魔王になったけど、夫(国王)と義弟(騎士団長)が倒せない!

炭田おと

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73_二人だけの夜

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「わあ・・・・!」


 砂金を敷きつめたように、光溢れる夜景を見て、私は思わず声を上げた。



 エンリケが連れてきてくれたのは、城の裏手にある、小高い丘だった。繁華街の方面は坂になっていて、しかも木々が開けているため、町の様子がよく見えた。



「こんなに見晴らしがいい場所があるなんて、知らなかったわ。町の人達は、景色がいい場所をよく知っているのに、ここは噂になっていないわよね」

「兵士の訓練場として使われている場所ですからね。城の中を通らないと、来られないんです」

「ああ、だからここには、私達しかいないのね」



 城の裏手にあるこの一角には、どうやら城の敷地を通過しなければ、来られないようだ。


 絶景を堪能できる場所なのに、私達以外に誰もいないのも、城内を通過しなければ来られないという立地のためだろう。誰にも邪魔されず、夜景を楽しめるものの、不正をしているようで、少し気が咎める。



「・・・・何だか、この景色を独り占めしているようで、申し訳ないわね」

「確かに、そういう面もありますが・・・・今だけは楽しませてもらいましょう」

「・・・・ええ、そうね」



 ――――言葉が途切れる。


 でも、気まずさはない。むしろ光溢れる景色と、心地よい夜風の中では、言葉は不要だと感じていた。


 二度目の人生を歩みはじめてから、はじめて、私は時間がゆっくりと流れていると感じた。今までと時間の流れは変わっていないはずなのに、時の流れを、緩やかに感じている。


 二度目の人生の始まりから、今に至るまで、私はずっと焦燥感に急かされ、走り続けているような状態だった。時間に余裕ができればできるほど、悲劇を避けるために何かしなければと焦り、休憩時間を持つことにすら、罪悪感を覚えたからだ。



 でも、今はゆっくりと流れる時間を楽しんでいる。きっとエンリケが、一時だけ、私に〝役目〟を忘れさせてくれた。



 使命を忘れることは許されない。だけど今だけは――――今だけは忘れさせてもらおう。この時間が過ぎれば、私はまた自分の役目を果たすために動かなければならない。――――だから、今だけは。


「あなたは、よくここに来てるの?」

「ええ。・・・・城では立場に縛られて、窮屈でしょう? 息抜きに、よく人気がない場所に行きます」


 その言葉で、エンリケも、立場に縛られた窮屈さを感じていたのだろうかと考えた。


(きっとエンリケも、国王の弟として、窮屈な思いをしてきたのね・・・・)


 思えばエンリケは、不真面目だなんだと罵られながらも、役割はきちんとまっとうし、オディウムに遭遇した時も逃げようとしなかった。エセキアスの理不尽な要求にも、顔色一つ変えずに淡々と応えている。


 なのにどんなに努力しても、功績を挙げても、まわりは国王の弟だから、カルデロン家の男子だから優遇されている、という色眼鏡で見ていた。


 ほとんどの人が、エンリケの背景を見るだけで、エンリケ個人を評価していない。


 出過ぎればエセキアスの不興を買い、無能だと思われれば、まわりから軽んじられ、立場が危うくなる。


 表向きは道化師を演じつつ、やるべきことはしっかりやるというのが、エンリケなりの処世術なのだろう。エンリケはまわりから正当な評価を受けることを、諦めている。



 王妃になり、それまで交流がなかった人々と接して、一番評価が変わったのはエンリケだった。私は、カルデロンという血筋に胡坐あぐらをかいているというエンリケの噂を、何の疑問も持たずに、鵜呑みにしてしまっていたのだ。


 今はそのことを、申し訳なく思っている。



「この景色も、今日で見納めなのね・・・・」


 気づけばぽつりと、呟きが零れ落ちてしまっていた。


 二度と戻れないわけじゃないけれど、長くここを離れることになるだろうと思った。前世で、塔に閉じ籠っている間、何度もブランデを離れたいと願っていたけれど、いざ離れるとなると心細さで、胸が締め付けられる。


「・・・・いつでも戻ってきてください」


 優しい声を聞いて、顔を上げる。


 エンリケの笑顔からは、優しさと気遣いが伝わってきた。


 その笑顔を見て、私はまた、泣きそうになってしまう。奥歯を噛みしめて、その衝動をぐっと堪え、私は顎を上げた。


「寂しいのなら、明日にでも。実家に戻りにくいなら、俺の屋敷を宿代わりに使ってくれて構いません。部屋なら、腐るほど余ってますから。あ、もちろん、下心から言ってるわけじゃありませんよ」


