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74_切れてしまった縁
しおりを挟む「エンリケ!」
ルーナティア様を見送り、漂うように人混みの中を歩いていた俺を、エドアルドが見つけてくれた。
「お前! 親友を売ったうえに、気まずい場所に置き去りにして・・・・!」
エドアルドは文句を言おうとしていたが、俺の顔を見るなり、その怒りは穴を開けた風船のように萎んでいった。
「・・・・何かあったのか?」
気づかわしげな様子で、エドアルドは問いかけてきた。
「・・・・何かあったように見えるか?」
「ああ、そう見えるが・・・・」
エドアルドの態度に、苦笑する。エドアルドにこんな顔を刺せるほど、今の俺は落胆を隠しきれていないようだ。
――――ルーナティア様を、見送ることしかできなかった。
次は、いつ会えるだろうか。
ルーナティア様がブランデを離れれば、俺達の間には接点がなくなる。次に会う約束もせず、立場的に会える可能性は低いから、近いうちに再会できる望みは薄いだろう。
実際、ルーナティア様がエセキアスと結婚するまで、俺達はお互いの顔を知らなかった。エセキアスの婚約者との顔合わせを、俺が面倒臭がったせいなのだが、まわりも俺達を引き合わせようとしなかった。
(・・・・今日が、最後のチャンスだったんだが)
引き留めたかったが、できなかった。
手の中にあるそれを、覗き込む。俺の目の動きを追い、エドアルドは俺の手の中に、それがあることに気づいたようだ。
「・・・・結局、それを渡せなかったのか?」
――――俺の手の中には、カトレアの首飾りがある。
ルーナティア様に渡すつもりで、彼女の好みそうなデザインを職人に伝え、作ってもらった。時期さえ合えば、ルーナティア様にこれを渡し、想いを伝えるつもりだった。
だが、離婚調停の話が長引いてしまったことで、冬花のパレードの直前に離婚が成立するという、最悪の展開になってしまった。
――――だから、渡せなかった。今日渡そうとすれば、傷心のルーナティア様を、さらに困惑させることになると思ったからだ。
「想い人とは、会えなかったのか?」
結局エドアルドには、想い人がルーナティア様であることは打ち明けていない。エドアルドも以前冗談めかして、横恋慕はするなと言っていたものの、実際に俺が本当にルーナティア様を好きになるとは、思っていなかったようだ。
「・・・・会えたが、渡せなかった」
「どうしてだ? 渡せばよかっただろう?」
「彼女はここ最近、色々あったんだ。今渡すのは、タイミングが悪すぎる」
「無神経なお前が、そんなことを気にするとはな」
今ばかりは、エドアルドの軽口にもいつもの調子では返せない。苦笑いを浮かべるばかりの俺を見て、エドアルドは失言だったと思ったのか、いったんは閉口した。
「・・・・だが、お前はそれでよかったのか? その人はしばらく、ブランデから離れてしまうんだろう?」
「・・・・ああ、そうだ」
今後、ルーナティア様は貴族の集まりにも出席しなくなるだろう。こんな形で城を追い出されたこともあり、顔を出しづらいはずだ。
修道院を訪ねるという方法もあるが、元義弟が、すでに縁が切れた義姉を用もないのに訪ねるなんて、まわりに奇妙だと勘繰られるだろう。おかしな噂を広められる恐れもある。ルーナティア様に迷惑をかけることは避けたい。
「まあ、そう気落ちするな」
エドアルドは俺の肩を、軽く叩く。
「また、会う機会はあるさ」
「・・・・そうだな」
今までは出会う機会がなかった女性だが、一度知り合うと、奇妙に感じるほどに縁があった。ルーナティア様が脱走した時や、密かに剣の訓練をしている時、二度目の脱走の時もそうだ。
――――だから焦らなくても、また会える。そう思うことにした。
「そろそろ戻ろう、エンリケ」
「・・・・ああ」
エドアルドにうながされ、俺は歩き出した。
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