔物退治のために駆け付けてくださったことに、心より感謝を申し上げます」


「いえ、大切な方のためですから」


 カルデロン卿はにこりと笑った。
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