魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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76_エレウシス修道院_後半

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 そこで私は、しばらく前に聞いた名前を思い出していた。



「・・・・カルデロン卿が来てくださる――――なんてことはないですよね?」


 ――――エンリケ・カルデロン。国王の弟にして、長年カーヌスを苦しめてきた、魔王オディウムを討伐した英雄。


 魔王討伐の一報がブランデを賑わせていた頃、ブランデから離れているこの場所にも、その騒ぎの余波は届き、一時期はその名前を聞かない日がないほどだった。


 浮ついたことが好きじゃない私も、その時ばかりは、英雄と呼ばれた方の姿を思い描かずにはいられなかった。


 噂によるとカルデロン卿は、赤毛で長身、貴族だからと気取らず、平民にも気さくに接してくれるらしい。


 颯爽とマントを翻しながら、剣を振るう、赤い髪の男性。カルデロン卿の姿を思い描こうとすると、いつもそんな姿が頭に浮かぶ。


 話がしたいなんて、そんな恐れ多いことまでは望んでいない。遠くから一目見るだけでいい。


(・・・・会ってみたい)


 魔物の討伐に、カルデロン卿が来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱かずにはいられなかった。



「馬鹿ね」


 だけど私の期待は、修道長様に一蹴いっしゅうされてしまった。


「カルデロン卿は、スクトゥム騎士団長なのよ? ブランデや陛下の警護で、お忙しいはず。こんな辺境の些事に関わるはずがないわ」

「そ、それもそうですね・・・・」


 冷静に考えれば、辺境に魔物が出没したという程度の話に、スクトゥム騎士団長という大物が出てくるはずがない。


 勝手に期待したとはいえ、落胆を隠せず、私は俯いた。私のそんな様子を見て、修道長様は目を細める。


「まったく・・・・ヘルタ達がカルデロン卿に会いたがっていたのは知ってるけど、あなたもなの? アイリーン」

「だ、だって、魔王を倒した英雄ですよ! 誰にも成し遂げられなかった偉業をたった一日でやり遂げた方です! 一目見たいと思うじゃないですか!」

「ふふ・・・・」


 私は真剣なのに、修道長様は吹き出してしまう。


「修道長様、私は真剣です!」

「わかってるわ」


 修道長様は口元を隠した。


「仕方ないわね。魔王を倒した騎士なんて、夢のような話だし、噂によるとカルデロン卿は、たいへん男前な方のようだから」

「わ、私は浮ついた気持でそう思っているわけでは・・・・ただ、偉業を成し遂げた方を、一目見て見たいとおもっただけで・・・・」

「否定しなくていいのよ。誰だって、時には浮ついた気持ちを抱くことがあるわ。神様はその程度のことで、目くじらを立てたりしないでしょう」


 修道長様は、朗らかに笑ってくれた。私は自分を取り戻し、ムキになってしまったことを恥じる。


「あなたが毎日、精進していれば、神様がご褒美に、一度くらい、カルデロン卿に会わせてくれるかもしれないわね。だから、日々真面目に生きるのよ」

「はい!」


 神様がいつかご褒美をくれるかもしれないと思うと、私は前向きな気持ちになれた。


「アイリーン、今後はあなたに、ルーナティア様のお世話をお願いしたいの。あなたはしっかり者だから、そつなくこなしてくれるでしょうから」


「お任せください」


 修道長様の言葉を嬉しく思い、私は背筋を伸ばした。



     ※     ※     ※





 ――――それからしばらくして、ルーナティア様が修道院へやってきた。



 その日は朝から、心地よい風が吹いていた。緑の海原の上を吹き抜ける風が、草を巻き上げながら青天まで駆け上がっていく。


 そんな風に導かれたように、一台の馬車が颯爽と現れ、修道院の前に停車した。


 馬車から降りてきたルーナティア様は、風に弄ばれる髪を押さえ、一瞬、空を仰いだ。それから、私達のほうへ歩いてくる。



「ようこそいらっしゃいました、ルーナティア様」


 私達は修道院の前で、ルーナティア様を出迎えた。


「一同、ルーナティア様の到着を待ちわびていました」

「これから、よろしくお願いします」


 ルーナティア様も、丁寧な挨拶を返してくれた。



(・・・・意外だわ。それほど、派手な方じゃないのね)


 第一印象が、それだった。


 王妃というきらびやかなイメージから、私は頭の中で勝手に、着飾った女性像を作り上げてしまっていた。実際に、ここに来ることになった身分が高い人の中には、修道院に来るとは思えない装いをしている人もいた。


 でも、ルーナティア様は違った。飾り気のない、地味な色合いのドレスに身を包み、装飾品は一切つけず、縁が広い麦わら帽子だけを被っている。


(・・・・それにしても――――一人なの?)


 馬車は、ルーナティア様一人だけを残して、去ってしまった。荷物を持つ従者も、護衛も伴わず、ルーナティア様は一人でここに来たようだ。


「付き人を連れていないなんて・・・・」

「リーベラ家も薄情だわ・・・・いくら離縁されたとはいえ、貴人なのだから、せめて護衛ぐらいはつけるべきでしょう?」

「仕方ないんじゃない? 世間的にはルーナティア様のほうが悪いってことになってるみたいだから、リーベラ家も距離を取りたいんだと思う」


 ルーナティア様が近くにいるのに、ひそひそと囁き合うヘルタ達を見て、頭に血がのぼる。


「みんな、黙って! ルーナティア様に聞こえてしまうでしょう!」


 私は睨みで、ヘルタ達を黙らせた。ヘルタ達は委縮して、首を竦める。


 ルーナティア様がすぐそこにいるのに、噂話に興じるなんて緊張感がない。後で修道長様直々に、叱ってもらう必要があると思った。


「荷物をお持ちします」


 挽回しようと、一人の修道女が、ルーナティア様の前に進み出た。


「ありがとうございます。でも、それほど重くないので、大丈夫です」


 意外なことにルーナティア様は、私達にも、低い物腰で接してくれた。


 それに修道院に連れてこられたことも、リーベラ卿が付き人をつけてくれなかったことも、曇りがない笑顔を見るかぎり、それほど悲観的に捉えてはいないようだ。


「そ、そうですか・・・・では、中へどうぞ」



 ルーナティア様の態度に戸惑いながら、私達は彼女を中に招き入れた。


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