 エンリケの言葉に、くすりと笑ってしまう。


「そんな心配はしてないわ。・・・・でも、しばらくは戻らないつもり」

「・・・・それは寂しいですね」

「今は仕方ないわ。元王妃がいつまでもブランデにいるんじゃ、噂の種になってしまうでしょう?」

「ルーナティア様」


 エンリケの声が真剣みを帯びたことにハッとして、彼の顔を見上げる。


「あなたには落ち度がないことなんですから、委縮する必要はありません。帰りたいと思った時に、帰ってきてください」

「でも・・・・」

「何か言う連中がいるのなら、俺が黙らせます」



 エンリケはにこりと笑う。



「・・・・あなたがブランデに戻ってきてくれるのなら、俺は嬉しいです」



 声から熱を感じて、私は戸惑い、思わずエンリケの視線を避けてしまった。勘違いだと思うものの、動揺している自分がいる。



「それで、その・・・・」


 エンリケは何かを言おうとして、途中で躊躇いを見せた。そしてなぜか、口をつぐんでしまう。


 さっきからエンリケから、何かを伝えたがっているような気配を感じていた。けれど口火を切ろうとするたびに、彼はなぜか躊躇いを見せて、結局口をつぐんでしまう。


「もしかして私に、何か話があるの?」


 私に、伝えづらい内容の話なのかもしれない。だったら私が背中を押そうと思い、そう言った。


「いえ・・・・」

 エンリケは何かを誤魔化すように、明るく笑う。



「そろそろ、出発したほうがいいかもしれませんね。あまり遅くなると、到着も遅れてしまいますから」


 そしてエンリケは、強引に話を変えた。


「・・・・ええ、そうね」


 エンリケが何を話したがっていたのか、内容が気になったものの、私は追及しないことにした。エンリケが口をつぐんだことには、きっと理由があると思ったからだ。


 それに、出発の刻限が近づいていることも事実だ。


 今夜はエンリケのおかげで時間を忘れ、暗い気持ちを吹き飛ばすことができた。祭りの非日常の空気も相まって、まるで夢の中を漂っているような心地だった。



 ――――でも、夢は醒める。


 私も目を覚まし、現実に帰るべきなのだろう。



「エンリケ、今日は本当にありがとう」


 最後に、最悪の一日を楽しい日に変えてくれたエンリケに、お礼を言った。


「あなたのおかげで、楽しく過ごすことができた」

「俺も本当に楽しかった。それに、少しでもルーナティア様のお力になれたのなら、よかったです」

「馬車までは一人で行けるから、大丈夫よ」


 今日は祭りの日だ。これ以上、エンリケを独り占めするのは他の女の子達に悪いと思い、これから先は一人で行くことにした。


「いえ、送ります。送らせてください」

「でも、今日は大事な日よ。あなたには他に大事な用は――――」

「ありません。少しでも、一緒にいたいんです」


 その言葉に、呼吸が止まる。


(べ、別に深い意味はないのよね・・・・)


 エンリケは人たらしだ、歯が浮くような台詞にも、深い意味はないと、誤解しないように自分に言い聞かせる。


 でも、少し奇妙だ。エンリケは人たらしで、しばしば歯が浮くような台詞を口にすることはあるけれど、一方で女性にたいしてはそれなりの距離を取り、あからさまに誤解されるような言葉は避けているように見えた。


(・・・・深く考えるのはやめよう)


 何だか落ち着かなくて、目が散ってしまう。恐れに似た感覚に囚われて、私はその問題を考えることを避けた。


「行きましょう」

「うん、あ、ちょっと待って」


 最後に、ブランデの夜景を目に焼きつけておこうと思い、私は地上の光に目を向ける。



 ブランデの町は遠くから見ると、まるで宝石箱のようだった。煉瓦壁の建物群がブロックのように見えて、光は飾り物にはめ込まれた宝石のようだ。


 だけど今は小さく見えるそのブロックは、近くで見るととても巨大だ。



(リュシアン達なら、簡単に登ることができるんだろうけど)


 亜人あじんの身体能力なら、あの建物の壁に小さな窪みを見つけて、それをとっかかりに、軽々と登っていくだろう。


 ――――その時、頭に閃くものがあった。



(そうだ――――ブランデの町で訓練すれば――――)



 頭に浮かんだその閃きを、私は構想に仕上げていく。


「・・・・・・・・」


 ブランデの建物群は、今は祭典の光の渦に沈んでいるように見えた。


 あの場所は私にとって、優しい思い出が芽生えた場所でもあり、耐えがたい記憶が刻まれた場所でもある。



 たとえ王妃でなくなっても、私はあの場所を守る。


 ――――私が大切に想うものがたくさん、この宝石箱のような場所に詰まっているのだから。



(――――今度こそ、私がこの町を守る)



 大切な場所を、大切な人を、私が守る。あらためて決意を固めて、私は身を翻した。


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