魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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77_順応力が高い

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 ルーナティア様を出迎えた後、修道長様が修道服に着替えた彼女に、ここでの暮らしがどんなものなのかを説明した。


「この修道院では、修道女をみな同列に扱うようにしています。ここで暮らす以上、ルーナティア様にも他の修道女と同じように、実家の家格や身分にとらわれず、対等の相手と思い、接してもらいたいんです」


「もちろんです。受け入れてもらったのですから、ここの方針に従います」


 ルーナティア様は修道服を嫌がらず、修道長様の話を素直に受け入れてくれた。側で聞いていた私は内心、ルーナティア様の素直さに驚く。



 それから私達は日常に戻り、農作業に取りかかることになった。



 教区からの手当てや、寄付金があるとはいえ、エレウシス修道院は貧しい。教会や富裕層の収入も安定しているわけではないので、年によっては手当や寄付金の額が変わってしまう。


 そんな不安定な生活の中、私達は自給自足で少しでも食卓を豊かにしようと、修道院の裏手に畑を作り、野菜を育てている。


「畑を持ってるんですね」


 ルーナティア様を、裏手にある畑に連れていくと、彼女は目を輝かせた。


 その様子を、他の修道女が不安そうに見つめている。



「・・・・修道長様。王妃まで務められた方に、農作業などできるでしょうか?」


 一人が、修道長様にそっと耳打ちした。


「・・・・まだいらっしゃったばかりなのですから、今日は見学だけに留めておいてもいいのでは?」

「私もそう言ったのだけれど、ルーナティア様本人が、みなと一緒に働くとおっしゃったのよ」


 修道長様も、戸惑いを隠せていない。


「それでまず、私は何をすればいいのでしょう?」


 ルーナティア様はくわを両手にしっかりと持ち、やる気を漲らせている。みんなと一緒に働くという本人の心意気に、偽りはないようだ。


「何が植えられているんですか?」

「ここには、芋を植えています。もう、収穫の時期なんです。掘り出すのを手伝ってくれるかしら、ルーナティアさん」

「もちろんです!」


 ルーナティア様は意気揚々と、くわを振り上げた。



 それから、芋の収穫作業がはじまった。


 私達はルーナティア様のことが気がかりだったけれど、彼女は土に触れることをまったく嫌がらず、掘り返す作業に集中していた。


「修道長様!」


 作業に取りかかってから、どれぐらい時間が過ぎただろうか、突然悲鳴のような声が飛んできて、私達は驚かされる。



 慌てて声の根元を見ると、そこには土から掘り出したばかりの芋を掲げ、目を輝かせているルーナティア様がいた。


「芋が・・・・芋が取れましたよ!」


 ルーナティア様は見せびらかすように、芋を頭上まで持ち上げる。


 悲鳴のような声を聞いたときは、何事かと慌てたけれど、ルーナティア様はただ、芋を掘り出せたことを喜んでいただけらしい。


「そ、そうね。頑張りましたね。その調子で、他の芋も収穫しましょう」

「はい、頑張ります!」


 ルーナティア様は泥がついた顔で、屈託なく笑う。それからまた意気揚々と、芋掘りの作業に戻った。


(完全に収穫作業を楽しんでいらっしゃるわ・・・・)


 元王妃とは思えない適応ぶりに、私達は呆然としてしまった。


(というか、たった一個を掘り返すだけなのに、ずいぶん時間がかかったのね)


 私達が土の中から、数個の芋を掘り出している間、ルーナティア様はたった一個の芋と悪戦苦闘していたようだ。不器用な方なのだろう。


(あの姿、元王妃とは思えないわ・・・・)


 ルーナティア様は気位など道端に投げ捨てたがごとく、驚くほど農作業に馴染んでいる。彼女は泥まみれになって、深く張った芋の根っこに悪戦苦闘しつつも、この作業を心から楽しんでいる様子だった。


「・・・・王妃を務められていた方なんでしょう? なのに、ここでの暮らしにまったく抵抗がないなんて、おかしな方よね」

「でも、お高くとまっているよりは、何倍もいいじゃない」

「私も、親近感が湧いたわ。仲良くなれそう」

「後でみんなで話しかけてみましょう。もしかしたら、打ち解けられるかも」

「いいわね、賛成よ」


 ルーナティア様の態度が、彼女を遠巻きに眺めるだけだった修道女達の心境も変化させたようだった。


(よかった、うまくいきそう・・・・)


 その様子を見て、私は胸を撫で下ろした。



     ※     ※     ※



 それから、ルーナティア様を加えた生活がはじまった。


 ルーナティア様は驚くほど早く、修道院での生活に順応してくれた。


 おかげで私達もすぐに、以前の生活を取り戻すことができた。元王妃に、どのように接すればいいのかと思い悩んでいた時間が嘘に感じるほどだった。



 だけど懸念が、すべて払拭されたわけじゃない。


 魔物討伐のために派兵を要請したのに、国王軍はなかなか、兵士を送ってくれなかった。私達は魔物の影に怯えながら、悶々とした日々を過ごす。


「・・・・魔物の件、どうしましょうか、修道長様」


 ルーナティア様が到着してから二週間後、さすがに到着が遅いと思い、修道長様に問いかけずにはいられなかった。


 首都ブランデから、数日もかかる距離じゃない。兵士の到着が遅れている理由は、他にあるはずだった。


「催促の手紙を送ったわ。・・・・今度こそ、来てくれるといいんだけど」


 修道長様も不安げだ。


 誰も助けに来てくれなかったら、どうすればいいのだろう。ここには、戦えない女しかいない。今はルーナティア様もいらっしゃるのに、すぐ側まで迫っている危険と、どう向き合えばいいのかわからなかった。



「・・・・このことを、ルーナティア様にはどう説明しましょう?」

「そうね・・・・」


 修道長様は、小さく溜息をつく。


「・・・・不安にさせたくないわ。もうしばらく、黙っておきましょう」

「はい・・・・」


 王妃に選ばれるほど高貴な生まれなのに、修道院に送られるという憂き目に遭いながらも、ルーナティア様は表向きは気丈に振舞っている。修道長様は、これ以上彼女に心労をかけたくないと思っているのだろう。その気持ちは、私も同じだ。


「ルーナティア様の前では、不安を見せないように努めてね」

「わかりました」


 助けが来れば、すべての問題はすぐに解決する。自分にそう言い聞かせて、私はこの問題について深くは考えないようにした。



 ――――だけどそれから数日後、思いがけないことが起こった。

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